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33.黄昏の瞳に揺れる復讐の誓い――夜風に溶ける優しさと怨念

・前回のあらすじ


グラント一行が駆け付けた研究所は、まるで爆撃でも受けたみたいに廃墟寸前!

焦げ臭い煙は舞い上がり、瓦礫の山をかき分けて先へ進むと、なんとルナが毒でぐったり。

ヘルメスが必死に支えている姿を目撃。

刑事と謎の剣士が合流し、今度こそ毒まみれの地獄からルナを救うため、事態を終息させにかかる!


連載形式で更新していく予定ですので、ぜひ最後までお付き合いください。

 ハーグレイブ研究所から抜け出したセシリアは、夜の冷たい風を全身に感じながら、小高い丘を目指していた。


 背後にはまだ警報の明滅が見えるが、ある程度距離を取ったのでそう簡単には追いつかれないだろう。

 とはいえ、気を緩めた瞬間に視界の端がゆるやかに霞んでいくのを自覚し、かえって焦りが募る。


「……もうすぐ合流地点」


 そう小さく呟き、セシリアは丘を上り続けた。


 見上げた先、闇夜に溶け込むように立つ人影がひとつ。

 深紅の髪を肩まで垂らし、わずかにウェーブしたそれを夜風に揺らしているのは、副官のカレンだ。


 彼女はセシリアを見つけると、控えめな笑みを浮かべ、静かに近寄ってくる。

 教団のシスター服を模した礼装の裾には結界術の紋様が隠されており、長身ではないが凛とした姿勢が印象的だった。


「セシリア様、お疲れさまでした。件の男との戦闘は、かなり厳しかったようですね」


 カレンの声は淡々としていて、どこか眠たそうに聞こえる。

 だがその雰囲気とは裏腹に、セシリアの身体を支える手つきは素早く的確だ。

 カレンなりに、セシリアの無理を察しているのだろう。


「問題ありません。……少し手間取っただけ。目標は――ここに」


 誇示するように言おうとしたセシリアの声は、思いのほか弱々しいものになった。

 さらに視界が波打つように歪み、思わず額に手をやる。


 カレンは不安げにセシリアの頬をうかがい、彼女が鼻血を垂らしていることに気づく。

 セシリア自身も、その瞬間に自分の指先に赤い血が付着しているのを見て、はっとする。


「やはり魔眼〈黃昏殻界(こうこんかくかい)〉の無理な演算を続けすぎたんですね。セシリア様、すぐ治療を」


 カレンが礼拝服の裾に隠している道具入れを探り始めるのを見て、セシリアは首を振ってそれを止めた。


「必要ありません。これくらい……止まりますから。大丈夫です」


 演算の限界が近いという事実を認めることは、セシリアの誇りが許さない。

 それに、焦りの色を見せているカレンをこれ以上心配させたくなかった。


 とはいえ、カレンは鼻血を垂らすセシリアの姿に、ほんの一瞬だけ眉を曇らせる。


「ですが、目標――制御宝珠を無事に持ち出せたのなら、早めに導師様に預けて休まれた方が。今のセシリア様は……」


「わかっています。帰還後はすぐ報告を入れます。あなたの言う通り、導師様への献上が最優先ですから」


 そう言いながら、セシリアは小さなケースへ視線を送る。

 その中には、教団が探し求めていた制御宝珠が納められていた。


 導師の計画のどこにこれが使われるのかは明かされてはいないが、疑念を抱く理由もない。

 導師の言葉に誤りがあるはずがない――セシリアはそう確信している。


 にもかかわらず、セシリアの表情はわずかに曇る。

 研究所で対峙した銀白髪の男――ヘルメス・アークハイドのことが脳裏をよぎるからだ。


 本来なら“殺す”つもりで斬りかかる予定だった。


 母ラティーシャを殺した仇であり、導師の予言が示す“倒すべき相手”なのだから。

 だが、その男の剣技は想像以上で、しかも“殺意”をまるで感じなかった。


 さらに、大技を放とうとした自分を庇うかのような動きまで見せてきたのだ。

 憎むべきはずなのに、憎しみ切れない歯がゆさがセシリアの胸を乱す。


(母を殺したはずなのに、なぜあの男は優し……いや、導師様が言った。ヘルメスは私たちの前に立ちはだかる存在になると。ならば私が討たねば。復讐こそが私の存在意義……)


 あの男の態度が覚悟を揺るがしかけていると悟り、セシリアは苛立ちを覚える。

 とはいえ、母の仇を討ち、導師の望む世界を実現する――それがセシリアの信じる道だ。


「セシリア様……もう少しだけ、私の肩を」


 カレンが小さく囁き、セシリアの腕を支える。

 鼻血は止まったものの、魔眼の酷使で疲弊した身体は動きが鈍い。

 セシリアは軽く頷き、その腕に身体を預けた。


「……ええ、ありがとうカレン」


 カレンの落ち着いた雰囲気に、セシリアはほんの少し息を整える。

 彼女の焦りは先ほどの表情から消え、今は淡々とセシリアを支えてくれているのが心強かった。


 丘の上から見下ろす夜の街――そこには無数の明かりが点々とし、教団が敵視する“現代社会”の象徴であり、同時に導師が目指す“新世界”の足掛かりとも言える。


 ヘルメスがここへ現れたのは、導師の予言どおり。


 あの男がいくら温和に見えようとも、セシリアには母の仇を討つ理由がある。

 復讐と導師への忠誠。


 その二つが彼女を支える支柱だ。

 ケースに収められた制御宝珠を握りしめる指先に、自然と力がこもる。


「導師様のために……そして、私自身のために……」


 声にならないほどの小さなつぶやきが、夜風に溶ける。


 ヘルメスの“優しさ”への違和感は胸に残るものの、セシリアは今はその感情を封じ込めるしかないと悟っていた。

 そうして揺らぎを振り払うように、カレンとともに闇の中へ足を踏み出す。


 ――たとえ心が動揺しようとも、セシリアは母の仇を討ち、導師が望む世界を現出させる。

 それこそが、いま自分がここにいる理由なのだから。

次は2025/04/05 23:10 に投稿予定!


最後まで読んでいただき、本当にありがとねぇ!

評価やブックマーク、レビューを頂くたびに、作者は嬉しさの余りバラタ・ナーティヤムしてます。


新キャラのカレンちゃんですが、この先結構出て来る重要なキャラになってきます。

彼女の活躍もお楽しみに!!

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