32.焦燥の研究所――赤灯に揺れる救出劇
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見逃さないようにブクマだけでもしてもらえたら!
作者は(。≖‿≖ฺ)ニタァってしてます。
嬉しいからね。仕方ないね。
・前回のあらすじ
ヘルメスが迷い込んだのは、爆撃でも受けたような研究所の廊下。
煙と瓦礫と赤い警報ランプで、まるでホラー映画の撮影現場だ。
しかも、毒を食らった仲間のルナが倒れている始末!
とりあえず魔法で毒の効果はある程度打ち消したけれど、まだまだグラントも救急隊も来ない!
ヘルメスは「俺、死神って呼ばれたけど、今は『救護要員』だ…」と心の中でぼやきつつ、残党が襲ってきやしないかビクビク見張りながら、ルナを支えるしかないのだった。
煙が立ちこめる研究所の周辺は、夜の闇を乱す赤色灯でちらついている。
警官たちの無線が低く鳴り、厳重そうだったゲート前にはグラント・ウォーカーたちの警察車両が停まっていた。
コンクリート塀は崩れ落ち、火災のような焦げ臭いにおいが辺りを包んでいる。
「まったく、ひでぇな……」
グラントはハンドルを握ったまま独り言のように漏らすと、車を降りた。
それに続いて部下の二人も素早く銃を携え、周囲を警戒する態勢に入る。
軍事施設めいた門は開け放たれ、破壊の痕跡が奥深くまで伸びていた。
こんな非常事態をたった三人で当たるのは荷が重いが、応援がいつ到着するか保証はない。
行くしかない、とグラントは腹をくくる。
(いったい研究所の中で何が起きてる?)
門を越えかけたとき、玄関付近で何か動くものが視界に入った。
長い黒髪を雑に束ね、丸メガネをかけた男が慌ただしくこちらへ駆け寄ってくる。
メディアで名前を聞いたことのあるヴィクター・ハーグレイブ――ここの所長らしい。
「グラントさん! ヴィクター・ハーグレイブです! 急いで来てくれてありがとうございます!」
白衣は埃まみれで煤が付着し、メガネはひび割れかけ。
外見を気にかける余裕などないのだろう。
肩で息をしながら一気に言葉を吐き出す。
「お前がハーグレイブか。ニュースで見たことはあるが……ずいぶん派手にやられたな」
グラントはゲートの奥へ目をやる。
建物の壁はところどころ崩れ落ち、煙が立ちこめ、爆撃でも受けたかのような有り様だ。
「ええ……すみません、こんなことになって。ルナが、ルナ・フォスターが中で負傷していて……毒にやられたんです。救急は呼んでるんですが、場所が分かりにくいかと思いまして、とりあえず中へ! 案内します!」
ヴィクターの声には焦りがにじみ出ている。
ルナ・フォスターの名を聞いた瞬間、グラントの胸に軽い痛みが走った。
幼い頃から知っていた彼女は、アルバート・フォスターの孫だ。
天才ぶりも相まって一匹狼になっていった彼女を、グラントは遠巻きに見てきた。
今になって救出に駆けつけるのは皮肉にも思えるが、放ってはおけない。
「分かった。俺たちはまだ現場を把握してねぇ。走りながらでいい、状況を説明してくれ」
「もちろん! 急いで、こっちです!」
ヴィクターは玄関へ駆け出す。
メガネを押さえ必死で案内する姿が、その切迫感を物語っている。
グラントは部下に声をかけた。
「お前ら二人は周囲を警戒しろ。まだ残党が潜んでるかもしれん!」
「了解!」
二人の警官は門のそばで散開し、グラントはハーグレイブのあとを追って施設の奥へ踏み込んでいく。
崩れた壁や床の瓦礫が散乱し、非常灯が赤く明滅している廊下には焦げくさい臭いが漂っていた。
息をするのも苦しくなるほどだ。
「テロリストのような連中が、うちの研究成果を狙って襲撃してきたんです。研究員のカルロスも連れ去られて……祖父の残した研究データまで盗もうとして……!」
ヴィクターは走りながら一気に説明を続ける。
確かに、この惨状を見る限り、そこらの犯罪とはレベルが違うようだ。
グラントは訓練で鍛えた足取りを保ちつつ、鋭い視線であたりを警戒する。
「テロか……何人くらいいた? ヘルメスとルナだけで食い止めたのか?」
短く問いかけると、ヴィクターは呼吸を詰めながら焦った声で応じた。
「す、すみません、正確な人数は分からないんです……少なくとも二人は見えました。でもあいつら、凄く強くて……ヘルメスさんが奥で応戦してくれて、ルナも……でもナイフに毒が……!」
「なるほど。分かった。急ぐぞ」
グラントは低くうなずき、銃を腰のホルスターから外してさらに足を速める。
煙が漂う廊下の先にはまだ敵が潜んでいるかもしれない。
不穏な静寂が一帯を包むなか、彼は走り続ける。
「それにしてもヘルメスが応戦したのか……ルナとは仲良くやってるようだな」
独り言のように呟きながら、グラントはあの“ビルから落下してきた男”を思い出す。
まさかこんな形で再会するとは想像していなかったが、今はそんな過去を振り返っている場合ではない。
ルナを危険から救ってくれたのなら、ヘルメスに感謝するしかない。
「ええ、奥でルナを看てくれてるんです。何とか医療施設に運ばないと……」
「分かった。案内しろ、早く」
焦げた空気が鼻を突き、非常灯が赤い光を閃かせている。
廊下の先には、一際大きく破壊された区画が見え、壁に穴が開いてコンクリートの破片が散乱している。
そこに背の高い男がしゃがみ込み、血色の悪いルナを支えている姿が映った。
「……あそこか」
グラントは歩みを緩めないまま、銃を握る手に力をこめる。
もし敵が残っていれば、油断は致命傷だ。
隣ではヴィクターが息を詰め、落ちそうなメガネを手で押さえながら瓦礫を踏み越えていく。
サイレンが徐々に大きくなり、焦げた空気と相まって施設全体を包んでいくかのようだ。
(頼む、間に合ってくれ……ルナ。あのときお人形さんみたいだったお前は、今じゃ天才探偵になったんだ。でも、俺は……まだお前をちゃんと知らないままだよ)
胸がぎゅっと苦しくなる。
かつて可憐だった少女が、今は毒に倒れ瀕死の状態とは。
そんな冗談のような話を認められるものか。
少なくとも、ここで終わらせるわけにはいかない。
「ヘルメスさん……ルナ……!」
ヴィクターが苦しそうに声を上げ、散乱する通路をどうにか踏破していく。
グラントは周囲を睨みつつ、一瞬だけそちらを見やった。
ルナはぐったりしたまま、ヘルメスの腕に寄りかかっているようだ。
ここで救急隊が来ればいいが、もしまだ敵が潜んでいるなら戦わなければならない。
そんな不安を振り払うように、彼は一歩を踏み出す。
やがてヘルメスがこちらに気づいて顔を上げる。
その男も疲れ切っているに違いないが、視線にはまだ鋭い光が宿っている。
ほどなく救急が着くはずだが、三人だけで現場を収束させなければならない。
やるしかないとグラントは決意する。
そう思い、銃を抱え直してさらに警戒を強める。
廊下には瓦礫や粉塵が散乱し、非常灯の赤が影をめちゃくちゃに揺らしている。
ルナの姿を見ると、アルバートのことを思い出して仕方がない。
若きころ彼にあれこれ教わった時期もあったが、あのころ子どもだったルナは確かな“何か”を持っていた。
それを結局、自分は遠巻きに見ていただけ……。
悔恨をかみしめながら、グラントはトリガーに指を添える。
(あのとき、もっとちゃんと見ておけばよかった……)
同じ後悔をもう繰り返したくない。
焦りに駆られながらも、足を止めるわけにはいかない。
ヘルメス、ルナ、そして自分たち警官。全員の力を合わせ、この地獄を切り抜けるしかない。
だからグラントはもう一度歯を食いしばり、崩壊寸前の研究所を進む。
いま大切なのは“これ以上犠牲を出さない”こと。
(絶対に助ける。待っていろ、ルナ)
そう胸中で誓い、グラントは息を整えてヘルメスたちのもとへ急いだ。
次は04/05 22:10 投稿予定!
最後まで読んでいただき、本当にありがとねぇ!
評価やブックマーク、レビューを頂くたびに、作者は嬉しさの余りセガダンスしてます。
グラントさん作中屈指の強キャラの一人です。活躍はまだまだ先ですが!