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35.取調室の告白――異世界から来た剣士

・前回のあらすじ


ヘルメスが警察署でグラント刑事から事情聴取。

ルナを救った英雄扱い…と思いきや、「まさか魔術カルトが襲撃?」なんて話に刑事は頭パンク寸前。

ヘルメスは淡々と「ま、魔法毒もゼロカオスでドーンですよ」とか言うけど、そんなトンデモ話に刑事の常識が追いつくわけもなく…。

それでもルナを救った事実は揺るがず、グラントは「マジで感謝してるが、お前何者だよ…」と困惑しつつひとまずコーヒーを勧める。

アストラル・イニシエイトなる怪しげな集団の正体は?

そしてヘルメスは今後どう動くのか?

謎だらけの事件、グラントの胃痛がさらに増えそうな予感!


連載形式で更新していく予定ですので、ぜひ最後までお付き合いください。

 この取調室と呼ばれる狭い部屋は、白熱灯がじりじりとうるさいほどの音を立て、机を挟んだ向こう側でグラントが腕を組んでいる。


 机の上には事件のファイルらしき書類の山――おそらく、ハーグレイブ研究所で起きた惨状についての記録なのだろう。


 俺はそいつを横目で眺めながら、黙っていた。


 どこから話せばいいものか、迷いがあったのは確かだ。


(いずれ言わなきゃいけない。ただ、どう受け止められるか分からないが……)


 そう考えていると、グラントが小さく息をつく気配を感じる。

 椅子のきしむ音に合わせ、彼の視線が一段とこちらを刺すように向けられたのが分かった。


「いつまで黙ってるのかと思ったが……何か言いたいことがあるなら、聞かせてくれ」


 彼はそう口火を切るが、そっけない口調の裏に興味があるのが伝わってくる。

 だからだろう。


 俺は意を決して視線を机上の書類に落としてから、ゆっくりと顔を上げた。

 銀白の髪がわずかに肩先をかすめる。


「グラント、あんたが信じてくれるか分からない。正直、ふざけた野郎だと思うかもしれないが……言っておく」


 これまであまり表情を変えずにいた俺自身も、わずかに言葉を選んでいるのが自分で分かる。

 彼は腕を組んだまま、口を閉じて俺の次の言葉を待っていた。


「俺は……この地球という世界の住人じゃない。アストレリアという、地球とはまったく異なる世界から来たんだ」


 取調室の白熱灯は、じりじりと揺らめくまま、どこか鈍い光を放ち続ける。

 そのわずかな変化すら大げさに感じるほど、空気が重く沈む。

 グラントは息を詰めた様子で、少しだけ身じろぎする。


「……なるほど。普通なら言い逃れか、妄想か、面白いジョークとしか思えない話だな」


 そう返す彼の声には、皮肉というよりは困惑が混ざっている気配。

 俺は唇の端をわずかに引き結んで、「ああ」と肯定する。


「それでも言う必要がある。俺の世界、アストレリアで俺が最後に戦った“魔王”と呼ばれる存在……そいつがルナの祖父と何らかの形で関係があるらしい。ルナから聞いた祖父の研究ノートの話や、ハーグレイブ研究所を襲った連中――アストラル・イニシエイト……そいつらにも、俺の世界から来た奴がいる可能性が高い」


 淡々と語るつもりでも、思い出すだけで胸の奥が熱を帯びるのが分かる。

 あの世界で起こった決戦、そしてこちらの世界で再燃しそうな陰謀が頭をちらついた。


 グラントはファイルの端を指先で軽く叩きながら、考え込むように視線を伏せる。


 魔術を使うカルト集団アストラル・イニシエイト。


 俺の居た世界アストレリア……自分でも突拍子もない話だと自覚しているが、事実として研究所襲撃の惨状や“魔法毒”がある以上、もはや否定はできないだろう。


「お前の世界とこっちの世界が“つながっている”ってのは、まさしく今回の襲撃で証明されたわけか。ヴィクターにしろ、ルナにしろ……あんたの説をすべて飲み込むには現実感が足りないが、状況的には否定できねえ。俺も現場を見た限り、普通じゃない連中の仕業だと思った」


 彼の言葉は率直だが、俺にはそれが救いでもある。

 少なくとも、頭から否定されるわけではない。


「……ルナは今回の件で、その線が濃厚だと考えるはずだ。彼女の祖父の“魔王”に関する研究が、アストラル・イニシエイトの計画に組み込まれている可能性があるからな」


 自分の声が、想像以上に低く沈んでいるのが分かる。

 魔王という存在と本気で戦った記憶は、軽々しく人に伝えられるものじゃない。

 だけど、ルナの祖父がそれと何らかの関わりを持っていたなら、今この世界にも危険が迫っているのは明白だ。


「……お前の話、にわかには信じ難いが、ここまで聞いたかぎりじゃ“嘘じゃない”と思う。それで、どうするんだ? ルナの祖父さんの謎を追うのか、それともアストラル・イニシエイトって連中を潰すつもりか?」


 問いを向けられて、俺は決意を固めたように顔を上げる。

 視線が合った瞬間、グラントがわずかに息をのんだように見えた。

 俺はもう、自分のやるべき道は決まっている。


「俺は……この世界で闘い抜く。ヴィクターの研究員がさらわれた件も、ルナの祖父の謎も、すべて同じ線上にあるはずだ。アストラル・イニシエイトが何を企んでいるかはっきりしないが……奴らが俺の世界から来た者とつながっている以上、放っておけない。ルナを守るためにも、決着をつけるしかない」


 自分でも驚くほど強い言葉が口を突く。

 だが、それが俺の本心だ。


 過去に魔王と戦った時もそうだったが、再び戦いの日々になろうと、この世界で何もせず引き下がるわけにはいかない。

 あの子の祖父の研究ノートには、魔王の秘密すら書かれているかもしれない――それを利用しようとする敵がいるなら、絶対に潰すまでだ。


「なるほどね。……分かった。とりあえず、上にはそれとなく報告しておく。もっとも、俺がいま話してることを真面目に受け止める上層部がどれだけいるか疑問だが」


 グラントは嘆息しながら、コーヒーをすすり、苦そうな表情をする。

 彼も警察という立場の人間だ。


 これ以上常識外れの話が出ても困惑するだけだろう。

 それでも、ルナやヴィクターのことを思えば無視はできないはず。


「一応、公式には“武装テロ集団による研究所襲撃”って形で捜査を進める。だが裏で何が動いてるかは……あんたと俺たちが協力して探っていくしかないだろうな」


 彼の言葉に俺は短くうなずき、ゆっくり椅子から腰を浮かせる。

 先ほど語ったとおり、ルナが退院したらすぐにでも動き出すつもりだ。


 こっちの世界にはまだ不慣れだが、グラントのように現場の感覚を持つ人間が協力してくれれば、それなりにやれるだろう。


「……ルナが退院したら、早速動くつもりだ。俺もこの世界のことは詳しくない。だけど、ヴィクターの研究員が人質にされてる以上、急がないと。……それに、あいつらがまたルナを狙うなら、何としても俺が守ってみせる」


 言いながら胸の奥が熱くなる。


 何人も失ってきた記憶が頭をかすめ、だからこそ今度は必ず守り抜くと誓う。

 グラントが頷く姿を横目で見つつ、この男も同じようにこの世界の平和を守ろうとしていると感じた。


「分かったよ。お前を全面的に信用したわけじゃないが、頼りにはしてる。……まあ非常識なことばかり続くと、俺も慣れちまったところがあるが」


 彼が言葉に皮肉を交えながら口角を上げる様子を見て、俺もわずかに微笑み返したつもりだ。


(ここが俺のいる場所なんだ。ルナを守るためにも、アストラル・イニシエイトを放ってはおけない)


 そう胸の中でつぶやきながら、グラントが立ち上がるのに合わせて、俺も身体を伸ばす。

 決着がつくのはまだ先だ。


 だが、この瞬間、彼と俺の間で一種の同盟が結ばれたような気がした。


「……よし。じゃあ、とりあえずはルナの回復を待って、捜査方針を練ろう。警察がどこまで協力できるかは未知数だが、俺個人としてはできる限り動いてみる。あの子は一匹狼みたいな天才だが、仲間がいなきゃ命を落としかねないんだよな。もしあいつらがまたルナを狙うなら、俺も黙っちゃいない」


 グラントの言葉に、俺は目を伏せて小さく「ああ、頼む」と返す。

 この地球を守る――大袈裟に聞こえるかもしれないが、俺のなすべき戦いが再び始まるのは避けられないだろう。


 かつて魔王と対峙したように、ここでも似たような脅威がうごめいている。

 それが俺の存在に気づいているなら、なおさら後には退けない。


 冷たい取調室の空気のなか、俺たちは妙に穏やかな沈黙に包まれながら、もう一度だけコーヒーの苦味を噛みしめた。


 先の見えない戦いへ向かう覚悟が、ここにいる二人の間で静かに固まりつつある。

 たとえ俺が異世界の住人でも、そして毎日が闘いの連続になろうとも、ここを守ると決めた。


 かつて魔王を倒すために払った痛ましい犠牲が頭をかすめるたび、もう二度とあんな思いはしたくないと痛感する。


 今度こそ、誰ひとり失わないために――それが俺の選んだ道だ。

次は2025/04/06 01:10 に投稿予定!


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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