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本物の空に憧れる少年

 企業と国、そして市民が統一であった時代は終わりを迎えた。

 2900年のある日に、地球の奥深くから出土した『アースエナジー』と名付けられた万能物質はそれまでの世界のあり方を一気に塗り替えた。

 始まりとなったのは『アースエナジー』は一定の条件下に置く事で、尽きる事のないエネルギーを生み出すと判明した事だった。

 エネルギーの無限化、それを初めに手にしたアメリカの企業『エナジーストリーム』が国に対し、法外な金を突きつけ、アメリカ政府はこれを拒否したが秘密裏に兵器を生産していた『エナジーストリーム』は国相手に戦争を起こし、これに勝利してしまったのだ。


「我らエナジーストリームは無限のエネルギーを諸君らに提供しよう!!但し、その為には我らに恭順して貰う。世界よ、我らに従え!!」


 完全に増長した『エナジーストリーム』ではあったが、彼らの兵器は全て『アースエナジー』によって動く兵器であり、燃料のために基地等に戻る必要のない兵器群は圧倒的な物量によって他国を圧倒……これにより、各国の企業は政府に先んじて『エナジーストリーム』へと恭順──『エナジーストリーム』独裁の企業連盟が出来上がる事となる。

 一年後には『アースエナジー』を利用したエナジーバリアによって『エナジーストリーム』の本拠地は護られてしまい、それこそ核兵器による殲滅すらも通じない状況となり国々は相次いで白旗を掲げる事となる──海を隔てた島国、日本が『エナジーストリーム』が独占していた技術を開発するまでは。


「世界の皆さん!!安心してください!!この度、我々日本は『エナジーストリーム』率いる企業連盟に対抗する為、独自開発した『アースエナジー』兵器である『天津甕星(あまつみかぼし)』を開発しました!!」


 日本が作り出した天津甕星と呼ばれる兵器はアニメ文化に影響されたのか、全長20mはあるロボットでそのフォルムは甕という文字が使われるだけはあり、ずんぐりむっくりとした姿で人によっては愛らしさを感じるものだ。

 しかし、重厚な装甲に身を守られた天津甕星は戦場を選ばずに陸と空、そして海の底までも戦場にする事ができあくまで基本兵器の延長線上でしかない『エナジーストリーム』の兵器を押し返す事が出来た。


「急ぎ各国へと配備させ、共に『エナジーストリーム』の脅威に対抗しましょう!!」


 そして配備が進む事になる天津甕星であったが、日本という国の失策を挙げるのなら人を信じ過ぎた事だろう。

 配備された天津甕星によって、技術が漏洩し日本に頼らずとも身を守ると叫ぶ者達が現れ、彼らの中核となったのは中国や韓国、ロシアといった国々で彼らは国と企業を解体……なんと国を持たない市民の連合として国際法の縛りを抜け、日本主体の国連、エナジーストリーム主体の企業連盟全てに敵対する道を選んだ。


「国も企業も信用出来ない!!全ては我ら市民が取り仕切るべきである!!この腐り切った世界に革命を!!」


 これにより国連はその動きを鈍らされ、その隙を突きエナジーストリームも独自の兵器『パイオニア・ストーム』を開発。

 日本の天津甕星と違い、スタイリッシュなフォルムで戦場に応じた追加兵装を適切に取り付けるスタイルは、装甲こそ劣るものの汎用性及び、機動性で日本の天津甕星を上回っていた。

 二者間の戦争が過激化していく中、忘れ去られていた革命を掲げた市民達の集まり『人類革命連合』は両者との差別化のためか、甲虫の姿を模したロボット『グミン』という革命の名を冠したものを作り出し、ゲリラ的に両者へと戦争を仕掛けた。


 アメリカ大陸を本拠地に各国の企業を取り込んだ『エナジーストリーム』


 日本が主体となり欧州やアフリカ大陸の国々が主だって参加している『国連』


 中国や韓国、ロシアの民が一体となった『人類革命連合』


 エナジーアースという無限のエネルギーが採掘された事で、人の在り方は大きく変わり企業、国、市民がバラバラとなってエネルギーを取り合う戦争の時代へと変わってしまった。



 それから十年の月日が流れたある日の『日本』がこの物語の出発点である。


「戦争は続いているが、お前達の様にこうして普通に椅子と机に座って勉強出来るぐらいには鎮静化している。これには三陣営がここ数年で疲弊したのもあるが、長い戦争によってアースエナジー以外の資源がすり減ったのが要因だとされている」


 日本の首都東京──その地下にある高校では歴史の授業が行われており、教壇に立つちょっとハゲが目立ち始めた教員『杉村 善雄(すぎむら よしお)』がタブレット端末片手に語っていた。


「(……暇だなぁ)」


 そんな今時の学生であれば聞き飽きた授業を、肩肘を突き欠伸をしながら外の天井に投影された偽物の青空を眺めているのは『小嵐 時雨(こがらし しぐれ)

 彼はやる気の一切を感じられない瞳でジーッと偽りの空を見上げ、授業なんて他所にポケットから取り出した小型の戦闘機の模型を掴んで仮初の空を飛ばす。


「(……本当の空の下だったらコイツももっと格好いいんだろうな)」


 年頃のそれも高校生としてはよくある今を酷く退屈に感じて、果てなき場所に空想を広げる──いわゆる、厨二病の気配がある時雨はアンニュイな表情でおもちゃの戦闘機を飛ばして、後ろの席から背中を突かれた。


「……ん?」


「時雨、いい加減にしないと怒られますわよ?」


「……あー、悪い芹香」


「もぅ。いつでも注意出来るわけじゃないのですからね」


 ぷくっと頬を膨らませる彼女に平謝りをして前を向く時雨の視線の先で、にっこりと全く目が笑っていない杉村先生がおり、今日もまた自分は幼馴染に助けられたと安堵する時雨。

 彼の後ろの席にいるのは『須藤 芹香(すどう せりか)』という幼馴染の少女で、口調から分かる通りですわよ口調のお嬢様──ではなく、その在り方に憧れを持っており、髪型も地毛である金髪を縦ロールにするという徹底振りを発揮している子だ。

 流石に先生が怒っている事と、幼馴染からの注意を受けてふざけるほどの悪い生徒ではない時雨はその後、真面目に終了のチャイムが鳴るまで授業を受けた。

 杉村先生が教室を出て行くと、後ろの席の芹香の他にも三人の生徒が時雨の元にやって来た。


「また空への妄想に耽ってただろ時雨」


「そうだけど……その表情ムカつく」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべて窓に寄り掛かる時雨の前の席に座り、肩を組むのは時雨が親友と呼べる相手『不動 慎二(ふどう しんじ)』で、他人を揶揄うのが至上の喜びと宣言してる男でいる──ちなみに、塩顔系のイケメンでもあり女子生徒からの人気が高い。


「芹香も毎回大変ねぇ。コレの世話なんて」


「いえ。これが結構、退屈しないのでいい暇つぶしですわ」


 芹香の横に立ち、呆れ切った表情を二人に向けているのは『御堂 桜(みどう さくら)』で、芹香や時雨とは中学からの付き合いで相変わらずの仲の良さを見せる二人に一番振り回されている娘だ。

 

「うへへ……良い女房だねぇセリカっちは。シグレんも幸せ者だねぇ〜」


「にょ!?」


「……おーい。その揶揄い方すると芹香が固まるって何度も言っただろう結さんや」


 いつも猫背で常に眠そうな声で喋るのは『睡蓮 結(すいれん ゆい)』という少女で、時々、慎二に背負われて登校してくる姿が目撃されるぐらいにはダラダラした娘である。

 なお、何がとは言わないがこの三人娘の中で一番立派なものを持っている。


「分かるぜ結。芹香は時雨関係になると反応が分かりやすいからついつい、弄りたくなるよな」


「うむ〜流石は慎ちゃんだぜぇ〜」


 ふらふらとした動きで持ち上がり、グッと立てられる親指に慎二もまたグッと親指を上げて応じる。


「……はぁ、この幼馴染ズめ」


 一人、幼馴染の居ない桜はジトーっと視線を二組の幼馴染達に向けるが、それもすぐに元の表情に戻り少しだけズレていた眼鏡を直すと時雨に向き直る。


「時雨の空好きも大概にしなさいよ?アンタ、前に上見てて事故りそうになってたでしょ」


「うぐっ……知ってたのか桜」


「知ってるわよ。その日は先生のところに向かってたから」


「あぁ……そう言えば策坂工務店が近かったな」


「迂闊だった……!!みたいな顔しない。反省しろ反省」


「何度言ってもこの空馬鹿が辞める訳ないだろ桜。なにせ、その戦闘機と空は時雨の親父さんが居た場所なんだからよ」


「あぁ……こればっかりは辞められない」


 戦争が緩やかになったとは言え、完全に終わった訳じゃない。

 時雨の父親は急に仕掛けてきた『人類革命連合』との戦争で、天津甕星を掩護するために戦闘機に乗り戦死していたのだ。

 その為、彼が外を見る行為には父との思い出に耽るという意味もあり、あまり周囲も触れていないのだろう。


「っは、で、でも授業はちゃんと受けないとダメですわ。お空の向こうでお父様が悲しみますわよ」


「おー、帰ってきた〜」


「そうだな……気をつける」


 そうは言うが既に空の方をチラチラし始めた時雨に友人達はダメだこりゃと肩を竦める。

 

「そういや次の授業はアースエナジー工学だっけ?」


「そうね。前回は天津甕星を説明したから今日はパイオニア・ストームの事だったはず」


「おぉ、そうだったな。俺、パイオニア・ストームのフォルム好きなんだよな。細身でまるで漫画から出てきたヒーローみたいでよ」


「私は〜天津甕星が好きぃ〜まん丸でかわいぃからねぇ〜」


「兵器の良さは私には分かりませんわね……」


「大丈夫よ。私も同じだから」


 そんな時雨を放置するのもいつもの流れであり、普段の日常のやり取りを行う友人達。

 時雨はそんな彼らの楽しそうな声を聞きながら、いつもの様にぼーっと偽りの空を眺めて──異変に一足早く気がついた。


「……ん?」


 時雨の見上げる視線の先、青空が広がる偽りの空にノイズが走ったかと思えばヒビが入っていく。

 投影機材の異常だろうか?と首を傾げる時雨だったが、その直後、ヒビが大きくなり向こう側から身を刺し貫く冷たい気配を感じ取り反射的に立ち上がる。


「んおっ!?どうした時雨!?」

 

 急に立ち上がった彼の影響を受けるのは肩を組んでいた慎二であり、派手にバランスを崩した彼は驚愕のほんの少しの怒りを込めて時雨を見上げる。


「ッッ……ごめん。でもこれは……逃げよう皆!!」


「ど、どうしたんですの時雨!?」


「早く!!」


「ひょわ!?」


 芹香の手を取り、教室の外へと走り出す時雨を見て只事ではないと察した残りの三人も慌てて、追いかけて教室の外へと出た瞬間だった。

 凄まじい轟音と共に何かが破壊される音と地響きが起き、発生した衝撃波が窓ガラスを粉々に割る。

 

「芹香!!」


「結!!桜!!」


 咄嗟に男性陣が近くにいた女性陣を抱き締め、庇ったことで降り注いだ窓ガラスの破片は彼らを傷つける事はなかったが発生した衝撃波は教室の側から生じたものであり……窓ガラスの散弾が襲った教室は大変な事になっていた。


「ひっ!!」


 血の地獄となった教室を運悪く見えてしまった桜の顔は一気に青褪め、視線の先がどうなっているか悟った結が桜を抱き締める。


「慎ちゃん……」


「あぁ……時雨!!芹香!!絶対、教室の方を見るなよ!!」


「分かってる!!……クソッ!!」


 常に続く平和なんてない。

 それを時雨は知っていたが、まさか自分たちの身に降り掛かるとは一欠片も思ってはいなかった。

 

「時雨……」


「ッッ……あぁ。大丈夫だ。俺が守るから」


 それでも胸に抱いた少女の震えを止められるのならと勇気を振り絞る時雨の横に桜と結を連れた慎二が並ぶ。

 

「どうする?」


「何処かの敵襲なら一先ず、避難所に向かおう……戦闘音も聞こえるがこの辺りが壊れないって事は少しだけ離れているはずだ」


「来る前に避難って訳だな。うし、いくぞ」


 結論を出した五人は撒き散らかされたガラスの破片に気をつけながら、廊下を走って学校の外へと向かう。

 途中で可能な限り、生きている生徒達に逃げる様に言いながら走る彼らの速度は決して速いと呼べるものではなかったがどうにか玄関まで辿り着く。


「お前達!!無事だったか!!」


「杉村先生!!」


「名瀬先生もご無事でしたか」


 そんな彼らの元へとスーツを乱した杉村先生と保険医である名瀬 京香(なぜ きょうか)がやってくる。

 

「他の先生達は?」


「……授業終わりで職員室に居たのが災いした。お前らも知ってる通り、あそこは生徒が入り易い様にガラス張りだからな」


 教室以上の惨劇が職員室では起きたのであろう杉村先生の顔色は悪かった。

 多くの先生が既に亡くなっている事に息を呑む五人。


「今は研究室や休憩などで偶然、職員室にいなかった先生達で生徒達の安否確認を行うと方針を決めたところだが……お前達は早く逃げろ」


「ッッ、なぜ?」


「避難所は限られた人数しか入れない。いち早く、外へ逃げ出そうとしたお前らを引き戻し避難所が一杯だとなれば俺は責任を取れん」


「……恥ずかしい話だけど先生達は既に後手も後手。判断の早かった生徒達を止める権利はないの」


 名瀬先生の口振からして既に外へと出た生徒達も居るのだろうと察した五人は顔を合わせる。

 このまま、五人だけで逃げるか先生達に着いて行き大人の庇護下に入るか。


「……わかりました。俺達はこのまま逃げます」


「そうか。判断が速いのはいい事だ時雨」


 そう言って時雨の頭を撫でた杉村先生は名瀬先生と共に教室の方へと向かって行った。


「よ、良かったのですか?私達だけで」


「あぁ。杉村先生は分かってるんだ。自分達はもう遅いって」


「クソッ、ならさっさと逃げようぜ」


 外靴に履き替えた彼らは外へと飛び出し、近くの避難所まで走り出す。

 遠くの方から聞こえる戦闘音は明らかに戦争である事を告げ、恐怖心に駆られる五人だが握る手の力を込めて各々を鼓舞し走る。


「ッッ、慎二!!止まれ!!」


「っと、おおおぅぅ!!!???」


 慌てて立ち止まった慎二の少し先を吹き飛ばされたと思われるボロボロになった天津甕星が煙と火花を上げながら、地面を砕く。

 その衝撃波で吹き飛び地面を転がる慎二ではあったが、あと少し時雨の静止が遅ければ天津甕星によってミンチになっていた事だろう。


『突击!!』


 聞こえてくる日本語ではない言語共に現れたのは、兜虫を模したロボット──『人類革命連合』が使う『グミン』であった。

 幾つものギアで兜虫の脚を再現し、機体を支えている為にギチギチと不協和音を奏でる『グミン』は天津甕星の足元にいる彼らの事など微塵も気に留めず、背中に積まれたガドリング砲の銃口を倒れ伏した天津甕星に向ける。


『ッッ、いつの間にか民間人がいるところに飛ばされていたか!!』


 カメラによる映像を取り戻した天津甕星のパイロットが急ぎ、立ち上がりグミンへと向かうが鈍重な天津甕星では速度が足りず、ガドリング砲の射撃を受けてしまう。


「うぉ!?」


「逃げろ!!」


 撒き散らかされる人を容易く潰す大きさの薬莢から慌てて逃げる五人だが、この中で一番体力の少ない結が疲労によって足が縺れ転んでしまった。


「きゃ!?」


「結!!」


 慌てて駆け寄る慎二が慣れた手つきで抱き上げ、どうにか耐えるが結果的に足は遅くなり彼らのすぐ近くでグミンと天津甕星の戦いが行われる。


『クソ……せめてあの子らが逃げるだけの時間を稼がなくては!!』


『摔倒!!』


 グミンの突進が天津甕星の装甲にぶち当たり火花を散らす。

 角の先端部分はドリルとなっている為、このままグミンと激突したままでは幾ら装甲に優れる天津甕星といえど、限度があるが今は派手にグミンを吹き飛ばすだけでも五人を危険に晒すとパイロットは組みついたままグミンを少しでも離れさせようと押し出す。


「あぁ!?」


『ぐっ、ぁああああ!!!』


 逃げる彼らの振り返った視線の先で、天津甕星はドリルによって装甲が貫かれて爆散してしまった。

 爆発による衝撃が彼らを襲い、それぞれが派手に吹き飛ばされるが最も不幸だったのは時雨で彼は何かに激突し速度が止まる事なく転がっていき、一台のトラックにぶつかった事で漸く停止した。


「あぐっ……身体が……」


 どうにか立ち上がる時雨であったが、グミンの姿が少し遠くに見えるほどに飛ばされてしまった彼の周囲には友人達の姿はなかった。

 

「芹香!!慎二!!結!!桜!!無事なのか!!」


 返事はない。

 死んでしまったのか何処かで気絶しているのか時雨には分からないが、フラフラとした足取りで彼らを探しに行こうと歩き出した瞬間──それが見えた。


「……これは天津甕星?」


 トラックの荷台、普通よりも大きなソレに乗せられシーツが被せられていたものが天津甕星である事に気がついた時雨は、何かに導かれる様にシーツを剥がし顕になったコックピットに座り込む。

 

「……授業で習った通りの配置だ。これなら動かせるかもしれない」


 遠くに見えるグミンは、破壊活動を行っているのか爆炎を上げながら周囲にガドリング砲をばら撒いており、その姿を見た時雨は強い怒りに襲われた。

 自らの平穏を奪った存在が、友を奪ったかもしれない存在が目の前にいて対抗する力を動かす術を持っている。

 であれば、無謀と言われようともその力を行使してしまうのが人間というものだろう。


「動け……天津甕星!!」


 動力のスイッチをオンにすれば全ての機材が輝き、機体に息吹が注がれる。

 コックピットの装甲が閉じれば、天津甕星の名を示す文字が浮かび上がり全方位方のカメラによって周囲の景色が映し出された。


「授業の時よりも軽いな……これが新型の性能か!!」


 立ち上がった時雨の乗る天津甕星は今までのものよりも、スタイリッシュなフォルムに寄っており装甲は僅かに減ったものの今の彼が望む兵装が搭載されていたのだ。


「こいつ、翼があるのか!!」


 飛行兵装『零式』、かつての日本の空を飛んだ戦闘機の名前を持つソレは天津甕星の背面に新たに収納された翼でマニュアル片手に時雨が展開するとふわりと機体が浮かび上がった。

 所謂、待機状態となった空飛ぶ天津甕星は時雨が望んでいた空への翼だ。


「……いくぞ!!」


 レバーを倒し、エンジンをフルスロットルにすれば時雨の身体をGが襲う。


「ぐっ……」


 正式な軍事訓練も受けておらず、衝撃軽減の役目があるパイロットスーツを着ていない時雨は一瞬、景色が真っ黒になるがそれでも敵を倒すという強い意志が彼を呼ぶ戻す。


「おらぁぁ!!」


『!?!?』


 グミンのパイロットは驚愕に染まった事だろう。

 今まで空は苦手であった天津甕星が凄まじい勢いで飛来し、己を蹴り飛ばしたのだから。


「お前を倒して皆を探す!!」


『!!』


 その言葉と共に馬鹿正直に突撃する時雨であったが、相手はプロの軍人。

 すぐに体勢を立て直し、翅を広げて攻撃を回避することは容易だ。


「このっ!!」


 だが、空はもうグミンの安全圏ではないのだ。

 グルリと回転した天津甕星の蹴りが、飛翔しながら回し蹴りなど想定していなかったグミンの下部を勢いよく蹴り上げ構造上、そこが最も脆いグミンは忽ち中破状態へと追い込まれる。


『飞机部分受损……确认敌人的新武器。撤退! !』


 フラフラと飛翔するグミンのパイロットの言葉を聞き取れた訳ではないが、時雨に背を向けて飛び去っていくのを見て彼は歯痒いと思いながらも友人達を探す事に意識を切り替えた。


「……倒したいところだったが今はそれよりも優先することがある。確か外部に声をかけるには……これか──おおーい!!芹香!!慎二!!結!!桜!!この天津甕星に乗ってるのは時雨だ!!聞こえていたら何か合図をしてくれ!!」


「時雨か!?おーい、こっちだ!!こっちに来てくれ!?」


「慎二か?今いく!!」


 拾った声に導かれて時雨が向かったのは、残っていた小さな公民館で天津甕星で着地すれば見慣れた四人の姿がそこにはあった。


「良かった……無事だったんだな」


「それはこっちの言葉ですわ!!何処にも姿がなくて……私……わたしぃぃ……」


「ごめん芹香……心配かけたな」


 コックピットから降りた時雨を待っていたのは芹香の涙と抱擁であり、先ほどまで戦いで熱っていた時雨も流石に大切な幼馴染を前にして冷静さを取り戻し──自分がやらかした事に思い至った。


「……勝手に動かしたの不味かったよな……」


「だろうな……」


 途方に暮れる時雨と慎二を他所に、襲撃を仕掛けてきたグミン達が天井の穴から出て行くのが見え安心すると共に彼らは日本の国防軍に取り囲まれるのだった。

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