12.新たなる盟約──オフィスで交わす助手の誓い
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見逃さないようにブクマだけでもしてもらえたら!
作者は(。≖‿≖ฺ)ニタァってしてます。
嬉しいからね。仕方ないね。
・前回のあらすじ
まさかの“料理”修行に突入!?
探偵ルナとの同居生活も1か月になり、言葉や街の風景にもすっかり慣れてきたものの、コンビニ飯オンリーの彼女の食生活はかなり問題あり。
そこで「ハンバーグくらい作れるわよ!」と鼻息荒くキッチンへ立つも、飛び散る肉塊に焦げ焦げパニック!
結果的には「香ばしいのもアリ…か?」という微妙な仕上がりながら、二人の距離はほっこり急接近。
さらにヘルメスのゼロカオス研究計画も始動しちゃって、異世界剣士と名探偵の奇妙な共同生活はまだまだ波乱の予感!?
連載形式で更新していく予定ですので、ぜひ最後までお付き合いください。
夕暮れのオフィスには、穏やかな静けさが漂っていた。
デスクの上には請求書や修繕費の明細、示談交渉の記録などが山積みになっており、どれもルナの経済状況を突きつける要素ばかりだ。
「……使いすぎたわね」
そう小さく呟いたのは、背もたれに深く腰を預けて書類を睨むルナだった。
異世界から来たというヘルメスをこの世界に定着させるために費やした費用は、想像以上に大きかったのだ。
身分証や住居、言語学習はもちろん、服装や雑費まで――必要経費はどれもバカにならない。
ふと彼女が視線を上げると、窓辺に腰掛ける銀白髪の男が目に入る。
――ヘルメス・アークハイド。
かつて“死神”と呼ばれたほどの剣士らしいが、今は辞書や法律書を山積みにして黙々と読み込んでいた。
つい一か月前までは言葉も通じず、超人的な戦闘ばかりが目立っていた男が、いま税制や法律に興味を持ち勉強している――ルナにとっても慣れない光景である。
「……この“税制”、複雑だな。収入によって課税率が変わるうえ、条件次第で控除……なんだか戦場の戦略みたいだ」
書類から顔を上げたヘルメスは、低い声でそう言ってルナを振り返る。
「それ、興味本位にしてはマニアックすぎない? …まさか、あなた異世界で経理も経験したことあるの?」
冗談めかして言ってみせるルナに、彼は軽く苦笑するだけだった。そして再び書類へ視線を落とす。
「ルナが驚くのも無理はない。だが、この世界の“戦い方”を知るのは俺にとって大事なんだ。剣を振るだけが戦いじゃない……そう思ってな」
「そこまで言われると、私もなんだか落ち着かないわ」
そう言いつつ、ルナは机の上の請求書をまとめ、深いため息をつく。
そして意を決したように椅子から身を起こし、ヘルメスのほうへ向き直った。
「ねえ、ヘルメス。もうこの暮らしにも馴染んだでしょ? ……そこで提案があるの」
「提案?」
ヘルメスが書類から顔を上げる。ルナはわずかに緊張を含んだ声で続けた。
「探偵事務所で働かない? ‘助手’として。…そろそろ対等になってもいい頃だと思うのよ。今までは私が住居から食費まで、何もかも面倒を見てきたけど、それじゃお互いに不便でしょ?」
書類を手にしたまま、ヘルメスは少し考えこむような素振りを見せる。
彼の慎重な顔つきに、ルナは内心でさらに身構えた。
「…なるほど」
しばし沈黙をはさんで、ヘルメスは静かに息を吐く。
「俺はルナに借りがある。だから——」
言葉を切り、彼は背を伸ばした。
「ルナの助手をやろう。そして、ルナを守る」
「……いいわね」
ルナはなぜか胸の奥がかすかにざわめくのを感じながらも、苦笑を押し殺しつつ右手を差し出す。
「じゃあ、よろしくね。助手さん」
ヘルメスは戸惑いがちではあったものの、しっかりと彼女の手を握り返した。
「よろしく、ルナ」
その握手の感触に、妙な安心感が宿っている――ルナはそう感じたが、すぐに机の脇に積んでいた書類を彼に向けて渡す。
「さっそく仕事の話だけど……セントラル・ヘイヴンで起きてる不可解な失踪事件、興味ある?」
その声に応じるように、部屋の一角で本を閉じたヘルメス・アークハイドが顔を上げる。
「失踪事件?」
「ええ。警察も一応動いてるけど、まるで進展しない。私も独自に情報を集めてるの。最近特に報告が多くて、どうも普通じゃない気がしてるのよね」
ルナが差し出した資料には、短期間で十数名がいなくなったデータと、その周辺情報が一覧になっている。
ヘルメスは目を落とし、じっと読み込むようにしていた。
「……全員、空を見上げて消えた、と……?」
「そう、みんなが“一瞬空を見て、ふっと消える”みたいなの。目撃証言はあるのに、監視カメラに何も映ってないの。ただ、『人が空を仰いだままいなくなる』って共通点だけあって、謎だらけ」
顎に手を当て、ヘルメスは思案するように目を細める。
「…もしアストレリアの‘転移魔法’に似たものが使われているなら、かなり高位の術者だと思う。俺の場合は魔王アル=ザラフの“概念魔法”だったが、普通の転移だとしても相当厄介だな」
「概念魔法……あなたが戦った魔王との最終決戦で使われたやつね。となると、ほんとならかなりやばい事件じゃない」
ルナが深刻そうに言いかけたところで、オフィスの電話が鳴り響く。
彼女が受話器を取ると、懐かしくも気怠げな男性の声が聞こえてきた。
『……やあ、ルナ。僕だよ、ヴィクター・ハーグレイブ』
どうやら相手はヴィクター・ハーグレイブらしく、珍しくこの時間に連絡をしてきたようだ。
ルナは一瞬だけ声を詰まらせる。
「ヴィクター……何よ、どうしたの? こんな時間に」
『ハハ、まあね。でも、ちょっと困ったことになってね。助けてほしい』
「困ったって……あなたが? 研究所が火事でも起こした?」
『火事じゃないさ。もっと厄介なことだ。 …実はね、研究員が一人突然“消えた”んだ』
“消えた”という単語に、ルナは眉をひそめる。
彼女は視線をヘルメスのほうへ送ると、彼もまたそちらに意識を向けているのがわかった。
「……消えたって、まさかセントラル・ヘイヴンの失踪事件に似てるとか?」
『たぶん、そう。警察に映像を見せても「CGだろ」とか言われて取り合ってくれないんだ。ルナならこの手の話、信じてくれると思ってね』
「はぁ、しょうがないわね……わかった。私がそっちまで行く」
『助かるよ、待ってる』
そう言い残して電話が切れると、ルナはエアコンのリモコンをオフにし、ジャケットを引っかけた。
「ヘルメス、行くわよ。ヴィクターの研究所で失踪事件が起きたみたい。警察が信用してくれないって」
「ヴィクター……誰だ?」
軽くロングコートの襟を正しながら問うヘルメスを見て、ルナは説明を続ける。
「私の幼なじみで、天才研究者。ハーグレイブ・グループを立ち上げて、いろんな変わった装置を作ってるの。昔から妙に“異世界”に憧れたりしてる変人だけど……」
「ふむ。その研究員が消えたのも普通じゃないわけか」
「そう。監視カメラに謎の映像が残ってるのに、誰も信じないらしい。ちょうどあなたの知識が役に立つかもしれないわね。転移魔法か何かの可能性もあるし」
「なるほどな」
ヘルメスは、ルナの机に広げられた資料をざっと眺めてから、大きく伸びをする。
慣れない椅子に長時間座っていたせいか、肩を回す仕草が少し疲れていそうだ。
「じゃあ、行こうか。 …あ、それでなんだが、俺の剣はどうすればいい……?」
夕方のオフィスにはやや薄暗さが漂い始め、静かな空気が流れている。
ルナは腕を組んだまま、机の脇でヘルメスと向き合った。
布で包まれた愛剣を持つ彼は、落ち着かない様子でため息をつく。
「そうねぇ。日本刀や銃と違って『異世界の剣』なんてカテゴリーはないけど、法律上は同じ。許可なく持ち歩いたら、警察に見つかったときアウトよ」
ヘルメスは短く息を吐き、苦々しげに愛剣を見つめる。
異世界では相棒のように腰に帯びていた剣も、ここでは簡単に抜くわけにいかない。
「わかってる。だが何かあったとき、手ぶらは落ち着かなくてな」
ルナはしばし考え込み、手元の端末を操作した。
画面に並ぶ候補の中から、とある商品を見つけて彼に向けて見せる。
「これ。頑丈そうな“模擬刀用アタッシュケース”よ。金属のケースに入れて『運搬してるだけ』って形にすれば、ギリギリ合法。鍵付きで抜くのに手間がかかるようにすれば、武器としての“携帯”にはならないわ」
「なるほど……移動中は『携帯』じゃなく『運搬』扱いにするのか。合理的だな」
「まあ、実際には面倒も多いわよ。ケースに鍵つけたり、状況によっては職質されることもあるだろうし。でも使う意思がない形にしておけば、警察も大目に見てくれるはず」
ヘルメスは画面をのぞきこみながら、黙って考え込んでいる。
緊急時にはすぐ剣を振るえないが、この世界ではそれも仕方ないということだろう。
「……わかった。あまり抜かずに済めばいいんだが」
そう呟いた彼に対し、ルナは腕時計に目を落とす。
ヴィクターのもとへ急ぐならば、時間を無駄にできないらしい。
「じゃあ、研究所へ行く前に、ケースを扱ってる店に寄りましょう。知り合いに頼めば、いいのを安く用意してもらえるはず」
「助かる」
ロングコートの下で、ヘルメスは双剣を布ごと包み直す。
異世界で“死神”と呼ばれた剣士という雰囲気はあるものの、現代の法律を守るために厳重に保管せざるを得ないのが現実だ。
ルナは書類をファイルへ収め、スマホと財布を鞄へ詰め込むと、大きく息をつく。
そして椅子を離れ、ドアのほうを振り返った。
「よし……今度こそ準備オーケー。行きましょうか」
「了解だ」
こうして“死神”と“探偵”の二人は、新たな謎――そして彼の剣にまつわる問題――に挑むため、オフィスを出る。
静かだった日常が、わずかに軋むような音を立てて動き始める気配が、夕暮れの空気に溶け込んでいた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとねぇ!
評価やブックマーク、レビューを頂くたびに、作者は嬉しさの余りバレエダンスしてます。
※無理でした。バレエダンスは無理よ。
毎回踊ってるけど少しも上手くないし、それっぽくもないけど嬉しいと体全体で表現したくならない?
第二章が始まった! ということで大激戦、怒涛の展開が続くゼロカオスをよろしく!




