10.魔王の幻と琥珀の酒──闇に紛れる決断の兆し
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見逃さないようにブクマだけでもしてもらえたら!
作者は(。≖‿≖ฺ)ニタァってしてます。
嬉しいからね。仕方ないね。
・前回のあらすじ
異世界でもやっぱり剣のメンテは欠かせないヘルメス。
ところが小剣を見てちょいセンチになったり、ルナに連れられ謎の便利店“コンビニ”でお酒を発見してウキウキになったりと、なにやら新しい楽しみを見つけた様子。
果たしてこのウイスキー、異世界の死神剣士を酔わせる力はあるのか?
ちょっぴり大人でほのぼのな展開に乞うご期待!
連載形式で更新していく予定ですので、ぜひ最後までお付き合いください。
夕方になると、ルナは「映画を見に行きましょう」と言い出した。
“映画”とは、大きな幕に動く絵を映し出す娯楽らしいが、詳しくはピンとこない。
暗い館内に通され、周囲の人々が席につくころには、俺も少し緊張で体がこわばっていた。
(暗く、狭いな。敵が潜んでいるなんてことはこの世界じゃ滅多にないことだろうが)
そう思いつつ周囲を見るが、勿論誰も襲いかかる気配はない。
やがて幕が光り、巨大な映像が映し出される。
中身は“魔法とドラゴン”が登場する派手な戦いの物語だった。
主人公が剣を振るうたびに、光や炎の演出がド派手に炸裂する。
「……こいつ、剣の使い方……変。あんな振り方……危ない」
隣のルナがポップコーンを食べながら囁く。
「これはエンタメ重視だから、リアルとは違うのよ」と笑う。
なるほど、これは作り物の“フィクション”だと教えられた。
俺が普段の戦闘で磨いた感覚とはまるで別物だけど、人々は喜んで観ているようだ。
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映画館を出る頃には、街はすっかり夜になっていた。
人通りの多い通りへ戻りながら、俺はさっきの映画の“魔法シーン”を思い出す。
「……魔王の“概念魔法”、もっと……怖い。こんな派手じゃない。理……壊す、感じ」
スクリーンいっぱいに映る光や雷鳴とは違って、あの魔王が振るった“書き換え”は、ひたすら不気味で静かな破滅。
俺がそう呟くと、隣のルナが少し眉を寄せながら頷いた。
「そうなのね。――ねえ、もし魔王が本気であなたを殺そうとしたのなら、わざわざ“転移”させる必要なんてなかったんじゃない? そんなことができるなら、もっと確実な術で仕留められたはずでしょ。……やっぱり変に感じない?」
彼女の疑問に、俺はうまく答えが出せず言葉を探す。
確かに、魔王が“最期の足掻き”であの魔法を行使したのは分かるが、その真意となると……。
「……うん。奴……俺のゼロカオスを上回るため、概念魔法……頼った。最後に道連れ……狙い。けど、わざわざ転移……正直、分からない」
そう苦し紛れに返すと、ルナは俺を横目で見てから、口を閉ざしたまま黙り込んだ。
まばゆいビルのネオンや看板、絶え間なく走る車のライト――この街は闇が来てもまるで眠らない。
アストレリアの夜とは、本当に違う世界だ。
だが、そのせいか、俺の心には得体の知れない空虚さがじわじわ広がっていく。
魔王が本当に自滅したのかは分からないし、概念魔法に込められた目的も謎のままだ。
しばらく無言で歩いていると、ルナもまた何か言いたそうな気配だったが、結局そのまま何も言わなかった。
映画とは違う“現実の魔法”。
俺は帽子のつばを少し下げ、あの魔王の最期の姿を思考から追い払おうとする。
しかし、不安と疑問は消えてくれない。
やがて賑やかな大通りを抜けた先に、ルナの探偵事務所がある。
俺は深く息を吐く。
今はこの世界で生きていく術を身につけなくては——そんな思いを胸に、夜の喧騒に背を向けるようにして事務所へ戻っていったのだった。
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事務所に戻り、ルナが窓辺に立って街の灯りを見下ろしている。
俺はソファに腰を下ろし、さっき買ったウイスキーの瓶を眺めていた。
少しだけ飲もうか、まだ早いか……などと迷っているうちに、ルナがぽつりと一言。
「ヘルメス。ゆっくり休めるのは今のうちだけよ。事件が動き出したら忙しくなるわ」
「……わかった」
うまく伝えられないが、俺も彼女と同じ思いだ。
この世界に長く留まるかもしれない。
ならば早く慣れて、いざというとき戦える自分でありたい。
俺は剣を側に置き、コートを脱いで楽な姿勢をとる。
帽子を外すと、隠した角が少しだけ露出する。
しかしルナの事務所なら、それを見て咎める者はいない。
この場所は、俺が唯一“素”でいられる貴重な空間だ。
(帰る方法をきっと見つける。……それまで、俺はここで生きる)
自分にそう言い聞かせるように、静かに目を閉じた。
手元にある双剣《陽焔》と《月影》を、いつでも使える位置に置いておく。
アストレリアの戦場とは違うけれど、敵がどこに潜んでいるかは分からないからだ。
“死神”として剣を振るうときは、もはや来ないかもしれない。
でも、魔王アルザラフが残した“概念魔法”の影響が何もないとは思えない。
俺は胸の内で警戒を解かずに、ひとまず短い休息を取ることにする。
ルナはまだ資料のノートを開き、祖父の研究や転移の痕跡を探している様子だ。
窓の外にはビルの光が映えて、夜の街を照らし続ける。
いつか、この平和が脅かされるかもしれない。
そんな予感が拭えない。
(……結局、俺はこの世界でどう生きればいいんだ? アストレリアでは、戦うことがそのまま“守る”ことだった。だが、この世界でも同じように剣を振るわなきゃならないの時がくるのか……?)
独りで思い悩んでも答えは出ない。
今は自分ができることをし、ルナの探偵としての力を信じよう。
そう心に決めて目を閉じようとした——のだが、ふと脇に置いたウイスキーの瓶が視界に入る。
「……少し、飲むか」
つい魔が差して、俺はボトルを手に取った。
先ほど買ったばかりの“シングルモルト”というやつ。
蓋を開けて鼻を近づけると、独特の香ばしさが鼻をくすぐる。
慎重にグラスへと注ぐと、琥珀色の液体が小さく波を立てた。
「どんな味……?」
ソファに腰を下ろし、ゆっくりと口へ運ぶ。
喉を通った瞬間、じわりと熱が広がり——
「……っ! う、うまい!!」
思わず声が上ずった。
まさかここまでコクが深いとは……。
何度も戦場を潜り抜けた俺が、酒の一口ごときで驚くなど想像もしていなかったが、これは想像を超えている。
「なんだこれ……こんな旨い酒、初めて……!!」
気づけば、ルナが部屋の奥でこちらをチラリと見ている。
恥ずかしいが、もう止まらない。
二口目を流し込むと、口中いっぱいに豊かな香りが押し寄せる。
「う、うぁぁ……っ、うま過ぎ……!!」
アルコールの火照りも相まって、思わず額を押さえて呻くように声を上げる。
静まり返った夜の事務所に、俺の歓喜の叫びだけが響いた。
「ちょっ、うるさい! 近所迷惑になっちゃうわよ」
慌ててルナが飛んでくるが、俺は快哉を上げるのをやめられない。
だって、こんな味はアストレリアでも飲んだことがなかった。
「す、ごい……世界違う……酒も違う……!!」
もう少し飲みたい衝動に駆られたが、理性の残滓でなんとかグラスを置く。
ルナは呆れ顔でため息をつくが、俺はばつが悪いというより、むしろ幸せな気分で顔が緩むばかりだ。
(やべぇ……本当に旨い。俺もうこの世界に住んでもいいかもしれん)
そこまで心の声が漏れそうになり、俺は咳払いして誤魔化す。
夜に奇声を発したのでは、ここの住人として迷惑になるだけだ。
だが、この驚きはどうにも抑えきれない。
ルナが「ほどほどにね」と苦笑するのを見ながら、俺は顔を真っ赤にしてソファに沈む。
先ほどまでの憂いはひとまず飛んでいってしまった。
「……こ、こんなうまい……」
それだけつぶやいてから、再びグラスを一口だけ。
熱と香りの余韻を噛みしめながら、少しだけ現実の苦さを忘れる。
こうして、ルナと俺の“奇妙な日常”が幕を開ける。
穏やかな時間がいつまで続くかは分からない。
でも今だけは、最高にうまい酒に酔いしれながら、この新しい世界での始まりを味わっていたいと思った。
“帰るため”にも、“俺自身の在り方”を見つけるためにも——。
最後まで読んでいただき、本当にありがとねぇ!
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