24.復讐の歪み――過去の罪がもたらす悪夢
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見逃さないようにブクマだけでもしてもらえたら!
作者は(。≖‿≖ฺ)ニタァってしてます。
嬉しいからね。仕方ないね。
・前回のあらすじ
ヘルメスの華麗な剣技で闇使いザハンを撃退し、転移装置の暴走をなんとか食い止めたルナたち。だが、今度は地上へ戻る廊下が妙に静まり返っていて胸騒ぎが止まらない。魔王アルザラフや“アストラル・イニシエイト”の影がちらつく中、異世界の死神剣士・天才探偵・オタク研究者トリオは、果たして無事に地上へ脱出できるのか? 次なる波乱の展開に備え、緊張感MAXで旧施設をあとにする――。
連載形式で更新していく予定ですので、ぜひ最後までお付き合いください。
埃と警告ランプの残光が明滅する上層階を抜け、俺・ルナ・ヴィクターの三人は玄関へ向かう廊下を慎重に進んでいた。
先ほど地下での激闘と装置の暴走をくぐり抜けたというのに、このフロアは嘘みたいに静まりかえっている。
夜間の非常灯がわずかに揺れ、三人の影を長く床に描き出した。
どこかで機械の動作音がくぐもったように響いてはいるが、それも神経を研ぎ澄ませるほど微弱で、不気味な静寂を際立たせていた。
俺が先頭を歩きつつ廊下の奥を見据えていたそのとき、突如として鋭い殺気を感じ取る。
すかさず短く怒声を上げた。
「伏せろ!」
ルナとヴィクターは反射的に身を屈めてくれる。
直後、廊下を揺るがすほどの衝撃音が轟き、壁面の一部が砕け散った。
視界の端を猛スピードで飛来する何かがかすめていく――これは刃物か。
その正確な軌跡を完全に見切れたわけじゃないが、俺は片手に提げていたアタッシュケースを即座に落とし、腰の剣に手をかけながら抜きかけの勢いで刃を迎撃した。
金属同士が衝突する甲高い音が廊下に響き、閃光のような火花が散る。
投擲された凶刃は俺の剣先で二つに断たれ、その破片を砲弾のように飛ばしながら、奥の区画へ深々と突き刺さった。
砕かれたコンクリート片が床を転がり、警報システムがけたたましく鳴り始める。
頭痛の種が増えるような音を聞きながら、俺は唇をわずかに噛んだ。
「……なんだ、この威力は……」
狙撃でもなく、投擲された刃でここまでの破壊力。
今しがた「紙一重」で捌ききれたが、もし一瞬でも遅れれば俺の身体に突き刺さっていたかもしれない。
急いで周囲の気配を探るが、先ほど感じた殺気はまるで最初からなかったかのように消えている。
壁の深い傷だけが、この攻撃の恐ろしさを物語っていた。
(刃物自体には、魔力が込められた形跡がなかった……やっかいな相手だな)
そう胸中で呟いた瞬間、後方からルナの悲痛な声が耳を貫いた。
「ヘルメス……ごめんなさい……!」
嫌な予感を抱いて振り返ると、そこには頭を押さえて動けなくなっているヴィクターと、黒いヴェールをまとった“謎の女”に捕らえられているルナの姿があった。
女の手には鋭いナイフが握られており、ルナの首筋に食い込むように当てられている。
さらに、ルナが守っていたはずの制御宝珠はいつの間にか女の手中に渡っていた。
(一撃で気を逸らし、その僅かな隙に背後へ回り、宝珠を奪った? こんな短時間でそこまで…!)
咄嗟に剣を握り直すが、一歩でも踏み込めばルナの喉を切り裂かれかねない。
それが分かるからこそ、俺は動けずにいる。
女のヴェールの下から揺れる金髪に、一瞬違和感を覚える。
その冷徹な殺気は明らかにただ者じゃない――。
かつて数え切れないほど戦場を渡り歩き、“死神”とまで呼ばれた俺すら、この女を気取れなかった。
「初めまして、ヘルメス・アークハイド。……いえ、わたしはあなたをよく知っているのですけどね」
女の声は落ち着いているが、その瞳には狂気めいた冷たさを感じる。
ナイフがわずかに動き、ルナの白い肌が血をにじませた。
ヴィクターは床で苦しげにうめき声を漏らしている。
(なにか“異能”を使ったか……? 本当にここまで気配を絶てるものか? それにこの視界は……)
空間そのものが歪んで見えるのも気になる。
単なる幻なら“ゼロカオス”でかき消せるはずだが、消えていない――物理的に空間をねじ曲げる力を使っている、そう考えるしかない。
だとすれば、これはアストレリアで魔王が使用した“概念魔法”に近い厄介さを感じる。
「いつ忍び寄った……?」
俺は殺気を隠しきれない声で問いかけるが、女は答えない。
代わりにゆっくりとヴェールを外し、その端正な顔をあらわにする。
流れる金髪と白い肌、そして左右で異なる色に輝くオッドアイ――左は金色、右は紫色に妖しく揺らめいている。
その顔を見た瞬間、俺は息を詰まらせた。
金髪と輪郭が、あの“娘”に似ている。
けれど、その瞳には優しさなど微塵もない。凍えるほどの憎悪だけが宿っている。
(……ラティーシャ? 嘘だろ、あり得ない……)
冷静ならすぐに状況分析するところを、今は動揺が先に立ってしまう。
“娘のように”思っていた女に似た面影――それが人質をとって立っている。
思考が追いつかず、体が硬直するのを感じた。
女はルナの首にナイフを深く押し当て、血を滴らせながら口を開く。
「――“その娘”です。セシリアとお呼びください」
淡々とした声が耳を切り裂くように響く。
ルナの顔が苦痛にゆがみ、俺は何とか剣を振り上げそうになるが、下手に動けばルナの命が瞬時に奪われる――そんな危険を思うと、足が動かない。
(ラティーシャの娘……? まさか、生きていたというのか……!)
頭が混乱でいっぱいになる。
同時に、胸の奥で古い記憶が痛みを帯びて蘇ってくる。
あの村でラティーシャを救えなかったこと――“教え子であり、娘のように想っていた存在”を殺すしかなかった苦悩――それがセシリアという形で今、目の前に立ち、俺を恨んでいる。
「母を救わず、見殺しにしたくせに。あなたが最後に斬ったのでしょう? あなたほどの力がありながら、どうして守れなかったのですか? その罪を――わたしが償わせます」
女――セシリアの冷酷な声が、俺の胸を深々と抉る。
あの日の光景がフラッシュバックし、心臓を締めつける感覚が増していく。
ゼロカオスで何とか状況を打開しようにも、人質を取られ、俺の動きが完全に制限されている。
(ラティーシャを救えなかった後悔……今だって ルナを守らなきゃいけないのに、どうすれば――)
怒りとも悲しみともつかない感情が胸を焼き、頭が真っ白になる。
セシリアのオッドアイが妖しく光り、廊下の空間が波打つように歪んでいる。
これは単なる幻覚じゃない。俺のゼロカオスが働いても消えない――空間そのものを乱す類の魔術だ。
「……ラティーシャを……俺は……ちが、俺はあれ以上……っ」
無様なほど言葉が詰まる。
いつもなら冷静沈着に敵を分析できるはずなのに、今はラティーシャの面影が思考をかき乱している。
俺は防御の姿勢すら取りづらく、動こうとすればルナが殺される――そんな恐怖が体を固めてしまう。
「母を奪ったあなたを、わたしが斬る。……それだけです」
セシリアの言葉は憎悪に染まっている。湧き上がる殺気は、もはや尋常な敵意ではない。
同時に、その姿が“死神”のようにも見える――本来、そう呼ばれていたのは俺のほうなのに。
歪んだ廊下の風景、黒いヴェールの断片、奥で倒れ込むヴィクター、血をにじませて苦しむルナ……。
いつの間にか、周囲の音が遠ざかり、俺の耳には自分の鼓動しか聞こえなくなっていた。
(守れなかった。これ以上、誰も――)
必死にかき集めるように冷静を取り戻そうとしても、頭が回らない。
ゼロカオスをいつ発動すればいいか、どう撃退すればいいか、いつもなら簡単に見切れるはずが、今は考えがまとまらない。
そしてそのわずかな逡巡が、ルナを刻々と死に近づけている。
セシリアは冷たく笑みを浮かべ、ルナの首へ鋭利なナイフを深く押し当てる。
さらに血が滴るのを見ても、俺は足を動かせない。
隙を突こうにも、廊下の空間そのものが歪んでいて、踏み込むかどうかさえ恐ろしく感じる。
怒りと後悔が混ざり合い、背中に冷たい汗が流れていく。
俺は、かつてラティーシャを守れなかった後悔を再びえぐられるかのように、目の前で仲間を人質に取られ、まったく身動きができない。
どれだけ鍛えていようと、いまの俺はただの「無力な男」に等しかった。
残酷な沈黙と警戒アラームが混在する廊下で、セシリアの冷酷な瞳がすべてを支配している――。
ルナを救いたいのに、そしてこの娘をもどうにか救えないのかと葛藤しながらも、俺は成すすべなく時間だけが無情に過ぎていく。
深夜の研究棟は、悪意と絶望の狭間に沈み込み、そのまま俺たちを嘲笑するかのように静寂を保っていた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとねぇ!
評価やブックマーク、レビューを頂くたびに、作者は嬉しさの余りソーラン節してます。
とうとうきた ヘルメスの天敵 セシリアちゃん! オッドアイいいよね。