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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【連載版始めました!】やりこんだゲーム世界にダンジョンマスターとして転生したら、攻略に来る勇者が弱すぎるんだが ~自重せずにやりこみまくったら、難攻不落のダンジョンと最強の魔物軍団が出来上がりました~






『ち、畜生……ロザリー、ミマス、たてつかい……俺は、お前達と……』


 剣を地面に突き立てた一人の男は、そう呟くとそのまま地面に崩れ落ちた。

 力尽きた彼――勇者ハーフは物言わぬ骸となり、画面は暗転する。


 これはバッドエンド――ではない。

 その証拠にディスプレイが映し出すのは開始画面やコンティニュー画面ではなく、全てが終わったことを示す華々しいエンディング映像だ。


 一瞬の暗転の瞬間、自分の姿が反射して画面に映る。

 ちょっと現実に引き戻されそうだったので、ガソリンを注入することにした。


「はじまりの勇者ハーフ……お前は強敵だったぜ……」


 プシュッとチューハイの缶を開け、半分ほどを一気に流し込めば、暗い気持ちは一瞬で吹き飛んだ。

 圧倒的なまでのやってやった感……苦戦したゲームをクリアした時だけに得られるこの感覚は、何度味わっても格別だった。


 俺の名前は三条充。

 繊維系の専門商社に勤め、寿命を縮めながら月百時間超の残業をこなすエリート社畜だ。


 今日は上司に言われ久方ぶりに取った有休の三日目。

 数年ぶりに取れた連休を使い、俺は死ぬほどやりこんだゲームをプレイしていた。


『さすがですね、ダンジョンマスター! 勇者なき今、世界の全てがあなたにひれ伏すことでしょう!』


 ピルピルと宙を飛びながら全身で喜びを表しているのは、開始時点から共に歩んできた迷宮妖精ダンジョンフェアリーのラビリス。

 彼女は不慣れなダンジョンマスターに色々とダンジョンについて教えてくれるアドバイザーであり、色々と役に立ってくれるお助けキャラでもあった。


『我々魔物達の――完全勝利です!』


 ラビリスの体長はおよそ五十センチほどであり、その全身は美しい緑色の光を放っている。

 高速で動き回る彼女が通ったところには、淡く輝く鱗粉が散っていた。


 妖精が散らす妖精の鱗粉は、回復アイテムとして使うことができる。

 売って良し使って良しのこの鱗粉を渇望した人間達によって、妖精種は乱獲される運命にあった。



 そしてそんな妖精種の一種である迷宮妖精のラビリスは、ダンジョンマスターである俺に助けを求め、彼女を助けることで人類の旗印を標榜する勇者達と敵対することになっていき……というのがこのゲーム――『ダンジョン&モンスターズ』の基本的なストーリーになっている。



「ひっさしぶりにやったけど……案外覚えてるもんだなぁ」


 勇者討伐シミュレーションゲーム『ダンジョン&モンスターズ』。

 一世を風靡……とまではいかなかったが、続編のナンバリングが作られる程度には人気を博したタイトルである。


 その内容は迫り来る勇者達や彼らが率いる軍隊を、ダンジョンを操るダンジョンマスターとして倒していくというもの。


 このゲームの一番の目玉は、敵のイカれた性能だ。

 『ダンジョン&モンスターズ』――通称ダンモンにおいて、プレイヤーであるダンジョンマスターは魔王と呼ばれることになる。


 そして魔王を討伐しにやってくる勇者達の性能は、巷で流行っているファンタジーゲームのそれに準拠している。

 つまり――敵キャラクター達の能力が、軒並みぶっ壊れているのである。


 たとえば僧侶は回復魔法を使えば頑張って与えたダメージを一発で全快してくるし、レベルを上げまくった勇者相手には物理攻撃がほぼ効かない。


 多重にバフをかけて馬鹿火力を叩き込んでくるくらいのことは序の口で、やばくなったらダンジョンからアイテムを使って抜け出したり、セーブポイントを設定して何度も復活したり、ダンジョン攻略中にダンジョンマスターの権利であるモンスターのリポップや回復等の介入を封じてきたり……あらゆるバリエーションでこちらを殺しに来るのだ。



 あの手この手でこちらを詰ませてこようとする勇者達を、知識と知略でねじ伏せていくのがこのゲームのきついところでもあり、同時に面白いところでもある。



 スライムによるDP生成、魔法陣による強制進化、倒した勇者達の死体を素材にして生み出す新たなモンスターにダンジョンマスターを囮にしたデーモン包囲網……プレイヤー達によって生み出されたいくつもの戦法を惜しげもなく使えば、とにかくアホみたいな体力と強力な範囲魔法、全快できる回復魔法を連発してくるはじまりの勇者でさえ敵ではなかった。



「やっぱストーリーモードが一番ひりついておもろいんだよな。vs世界連合のボスラッシュは相変わらずきつかったが……終電間際までの残業に慣れた俺の敵ではない」


 『ダンジョン&モンスターズ』は俺にとって青春そのものだった。

 高校一年生の頃に出たこのゲームにドはまりし、その続編も全てプレイしている。


 ナンバリングタイトルの中には誰が買ってるんだよというほど人気の出なかったハードで出たものもあったが、ダンモンヲタクのたしなみとして俺は当然本体を買った。


 ハードを買ったせいでその年のお年玉が吹っ飛んで、ダンモン以外にやりたいゲームが一つもなくて泣きそうになったのも今では良い思い出……いや、今でもまだ普通に苦い思い出だわ。


 半年後に本体が投げ売り価格になった時に血涙を流したのは、今でも忘れられない。


 しっかし、久しぶりにやってみたが、やはり『ダンジョン&モンスターズ』は面白かった。

 初見だとキツめだが、やりこんでいる人間がプレイすればなんとかクリアできるという絶妙な難易度。


 ちょっと進化のタイミングやダンジョン拡張のタイミングをミスるだけで詰んでしまうため、最後の一人を倒すまで気の抜けないゲーム設計。


 ただキツいだけではなく、ファンタジーゲームが好きな人ならにやりと笑うメタやパロディもふんだんに入れられており、俺みたいなコア層には非常に刺さる内容になっている。


 今に鳴って思うと、このあたりのとっつきづらさが、そこまでのヒットを記録しなかった理由なのかもしれないな。


 しばらくやっていなかったせいでもしかしたら自分の思い出補正かもと思っていたが……やってみるとやっぱりめちゃくちゃ面白かった。


 今回有給はまとめて六日取ってある。

 まだまだ時間はあるし、2や3に手を出してもいい。


 DLCの強力な勇者達と戦ってもいいし、一時期ハマっていた特定の魔物しか使わない縛りプレイをするというのもアリかもしれない。


「ふわあぁ……その前に、ちょっと寝るか……」


 顎が外れそうなほど大きなあくびをしてから、そのままベッドにダイブする。

 長時間プレイはまだまだできるが、体力は以前と比べれば落ちている。

 少し酒も入っているので、押し寄せてくる眠気に抗うのは難しそうだった。


(長丁場の休みを乗り切るためには、体力を回復しておくことも大切だし)


 そんな風に自分に言い訳をしながら、眠りにつく。

 そして俺の意識は暗転し……










「ダンジョンマスターの力を使い、一刻も早く人類への蹂躙を始めましょう!」


「……は?」


 妙に聞き覚えのある台詞だなと思い目を覚ますと、そこは自分が住んでいるオートロック付きの1Kの部屋……ではなかった。


 周りを見渡すが、そこにはさっきまであったはずのものが何もない。

 大枚をはたいて買った高級ベッドも、寝る前までやっていたはずのゲーム機も、足下に散らばっていた食べかすですら綺麗さっぱりなくなっている。


 代わりに目の前に広がっているのは、殺風景な洞窟だ。

 全体的に薄暗く、そしてジメジメとしている。


 一体ここは……いや、違う。

 俺はこの光景を、目にしたことがあるじゃないか。


「どうかしましたか、マスター?」


 薄暗い洞窟の中を照らしている光源は、松明やランプではない。

 それは俺の隣にいる、光り輝く存在――迷宮妖精のラビリスから発されている光だった。


「お前はラビリス……で間違いないよな?」


「はい、先ほどマスターに助けていただいたラビリスです!」


 俺の目の前にいる存在は、何度も見てきた映像よりいやに鮮明で、きらきらと神秘的に輝いていた。


 思い返せば先ほど意識が覚醒した時の台詞は、ダンモンのチュートリアルの時のラビリスの台詞だったはずだ。

 つまりここはゲーム……いや、ゲームのような世界?


 軽く人差し指で押してみると、ラビリスはつんのめる。

 指先に感じるむにっとした感触。

 今や彼女は、俺にとって画面越しの存在ではなくなっていた。


「ちょ……何するんですか、マスター!」


「感覚もあるのか……」


 頭では否定していても、それ以外の全てが現状を肯定していた。


 土の香りを嗅ぐ鼻が、ラビリスの甲高い声を聞く耳が、辺りを見渡す目が……全ての感覚器官が、今俺の前にあるものが虚構ではなく現実なのだと教えてくれている。


 視線を下ろせば、俺の指先にはきらきらと輝く粉がついていた。

 妖精の身体から発される、妖精の鱗粉。


 ゲームではただの回復アイテムでしかなかったそれは、キラキラと美しく、宝石のように輝いている。


 指先にあったはずの鱗粉が、眺めているうちにパッと消えた。

 代わりに現れたのは、光の板だ。



 妖精の鱗粉×1



 どうやらダンジョンマスターの権能である『収納』が自動で発動したらしい。


 ダンジョンマスターにはいくつもの権能がある。


 ダンジョン内の全てのアイテムをしまうことのできる『収納』。

 ダンジョン内に新たなモンスターを生み出す『モンスター召喚』。

 だがやはり一番の権能は……


「『ダンジョンステータス』」


 口にしてみると、俺の言葉に反応して新たな光の板が現れる。

 それは俺にとって非常になじみのあるもので、フォントから形式に至る何から何までが、俺がやりこんできたゲームのそれに酷似していた。



ーーのダンジョン(名称設定可)

DP 1000

取得DP 10

消費DP 2



 間違いない、ここは――『ダンジョン&モンスターズ』の世界だ。

 どうやら俺は――人類の敵であるダンジョンマスターになってしまったらしい。


「くっ……」


 転生……いや身体は俺のままだから、この場合は転移になるのか?

 なんにせよ俺は異世界にやってきた。


 それもただの異世界じゃない。

 『ダンジョン&モンスターズ』のシステムが適用されている世界だ。


「マスター!? 大丈夫ですかっ!? 平気です、人間達は強いかもしれないですけど、私がそばにいますから!」


 いくつかの権能はあるものの、ダンジョンマスターの俺に直接的な戦闘能力はない。

 『ダンジョン&モンスターズ』において、俺は勇者や騎士達に発見されればそのまま捕縛され地上に連行されることしかできない貧弱な存在だ。


 チートな勇者達が闊歩するダンモン世界では、下から数えた方が早いほど虚弱な生き物である。


「く……クハハハハハハッ!」


 だが自分がダンジョンマスターになったとわかった俺は、気付けば大笑いしていた。

 もちろん不安や焦りはある。


 現実に襲いかかってくることになるチート級の勇者達を本当に倒せるのか。

 そもそも今から始まるのはストーリーモードなのか。

 果たしてゲームの順番通りに勇者達は現れるのか。


 だが……わくわくを抑えることはできなかった。


「はっ、上等だ……」


 俺がダンモンをどれだけやってきたと思ってやがる。

 プレイ歴は十年を超え、総プレイ時間は優に5000時間は超えている。


 俺は魔王として、向かってくるあらゆる勇者達を倒してきた。

 女神の加護持ちの勇者だろうが伝説の大賢者だろうが、一人残らずだ。


 勇者を旗印にした国の軍隊は残らず滅ぼしてきたし、地上のありとあらゆる強者を投入して行われるvs世界連合のボスラッシュだって乗り越えた。

 エンドレスモードで丸一日、ひたすらやってくる人間達を殲滅したことだってある。


 たとえ俺自身のステータスが貧弱だろうが……まったく負ける気がしない。


 一体なんでいきなり『ダンジョン&モンスターズ』の世界に放り込まれたのかはわからないが……せっかく大好きな『ダンジョン&モンスターズ』の世界に来れたんだ。


 この機会を逃さず、目一杯楽しんでやる。

 もしそれを阻もうとする奴らが来るんなら……残らず倒してやるさ。


「よし、そうと決まれば早速ダンジョン拡張に入るぞ!」


「はいっ! あの……そういえばお名前をよろしいでしょうか?」


「俺か? 俺は三じょ……」


 言いかけて、気付く。

 これから俺はサラリーマンとして暮らしてきた三条充ではなくダンジョンマスターとして生きていく。


 ダンモンの世界で生きていくには、この名前はふさわしくないだろう。

 故に俺はダンモンで使っていたダンジョンマスターとしての名前を、そのまま使うことにした。


「俺はミツル――ダンジョンマスターのミツルだ。よろしくな、ラビリス」






 この世界は間違いなく、無印版『ダンジョン&モンスターズ』の世界だ。

 ダンモン検定一級を持つ俺にはそれが一発でわかっていた。


 迷宮妖精であるラビリスを助けることで、彼女を負ってきた見習い勇者にダンジョンの存在が露見し、戦いになる。


 そのパートこそがステージ1であり、無印版『ダンジョン&モンスターズ』における実質的なチュートリアルとなっているからである。

 ちなみに移植版では評判があまり良くなかったためここの部分が丸々専用のチュートリアルモードに変わっている。


 そして2以降では、ラビリスは最初から仲間としてダンジョンマスターの側にいる。

 無印と移植版を両方ともやりこんでおいて良かった。

 ダンジョンマスターミツルは違いのわかる男である。


「『ダンジョンステータス』は初期値のまま……」



 ストーリーモードのステージ1でラビリスを追ってくるのは、見習い勇者のコタロー。

 こいつは初見殺しとして名高い敵で、体験版でこいつにやられてクソゲー扱いしたユーザーは後を絶たない。


 ――ここを、このキツささえ乗り越えれば『ダンジョン&モンスターズ』は神ゲーなんだけどなぁっ!!


 ぶっちゃけると次のステージ2でやってくる勇者イオガンテより強敵だ。

 何が厄介なのかと言えば……こいつはゲームスタートからダンジョンの中に入ってくるまでがとにかく早いのである。


 こちらが何をやれば良いかわからずあたふたしているうちにダンジョンに侵入されてしまい、地上に引きずられてゲームオーバー……というのがダンモン初心者が陥る負けパターンの一つだ。


「とすると――時間との勝負だな」


 コタローが来る前に最低限の迎撃態勢を整える必要がある。

 ゆっくりとダンモンの世界に浸っているだけの余裕はない。


 コタローが来るまでの時間は果たしてどれくらいなのかは推測するしかない。ゲーム内では時間経過の概念がなかったからな。


 だがラビリスを追って来るわけだから、そこまで時間はかからないだろう。

 常識的に考えても、数日以内にここまで辿り着くはずだ。


「まずはちゃっちゃと『ダンジョン拡張』をしていくぞ」


「『ダンジョン拡張』は、DPを使ってダンジョンを広げることのできる権能です! 新たな階層を追加したり、ダンジョンを横に拡げていくことができます!」


「わざわざ説明ありがとう、ラビリス」


 チュートリアルのためにしっかりと説明をしてくれるラビリスの説明を、確認のために耳に入れていく。

 もしかするとゲームとこの世界の間では齟齬があるかもしれないからな。


 現在俺が支配しているダンジョンエリアは、入り口と入ってからすぐのところにあるこの小さな洞窟しかない。

 ここから初期値である1000DPダンジョンポイントを使い、勇者コタローを迎撃できるだけのダンジョンを築き上げる必要がある。


「ちなみにDPは、他の権能である『モンスター召喚』や『アイテム生成』においても使用します! 勇者達が来てから痛い目を見ることがないよう、DPは大切に使いましょう!」


 説明を聞き終えて違いがないことを確認してから、ダンジョンマスターの権能の一つである『ダンジョン拡張』を発動させる。


 拡張に必要なDPはあらかじめ決まっている。

 新たな階層を作る場合に1000DP、そして階層を広げていく場合は各ブロックごと1DPだ。


 実際に使ってみたところ、どうやらゲームにおける1ブロックがおよそ2立方メートルの立方体ほどの大きさらしい。


 とにかくまずはダンジョンを横に広げていく。

 『ダンジョン拡張』の権能を使えば、自分の意のままにダンジョンエリアを広げていくことが可能だ。


「――流石に間隔空けバグは使えないか」


 『ダンジョン&モンスターズ』において、ダンジョンは一続きにしておく必要がある。


 ダンジョンと直接繋がっていない場所を間を開けてダンジョンエリアにする、というズルができないようになっている。


 これはダンジョンマスターである俺を、掘り進めないとたどり着けないような安全な場所に避難させることができなくするためのゲーム上の仕様だ。


 乱数調整でこれを可能にして勇者相手に持久戦ができるようになる壁抜けバグも存在するのだが、流石にズルはできないようだ。

 それなら正攻法でやらせてもらうしかない。


 まあ正攻法と言っても――ダンモン界隈での正攻法だけどな!


「マスター……なんか変な形じゃないですか?」


 俺が絶賛広げているダンジョンを見たラビリスが、しきりに首を傾げている。


 たしかに彼女の言う通り、俺の広げ方は世間一般がイメージするダンジョンとは若干意匠が異なっていた。


 一般的にダンジョンと言えばとにかく迷路のような形に枝分かれさせて、入ってきた者達を引っかけるための罠なんかが設置されているものを想像するだろう。


 だが俺が作っているダンジョンエリアに分岐路はほぼなく、罠の設置に関しては驚きのゼロである。


 入り口から入ってみると目の前には四角い空間が広がっており、その中央にブロックが一つだけ放置されている。


 そしてそんな空間が右側に、数珠つなぎになって八つほど続いている。

 ほぼ一本道で、罠もゼロ。

 これをダンジョンと言っていいのか、判断に悩むところだろう。

 だがダンモンにおいては――これが最適解なのだ。


「よし、それじゃあ次に『モンスター召喚』をしていくぞ」


「『モンスター召喚』ですか――はっ、なるほど! ラビリスにはわかっちゃいました! 左右の空間に大量に魔法の使える魔物を配置して、中央に火力を集めて倒すんですね!」


「残念ながら不正解だ。俺が呼び出すのは――」


 『モンスター召喚』を発動させる。

 エリア作りに使ったDPはおよそ200。

 残DPは800、一体ならある程度強力な魔物も召喚できる量だ。


 地面に浮かび上がった魔法陣が、強い輝きを放ち始める。

 光が収まった時、そこには――ぷるぷると全身を震わせる、一体の魔物の姿があった。


「最弱にして最強の魔物、スライムだ!」





 何をするにしても、DPさえあればなんとかなる。

 それが『ダンジョン&モンスターズ』における常識だ。


 DPは勇者のダンジョン攻略中に使うこともできるため、予備のDPがあれば勇者の目の前に魔物を出現させて戦わせることもできるし、自分が逃げるためにダンジョンを拡張させることもできる。


 『ダンジョン&モンスターズ』において、DPを得る方法は三つある。


 一つ目は、一日経過するごとに得られるエリアボーナス。

 これはダンジョンを広く拡げれば拡げるだけもらえるようになる。

 だが逆を言うとほとんどダンジョンを拡げられない序盤では、もらえるDPも微々たるものである。


 二つ目はダンジョン内で人間を倒すことで得ることができる討伐ボーナスだ。

 これはどれほど短い時間で倒せたかというタイムアタックボーナスと、死亡時点で人間が持つ魔力――MPマジックポイントをDPへ変換するMPボーナスに分かれている。


 勇者がやってくる前なので討伐ボーナスがもらえるわけはないのだが……後者のMPボーナスに注目してほしい。

 これは非常に重要だ。

 つまり――ダンモン世界では、魔力をDPに変換することができる。


 三つ目はこの法則を利用したものだ。

 ダンモンにおいては一定以上に濃縮した魔力は、直接DPに変換することができるようになる。

 今回俺が作るのは、この三つ目に当たる。

 魔力を最も効率よくDPに変換することのできるギミック――それこそがDP炉と呼ばれるダンジョン構築法である。


 炉とはついているが、実際に火を燃やしたりするわけじゃない。

 DP炉に必要なものはたった二つ。

 一定の地形と、大量のスライム――この二つがあればいい。


 故に俺がダンジョンマスターとして打った初手は、今後の勇者襲来を見越し、とにかく早い段階でDP炉の作成に適した地形を作り、残る800ほどのDPのうち600ほどをスライムの召喚にぶち込むことだった。







「う、うわぁ……ちょっと気持ち悪いです」


 眉をしかめながら首を振るラビリスと一緒に、俺は目の前で動き回っているスライムの群れをじっと見つめていた。


 スライム1体を生み出すために必要なDPは2。

 今回は600ほど使ったので、生み出したスライムの数は300体ほどになる。


(たしかにリアルで見ると、ちょっとキモいな……)


 300体の這いずる粘液が至る所で動き回っているのだから、視覚的なインパクトがすごい。


 スライム同士があまり広くないエリアをぐるぐると行き来しているため、個体同士で押し合ったり、天井や壁にひっつきながら移動をしているのだ。


 ちなみにこれはゲームにはなかった機能だが、俺は自分が召喚した魔物と視覚を共有できることがわかった。


 これでいざという時には魔物視点で勇者達を見ることができる。

 将来的には、魔物にダンジョン外に出てもらって外の様子を偵察してもらうといったこともできるかもしれない。


 あ、ちなみにダンモンにおいて魔物は自由に配置ができるが、通常の魔物は召喚してから先は魔物に好きなように動いてもらうことしかできない。


 進化させて知能を上げた魔物ならもっと高度な命令を聞かせることもできるようになるので、一体くらいは用意しておきたいが……果たしてコタロー襲来までにそこまでいけるだろうか。


「マスター、一体なんのためにこんなに大量のスライムを?」


「簡単に言えば、今後を見越してだな。――ほら、あれを見てみろ」


「あれは……スライムが止まってる?」


 スライム達は俺が作った四角いエリアの中をぐるぐると動き、何度か動き回ると隣の四角いエリアへと移動する……という行動を繰り返している。


 だがよく見れば、スライム達はただ移動しているだけではないということがすぐにわかる。


 彼らは一度止まりプルプルッと震えたかと思うと再び動き出し、また止まってぷるぷるっと震え……ということを繰り返しているのだ。


「スライムには空気中の魔力をため込む性質があるのは知っているだろう?」


「はい、スライム種は食事を必要としないですからね。彼らに必要なのは魔力ですから、空気中の魔力を吸い込んで生命維持を行っているはずです」


 魔物において魔力というのは酸素なんかと同様、生きていく上で必要なものだ。

 故にダンジョンの内部には魔物が生きていけるよう、ある程度魔力が満ちている。

 立ち止まっているスライムは、それを吸い込んでいるわけだ。


 スライムは大気中の魔力を取り込んで自分のMPに変えるのだが……スライムは馬鹿なので、加減というものを知らない。

 そのため彼らは、自分に必要な分以上の魔力を取り込んでしまうのだ。


 だがそんなに魔力があっても、その全てを体内で消化することができない。

 そのためどうするかというと……彼らは排泄という形で魔力を体外に出すのだ。


 この時、大気に微量に存在しているだけの魔力はスライムの体内で圧縮され、その密度がぐっと上がる。

 そして吐き出された高濃度の魔力が、ダンジョン内にまき散らされるのだ。


 そしてスライムが魔力を吐き出す方向には、ある程度の規則性がある。

 それを誘導する方法がこのDP炉だ。

 この構築だとどうなるのかと言えば……答えは三十分ほど待っているとすぐに出た。


「――こんな風に真ん中のブロックに、大量に魔力が集まるわけだ」


 スライムの移動法則を利用して動く場所と魔力を吐き出す場所を誘導してやれば、スライム達の吐き出す魔力を、真ん中に置いたブロックに集中させることが出来る。

 これがダンモンプレイヤーの間でDP炉と呼ばれているダンジョン構築法である。


「きれいですねぇ……」


 大量のスライム達から魔力を吐きかけられた真ん中のブロックは、魔力を溜め込み続けたことで青色に発色を始めていた。

 発光ダイオードを少し神秘的にしたような、見ているとほっと安心する深い青に、ラビリスがうっとりとした表情を見せる。


 このDP炉はスライムの排泄物を集中させたものなので、言ってしまえば肥だめみたいなもんなんだが……せっかく喜んでくれているのだ、水は差すまい。


「ダンジョンには過剰な魔力をDPに変換して溜め込む必要がある。だからこうやって魔力の集中するポイントを作ってやれば……」


 開いていた『ダンジョンステータス』がぴこんと音を鳴らす。

 どうやらさっそく効果を発揮してくれたらしい。



ーーのダンジョン(名称設定可)

DP 205

取得DP 12

消費DP 3



 200まで減っていたDPが205まで増えている。

 それを見て驚いた様子のラビリスにパチリとウィンクをしながら、


「こんな風にDPが増えていくわけだ」


「す……すごいです、こんな簡単にDPを増やせるなんて……一体どんな魔法を使ったんですか!?」


 このDP炉は100DP前後で作れるが、一度作ってしまえば定期的にDPを生産してくれるためすぐに元が取れる。

 現在800DPを使ってDP炉を8個製造している。


 このペースだと1分で1DPくらいは溜まりそうだから、ある程度余裕ができるまでは溜まったDPをDP炉作りに使い、DPの生産体制を整えるべきだろう。


 あ、ちなみに200DPを残しているのは、200DP使って出すことができるウィンドウィッチをDP炉の端に配置すれば、コタローを削り倒すことができるからである。


 物理特化のステージ2勇者イオガンテとは違い、ステージ1のコタローは魔法と物理双方にある程度の耐性がある。


 だがDP炉の周りにうじゃうじゃいるスライムを倒している間に遠距離からウィンドウィッチの風魔法でチクチク削れば、十分倒しきれるHP量でしかない。


 ちなみにこいつはそのままイオガンテにも有効な戦法だ。

 というかなんならイオガンテの方が楽にハメ殺すことができる。


「というわけでこっから先は待ちの時間だ。お前を攫おうとする見習い勇者がやってくる前に、可能な限りDP炉を作って今後に備えるぞ」


 『ダンジョン&モンスターズ』のストーリーモードの序盤は、いかにこのDP炉を作りながら防衛に必要な魔物を配置するかというリソース管理ゲーの側面が強い。


 『ダンジョン&モンスターズ』のバグなしRTAをする場合は、基本的にこのDP炉を作りながらいかに最小限の労力で敵を倒すかが大切になってくるくらいだからな。


 というかDP炉はダンモンプレイヤーならまず最初に覚える基礎中の基礎なんだが……ラビリスの反応を見る限り、この世界においてはあまりメジャーなやり方ではないらしいな。


 そもそもこの世界に、俺以外のダンジョンマスターとかも存在するんだろうか?

 ……まあそのあたりは、まずは勇者達を迎撃してから考えればいいか。


 ここからコタロー襲来、そしてその後のイオガンテの偵察までの時間がわかれば、その後のストーリーの時間経過もある程度把握できるはずだ。


 ダンジョンステータスには時計がないのでおおよそ俺の体内時計でしか計れないが、それでも指標が一つあるだけでずいぶんと楽になる。


 なのでとりあえずコタローがやってくるまでは、DP200以外は全部DP炉にぶっ込んでいこう。

 とにかく今は、DP炉の拡張に精を出す局面だ。





 DPの生産スピードは、俺が想像していたよりずっと早かった。

 生まれたDPを使ってDP炉を増やすという永久機関のようなことをやり続けることで、現在DP炉の数は15を超え、増えるDPはとうとう一分間で2を上回るようになった。

 少し余裕を見て、現在は一時間に一つずつ新たなDP炉を増やしている。


 ちなみにダンジョンは入り口から入って右側に拡張し続けていた。

 魔法をチクチク当てるには、距離はできるだけ長く取っておいた方がいいからな。

 あとついでに、この世界での拡張限界を知っておくという狙いも兼ねていたりする。


 ダンモンではゲームの容量の関係上、拡張できるエリアには制限があった。

 だがリアルである今は、どこまで伸ばすことができるのかまったくの未知数だ。


 流石に無限に拡げられるなんてことはないだろうが……今後どこかで壁にぶち当たったら、ダンジョンにできるエリアの広さにもおおよその見当がつけられるはずだ。


 とまあそんなことを考えているうちにDP炉の数はどんどんと増え100を超え、更に一日二日と時間が経っていき……





「なぁラビリス」


「なんでしょうか、マスター」


「勇者……来ないな」


「ですねぇ」


 気付けば、一週間以上の月日が流れていた。


 ここまで勇者が来ないのは、流石に想定外だ。

 外で何か異常でも起こっているんだろうか?


 気にはなるが……外へ偵察を出すには不安が残る。

 下手に有力者に目をつけられて勇者の率いる軍隊を派遣されたりすれば、今のダンジョンではなすすべもなくやられてしまうだろう。


 ゲームとは違い、一度負ければコンティニューなんてもんはない。


 外へ偵察を出すためには、最低限勇者や軍隊と戦えるだけの戦力が必要になるわけだ。

 とにかく我が陣営の戦力が足りない。

 なのでDP炉の拡張と併行して、ダンジョン内の戦力を揃えていくことにした。


 余っているDPをじゃんじゃかぶち込み続けたおかげで増産ペースは順調なので、DPには余裕がある。

 今や一分間で得られるDPも15を超えているからな。


 そろそろDP炉作りにも飽きてきたし、ちょうど頃合いだろう。

 それに……ちょっと試してみたいこともあるしな。


「というわけで、さっそく戦力増強をしていくぞ」


「おおっ、ようやくドラゴンを召喚するんですね!」


 元気よく拍手をするラビリス。

 お前、ドラゴン好きだな……。


 どうやら彼女の脳内では、強力な魔物=ドラゴンという図式が既にできあがっているらしい。

 だが残念なことに、今回召喚する魔物もドラゴンではない。


「『モンスター召喚』!」


 前回スライムが出てきた時とは異なる魔法陣が浮かび上がり、橙色の光を発し始める。

 魔法陣が消えると、代わりに一体の魔物が現れた。


「今回召喚するのは――アースウィッチだ」


 現れたのは、茶色いとんがり帽子を被った女の子だ。

 クラスで三番目くらいにかわいい子くらいの、なんだか俺でも手が届くかも……と思うタイプの見た目をしている。

 ちょっと気のある態度を取られたら、学生時代の俺ならすぐに好きになってしまっていたことだろう。


「お呼びですか、マスター」


 『ダンジョン&モンスターズ』で召喚できる魔物は非常に多岐にわたっている。

 アースウィッチはその中で、魔女種と呼ばれる人型の魔物の一種だ。

 土魔法の才能を持っており、中距離での魔法攻撃を得意とする魔物だ。


 HPは少ないがMPは高く、知能も高いためある程度高度な命令も聞くことができる。

 そのため召喚に必要なDPも高く、一体出すだけで200必要になってくる。


 まあDP炉をここまで作れるようになった今では、そこまで痛い出費ってわけでもないんだが。


 俺が元々召喚しようとしていたのはより遠距離から攻撃できるウィンドウィッチだったのだが、今回はとある検証がしたく土属性のアースウィッチにさせてもらった。


「とりあえずお前には掘削作業をしてもらいたいんだが、可能か?」


「はい、お任せください、マスター」


 ダンモンではアースウィッチは火力ではファイアウィッチに劣り射程ではウィンドウィッチに劣るため、ほとんど使われることのないモンスターだった。


「だいちそうさ!」


 アースウィッチに壁面に魔法を使ってもらうと、腹の底に響くような音を出しながら、むき出しになっていた壁が掘削されていく。

 それを見て頷く俺と、再び驚いているラビリス。なぜか魔法を使っているアースウィッチまで驚いていた。


「DPを使わずにダンジョンを拡張できてる……?」


「ああ、予想通り過ぎて怖くなってくる」


 本来であれば早い段階で訪れるはずの拡張限界が未だ訪れていないことや、コタローの襲撃が一週間以上ないことなどから考えると、この世界が『ダンジョン&モンスターズ』に完全にリンクしているとは考えづらい。


 ということはゲームの仕様上できなかったが、リアルになったからこそ可能な抜け道もあるんじゃないかと予測を立てたら、それが見事に当たったわけだ。


 これからはダンジョン拡張をアースウィッチにやらせることで、大いにDPを節約できそうである。


「でも……はぁ、ドラゴンじゃないのかぁ……」

 

 掘削をし始めたアースウィッチと、数が増えてより密集しているスライムを見ているラビリスは、そういって嘆きの声を上げる。


 ドラゴンは召喚するだけで2000近いDPを必要とする。

 また維持するために必要なDPもべらぼうに高いため、コスパだけで言えば他の魔物を進化させた方がいいので、直近で召喚する予定はない。


(正直に言ってすねられても嫌だし……とりあえず機嫌でも取っておくか)


 妖精種は基本的に移り気で気まぐれだ。

 助けた恩があるとはいえ、彼女の協力を今後も得るためには好かれておいて損はない。


 権能の一つ、『アイテム生成』を発動させる。

 妖精は甘いものが好きなので、昆虫種の栄養補給に使えるハチミツでもあげて……とそこまで考えて、思考がフリーズする。


「……マジかよ」


 初期状態では考えられないほどに大量のアイテム群が、生成可能アイテムとして表示されている。


 終盤で使えるような強力な装備や回復アイテムまで出ているのも気になるが、俺の視線はそこから更に下……現代日本で俺が使っていた家電や食っていた料理へと完全に固定されていた。


 俺の経験に準拠してるってことなのか……飯以外にも高級ベッドやゲーム機なんかもある。

 どうやらDPさえあれば、前世と遜色のない暮らしも可能そうだ。


 ……って、当初の目的を忘れちゃいかん。

 ラビリスのご機嫌取りをしなくっちゃな。

 アイテムを生成し、ラビリスに手渡す。


「マスター、なんですかこれ?」


「いわゆる高級アイスだな」


 ご丁寧についている木製のスプーンを使い、ラビリスが某高級アイスを口に含む。

 彼女は身長が五十センチほどしかないので、小さめのアイスでも小脇に抱えるほどに大きく見える。


「あ、あまーいっ!! すっごく美味しいです、マスター!」


 目の前のアイスに夢中になったラビリスは、ドラゴンのことなど頭から追い出してしまったようで、一心不乱にアイスを頬張り始める。


 なんだか美味しそうだったので、俺も同じものを生成して食べることにした。

 ラビリスはバニラ味で、俺はクッキー&クリーム味だ。


 ダンジョンマスターになったことで、俺は食事を摂らなくても生きていけるようになった。

 別に腹が減らないってわけじゃないんだが、ダンジョンの中で暮らしているだけで、不思議と食わなくても平気な身体になったのだ。


 だがせっかく『アイテム生成』で好きなものが食えるようになったんなら、話は別だ。

 DPにちょっと余裕も出てきたし、これからはラビリスと一緒に三食ご飯を食べることにしようかな。


 ずっとダンジョン拡張ばっかりしているのにもちょっと飽きてきてたし、良い気分転換になるだろ。


(しっかし……ダンモンによく似た世界、か……)


 基本的にダンモンのセオリーが通用することはわかっているが、たった一週間でこれほど差異や異変が出てきている。

 きっと俺が知らないイレギュラーは、まだまだ多いはずだ。


 一体どこで足下を掬われるかわかったもんじゃない。

 一度のミスが命取りになる可能性も考えれば……気は抜けないな。


 決意を新たに、俺はダンジョンを拡張していくことになった。

 一月が経ち、二月が経ち……ラビリスが大好きなドラゴンが余裕で召喚できるようになると、わざわざコタローの襲撃に備える必要はなくなった。


 それでも手は止めず、俺とラビリスは時間を忘れてダンジョン強化に没頭し続ける。

 そして全てのナンバリングでラストバトルに耐えられるほどの難攻不落のダンジョンを作り上げた時には……俺達がこの世界にやってきてから、五年もの時間が経過していた。
























 マサラダの街は、これといった産業のない小規模な街だ。

 隣にある交易都市ドルジのおこぼれを預かっているから成り立っているだけの、特筆すべきところのない街である。


 そんな街にも魔物の被害は当然存在する。

 故にマサラダにも魔物の討伐を主な生業とする荒くれ者達をとりまとめる冒険者ギルドは設置されていた。


 そんな冒険者ギルドのマサラダ支部に緊急の連絡が入ったのは、ギルドマスターであるバリスが文字通りの重役出勤をし、たばこをくゆらせようと胸に手を入れたタイミングだった。


「ギルマス、大変です!」


「どうしたマリー、そんなに慌ててばかりいるとまた婚期が逃げるぞ」


「冗談言ってる場合じゃありません! マサラダの近くに正体不明の新種の魔物が出現したんです!」


「……なんだと?」


 魔物の存在が確認されること自体は、そうおかしなことではない。

 だがマサラダの周囲に出現する魔物の種類は、ドルジに所属する冒険者達が定期的に間引きを行うため、完全に固定化されていた。


 バリスがギルドマスターになってから十五年以上経っているが、正体不明の魔物が現れるようなことは一度もなかったはずだ。


「ゴブリンの変異種あたりか?」


「いえ、それが……まったくの新種であると。ギルドの情報水晶を使って調べてもらいましたが、該当する魔物は存在しませんでした」


「……なんてことだ」


 冒険者ギルドの支部には情報を統括して管理するギルド本部と連絡を取るための魔道具、情報水晶が用意されている。

 それを使ってなお情報が出てこないということは、文字通り新種の魔物なのだろう。


「特徴と強さは?」


「はい、どうやらその魔物は頭部から触手を生やした空飛ぶ眼球らしく……見られると同時に逃走したらしく、強さはわかっておりません」


「触手を生やした……空飛ぶ眼球?」


 なんと奇天烈な見た目だろうか。

 バリスも元は冒険者なため魔物との付き合いは長いが、そんな魔物は見たことも聞いたこともない。


 だが飛行能力がある鳥種以外の魔物というだけで、ある程度の戦闘能力はあるはずだ。

 風魔法を使って浮遊しているのであれば、その強さは最低でもDランク……今居るマサラダの冒険者だけで対処ができるかどうか……。


「しかし一体どこから……ひょっとするとマサラダの近くにダンジョンができたのか?」


「その可能性も考慮すべきかと」


 いきなり強力な魔物が現れた場合、考えられる可能性はいくつかある。

 だがまったく新種の魔物が突然現れたとなると、最も可能性が高いのはダンジョンができたという線だろう。


 ダンジョンとは富や産業を産む宝の山であることもあれば、人間に牙を剥く魔物達の牙城でもある。

 どちらに転ぶにせよ、マサラダは今までのような交易都市のおこぼれをもらうだけの街ではいられなくなる。


 バリスは自分の肩に乗るものの重さに、つい胸ポケットからたばこを取り出す。

 彼が手に持つたばこをくゆらせると、煙を嫌う受付嬢のマリーが露骨に眉をしかめる。

 どんな場所でも、愛煙家の形見は狭くなるものだ。


「ふぅ……たしかドルジから来ていた勇者パーティーがいたな?」


「はい、ゴルブル兄弟ですね」


 たばこを吸って気持ちを落ち着けたバリスが、執務机の中から一枚の書類を取り出す。

 そこに魔道具を使って転写されているのは、狡猾な笑みを浮かべている細身の男と、あばた面の大男だった。


「まったく、フルトン子爵もなぜこんな奴らを勇者にしたのか……」


 かつて魔王と呼ばれるダンジョンマスターを討伐した勇者コタロー。

 王家が全面的にバックアップしたことで、彼は魔王の討伐に全力を傾けることができた。

 そして結果として魔王が溜め込んでいたダンジョンの遺産を使うことで、現在バリス達の暮らすラテラント王国の原型が築き上げられている。


 その名残として王国に残っているのが、勇者システム。

 各貴族家がこれと見込んだ者達を勇者として申請し、その後見人となる制度である。


「あの二人なら戦力的にも問題ないだろう。ダンジョンマスターを倒せば貴族にだってなれるとでも焚きつけてやれば良い」


「ギルマスは悪い人ですね……」


「ただの善人では、ギルドマスターは続けられない。それに何一つ嘘は言っていないさ」


 バリスの言葉を聞いたマリーは頭を下げると執務室を後にした。

 一人机に肘をかけるバリスは、灰皿の縁をたばこで叩きながら、紫煙をくゆらせる。


「何事もなければいいんだが……そうはならんのだろうな」


 無論ゴルブル兄弟の実力を疑っているわけではない。

 素行不良のせいでCランクに留まっているものの、純粋な戦闘能力だけで言えば人外の領域に片足を突っ込んでいるBランクにも届きうるだけのものがある。


 だがバリスは彼らを派遣すればことが解決すると思うほど、楽天家ではなかった。


 悪いことというのは、いつだって重なるものだ。

 そして大抵の場合、自分達の想像する最悪には更に下がある。


 バリスは大きく煙を吸い込むと、ぷかりとドルフィンリングを浮かべる。

 今後のことを考え思案に耽る彼の顔には、深いしわが刻まれていた――。




 ただの町娘であるシンディがそれを見たのは、まったくの偶然だった。

 毎日の味気ない食卓に少しの彩りを加えようと雑木林に入り、そしてそこで、ぷかぷかと宙に浮かぶ目玉を見つけた。


 当然、街は大騒ぎになった。

 シンディは危険を見つけた第一目撃者ということで、金一封をもらうことができた。


 知り合いに何度も同じ話をせがまれるのは面倒だったが、袋ごともらった硬貨の重みのおかげでその顔から笑みがなくなることはなかった。


 当初の想定よりもずっと美味しいご飯を母に食べさせてあげることができて、幸せを感じることができていた彼女は現在……死の危険のただ中にあった。




「こっちでいいんだよな、女」


「は、はい、このまままっすぐ進んでいったところにある雑木林で……」


「余計な言葉を発するな、殺すぞ」


「ひ、ひっ! ごごごごごめんなさいっ!」


 シンディはつい先日来たばかりの雑木林へ、再び足を踏み入れようとしていた。


 死ぬような思いをして、化け物から逃げてきた彼女がわざわざ魔物のいた雑木林までやってきている原因は、彼女の後ろについてきている二人の男――Cランク冒険者コンビのゴルブル兄弟にあった。


「しっかし……まさかダンジョンができているとはな。にわかには信じがたい話だが……」


 その細長い三白眼でぎろりと周囲を睨んでいるのは、細身の男であるである兄のミゲル・ゴルブルだ。

 賢いというよりは小ずるそうな印象を見るものに与える男で、全身を黒い装束に身を包んでいる。

 斥候として高い技能を持ち、奇襲や暗殺を得意としている盗賊のジョブに就いている。


「ダンジョンかぁ! 腕が鳴るなぁ、兄貴!」


 ミゲルの隣にいるのは、リザード種の鱗を使ったスケイルメイルを装着している大男だった。

 その体躯は優に二メートルを超えており、鎧の隙間からは鍛え上げた鋼の肉体が見えている。


 犬歯をむき出しにしながら楽しそうに笑っている彼の名は、ガル・ゴルブル。

 彼の得物は、手に装着している魔物の骨でできたガントレットだ。


 パワフルに敵を殴り殺すことにかけては右に出るものがいない拳闘士のジョブについている。


 戦いたくて身体がうずいているからか、しきりに自分の拳を打ち付けている。

 その余波の衝撃波で自分の後ろ髪がふわりと浮かぶシンディは、どうしてこんなことに……と涙目にならずにはいられなかった。


「バリスが俺達に頼むってことは、間違いなく何かある。ヤバくなったらすぐに逃げるぞ」


「わかった、兄貴の言うことに従うぜ!」


 強力な前衛だが頭の足りないガルと、それを補いながら頭脳労働を担当するミゲル。

 血こそ繋がっていないが肉親より深い絆を持っている彼らゴルブル兄弟はシンディを半ば強引に拉致し、こうして魔物の発見現場まで無理矢理同行させていた。


 シンディとしては当然断りたかったのだが、ゴルブル兄弟の悪名はマサラダにまで轟いている。

 下手に断れば両親がどうなるか……と脅されれば、彼女に断る選択肢などなかった。


「ただ場合によっては無理をすることもあるからな。今まで魔物の出現報告がなかったことを考えれば、このダンジョンはまだできたてだ。もしダンジョンマスターを倒すことができれば……」


 かつて勇者はダンジョンを踏破しダンジョンマスターを倒すことで、巨万の富と建国の礎を築いたという。

 ラテラント王国において、ダンジョンの最奥にいるとされているダンジョンマスターを倒すことができれば、栄光は約束されたようなものだ。


「――俺達は爵位をもらって一発逆転さ。そうすりゃあもう木っ端貴族相手に頭を下げる必要もねぇってわけだ」


「貴族かぁ……わかんねぇけど兄貴の言うことに従うぜ!」


「ああ、良い夢を見せてやるさ」


「さっすが兄貴だぜ!」


 二人の視線を感じながら、シンディは自分が魔物を見つけた場所に辿り着いた。

 さほど遠いところではないので、歩いている時間は三十分もなかっただろう。

 けれどそれは彼女からすれば、永遠にも感じるほどに長い三十分だった。


「あ、あの……それでは私はここで……」


 自分が頼まれたのは案内役だけだ。

 最低限頼まれたことはしっかりとこなしたのだから、ここで解放されるに違いない。

 けれどそこで彼女を放免してやるほど、ゴルブル兄弟は生易しい相手ではなかった。


「あまり舐めた口を――利くなっ!」


「あうっ!!」


 シンディには一体何が起こったのか、わからなかった。

 衝撃、それに遅れて鋭い痛み。

 口の中に感じるジャリジャリとした感触と上がる砂煙が、自分が地面に倒れていることを教えてくれる。


「お前は黙って――俺達の言うことを聞いてりゃあいいのさ」


 その長い髪をつかまれ、思い切り上に引き上げられる。

 彼女の眼前に突き出されるのは、ミゲルがどこからか取り出したナイフだった。

 闇夜に溶け込むようつや消しのなされている漆黒の刀身が、シンディの頬を薄く裂く。


「ひっ!」


 シンディが声を上げると、刃が柔肌に食い込んだ。

 ぷっくりとした血の雫が刃に破られ、地面に小さな染みを作る。


「さぁ選べ……ここで死ぬか、俺達の前を歩くか、二つに一つだ」


 シンディは気付いてしまった。

 彼らに目をつけられてしまった時点で、逃げることなど許されはしないのだということを。

 絶望の表情を浮かべながら、シンディは立ち上がる。

 彼女は声を殺して泣きながら再び歩き始めた。


 肩を揺らすシンディを見てゴルブル兄弟はゲラゲラと笑いながら、その後を追っていった。





「……おお、多分だが……あれがダンジョンだな」


 遊ぶ半分にシンディを追い立てながら進むことしばし。

 道中魔物に遭遇することもなく、ミゲル達はこんもりと土が盛り上がりドーム状になっている洞穴を発見した。


 木々の合間に不自然にできていいるそれは、一見すると野生動物の穴蔵か何かにも見える。 だがそのサイズはガルが軽々と入れてしまうほどに大きい。


 そして穴から漏れ出してくる魔力は、ミゲルの上せた頭に冷や水をかけるほどに濃密であった。


「ヤバい香りがプンプンしやがるぜ……」


「そんなにヤバいのか、兄貴?」


「ああ、とんでもない魔力量だ。なるほど、これがダンジョン……そりゃあ潰せれば爵位だってもらえるだろうさ」


 ミゲルの額に冷や汗が浮かぶ。


 彼は斥候としての腕を磨き初級の闇魔法を使うことができるが、魔法使いとしてはビギナーも良いところ。


 魔力を感知する精度も、熟練の魔術師と比べれば児戯のようなものだ。

 だがそんな彼ですら、しっかりと魔力を感じ取ることができる。


 いや、あるいは……魔法使いとしては駆け出しである彼だからこそ、こうして未だに正気を保つことができているのかもしれない。

 練達の魔法使いであれば、このダンジョンを一目見ただけで気絶してしまっていただろう。

「――油断せずに行くぞ、ガル」


「おうっ!」


「一当てして無理そうならそのまま帰るぞ。幸い肉壁もあることだし……な」


 ミゲルの鋭い三白眼が、シンディを射貫く。

 彼は腰から取り出した紐をシンディの腕にくくりつけると、その端を自分で握った。

 悲鳴を上げるシンディを最前列に置き、一行はダンジョンの中へと入ってゆく――。




 ダンジョンの中に入ると、そこはぐねぐねといくつもの分かれ道が続き、迷路のようになっていた。

 ミゲルは以前にもダンジョンに入ったことがあるが、造りは概ね似たようなものだ。


 以前踏破をしたダンジョンとは、大きな違いがあった。

 ――未だに誰にも荒らされていないこのダンジョンは、アイテムの宝庫だったのだ。


「おおっ、すげぇ、今度は直剣だぜ! しかも刀身が鋼鉄でできてやがる……」


「がっはっは、大量だな、兄貴!」


 二人の背嚢の中には、ダンジョンに入ってから見つけた戦利品達がぎっしりと詰まっていた。


 ダンジョンにはいくつかのパターンがあるが、ここのダンジョンはどうやら宝箱が設置されているタイプのようで、彼らは現在出てくる魔物を切り伏せながら、この第一階層にある宝箱をしらみつぶしに開けている最中だった。


 出てくる魔物は最弱の魔物であるスライムのため、大して苦戦することもなく倒すことができる。

 にもかかわらず宝箱から出てくるアイテム達はどれも高値で捌けそうなものばかり。

 飲めばたちまち怪我を回復させるポーションや、売れば金貨一枚はくだらないであろう業物の武具……全部合わせれば果たしていくらの値がつくことか。


 ちなみに既に手に入れた戦利品は彼らだけでは運びきれないほどの量になっているため、現在肉壁要員として連れてきたシンディには、ダンジョンの入り口近くの岩陰で荷物番をさせていた。


「ちっ、また来やがった! ガルは右の二体を!」


「おうよっ!」


 新たに見つけた宝箱の中身に舌なめずりをしていると、左右から三体のスライムが襲いかかってくる。


 だが二人に慌てる様子はない。

 最弱の魔物スライムなど、Cランク冒険者である二人にとっては物の数ではないからだ。


 ミゲルは胸に巻いている革帯からナイフを抜くと、すかさず投擲を行う。

 彼の投げナイフはスライムの弱点である核を一撃で射貫いてみせた。


 戦闘を終えているミゲルの右には、スライム目がけて駆けていくガルの姿があった。


「しゃらくせえっ!」


 純粋な戦闘能力でいえば、ミゲルよりガルの方が圧倒的に高い。

 ガルはまず左の一撃でスライムの身体を大きくのけぞらせ、その間に右の本命で核を殴って砕いてみせる。

 同様のワンツーでもう一体も処理をすると、死んだスライムの肉体がどろりとダンジョンの中へ溶けていく。そして後には、砕かれた核だけが残った。


「スライムを倒すだけでこんなに大量のアイテムが取れるってなると……もしかするとめちゃくちゃ優良ダンジョンなのかもしれないぜ、兄貴」


「受けた時はビビってたが……最初に来れたのが俺達で良かったぜ。面倒なことも多いが、勇者様になれたからこその役得と思えば我慢もできる」


 二人の背嚢には、今回のダンジョンで手に入れた戦利品がどっさりと入れられている。

 宝箱の中から出てきた鋼鉄の剣を背嚢に入れると、ずっしりと重みが増した。

 その重さにニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている彼らは、完全に欲に目がくらんでいた。


「兄貴、どうせなら第一階層に居るボスを見に行かないか? ただの宝箱でこれなんだから、ボスを倒した時のアイテムはどれだけすげぇものか……」


「たしかに……それもそうだな。これだけスライムづくしってなりゃあ、出てくるのもせいぜいがビッグスライムだろうし」


 長い年月を生き抜いたスライムが進化することで生まれるビッグスライムは、Dランクモンスター。

 Cランクのモンスターも難なく狩ることができるCランク冒険者の二人にとっては、大した敵ではない。


 ――これから手に入るであろうお宝に鼻息を荒くする二人は、知るよしもなかった。


 このダンジョンを作り上げたダンジョンマスターが、ダンジョンのあらゆる構築法を網羅した廃ゲーマーであることを。


 そしてこの名もなきダンジョンはそんな彼が、五年もの年月をかけ手塩にかけて作り上げた、難攻不落のダンジョンであることに――。

























「兄貴、これが……」


「おう、守護者の間だな」


 通常、ダンジョンには階層ごとにボスと呼ばれるモンスターが存在している。

 ボスは次の階層へ向かうための階段の手前にある広間に陣取ることが多く、その場所は界隈で守護者の間と呼ばれている。


 ボスは同じ階層に出現する魔物と比べると、強力な魔物であることが多い。

 次の階層へと挑もうとする冒険者の前に立ちはだかる、ある種の試金石としての役割を持っているのだ。


「うし、とりあえずここのボスだけ倒したら今日は戻るぞ。第二階層から急に強くなるってパターンもあるし、何より命あっての物種だ」


「わかったぜ、兄貴!」


 二人は守護者の間へと続く、金縁の鉄の扉に手をかける。

 そしてゆっくりと中へ入っていくと……そこには彼らが想定していた通りに広い空間があった。

 ただゴルブル兄弟にとって想定外だったのは……


「ビッグスライムじゃ……」


「ない……?」


 自分たちを待ち構えていたのが、巨大なスライムではなかったことである。

 そこにいたのは――目をつぶりながら腕を組み、祈りを捧げている一人の少女だった。


 年齢は十四、五ほどだろうか。

 右に流している金色の髪はくるりとなだらかな弧を描いており、身につけている青い修道服と併せて神秘的な雰囲気を醸し出している。


 ただ静謐な印象に相反するように、その肉体は肉感的だった。

 胸部はゆったりとした修道服の上からでもわかるほどに盛り上がっており、下に着ている白い服のボタンは今にもはじけ飛びそうになっている。

 そして窮屈に押し込められている豊満な胸の上には、緑色の石で作られたカメオが載っていた。


 二人は目の前の美少女を見て思わず鼻の下を伸ばすが……兄であるミゲルはすぐに正気に戻った。


(スライムしか出ない第一階層……ということはこいつもスライム種である可能性が高いはず。人型を取るスライムとなると……ミミックスライムか?)


 Cランクモンスター、ミミックスライム。

 高い擬態能力を持ち、取り込んだものの特徴をある程度再現することのできるスライムだ。

 ミミックスライムが聖職者を取り込んだとすれば、このような見た目になることは十分考えられる。


 だが修道女のジョブ持ちなら光魔法が使えるかもしれないが、その戦闘能力は大して高くない。

 下手をすればビッグスライムより楽な相手だろう。


「すげぇなぁ兄貴、こんな美人は初めて見たぜ」


「美人じゃねぇよ、モンスターだからな」


「大変……大変長らくお待ちしておりました……」


 パチリと少女が目を開く。

 覗く瞳は、炎のような赤い輝きを宿すルチルクォーツ。

 美という概念を体現したかのようなその少女の気配に、二人は圧倒されていた。


「マスターの手によってこの世界に生まれ落ちてから五年……初めてのお客様故、ご無礼や無作法があるやもしれませんが、どうかご容赦を」


(五年……だと!?)


 スライム種は魔物の中では比較的弱い種で、その命を繋ぐことも難しいとされている。

 五年生きているとなれば、スライム種の中ではかなりの長命になる。


 それだけ生き延びることが出来ていること自体が、目の前のスライムが強力な個体であることの何よりの証拠であった。


 見たこともないような、感じる神々しさすら宿した美貌。

 そしてあまりにも人に似過ぎている造詣。

 ミゲルの斥候として生きてきた経験から来る第六感が、先ほどからしきりに警鐘を鳴らしていた。


「やってきた侵入者を迎撃することが、マスターの第一の忠臣たる私の務め。それではさっそく戦闘を……おっと、失礼致しました。名乗りもせずに戦うのはあまりに無粋というものですね」


 彼女は人好きのする、かわいらしい笑みを浮かべる。

 けれどミゲルはその様子を見て、背中から滝のような汗を流していた。

 彼には目の前の美少女の笑顔が、己の餌を見つけた肉食獣の微笑みにしか見えなかったからだ。


「私の名はファスティア。マスターより生み出された始原のスライム――インフィニットスライムのファスティアと申します」


「ガル! 逃げるぞ!」


 そう言葉を発した時には、ミゲルは既に逃走の姿勢に入っていた。

 彼のブーツを覆うように展開されているのは、闇魔法の黒色の魔力である。


 闇魔法を足に纏わせることで加速・消音を行う初級闇魔法、ナイトウォーク。

 ためらいなく魔力を注ぎ込んだことで一瞬で最高速度をたたき出しており、ミゲルにとっての文字通りの全力疾走であった。


 無詠唱で魔法を発動し一瞬で逃走を選択するその躊躇のなさは、なるほどCランクの冒険者のたくましさを窺わせる。


 弟のガルも兄の判断を疑わず、即座に逃走に入る。

 彼の方は少し訝しげだが、ミゲルの額に浮かぶ汗を見て喉元まで出かけていた言葉を飲み込んでいた。


「あらあら、せっかく遊びに来てくれたのです……そんなつれない態度を取らないでくださいまし」


 脇目も振らず逃走を選択したミゲル。

 彼は一瞬のうちにやってきた扉へと到達し、その腕を前に出した。


 通常、ボスは守護者の間から動くことはできない。

 守護者の間を出ることさえできれば、このボスから逃げ切れるはずなのだ。


「よし、これで――」


 細身とはいえ、魔法により強化された肉体だ。

 いくら重たい扉とは言え、鉄製なら押し出すことくらいは容易……な、はずだった。


 だが取っ手に手がかかろうとしたその瞬間、それを何かやわらかいものが遮る。

 そこにあるのは、青く透き通った透明な触手であった。


 一本の紐のようにどこかへ繋がっているそれの元を辿ってみればそこでは……変わらず優美な笑みを浮かべている少女が、身体をくねらせていた。


 彼女の腕の先は鞭のようにしなりながら伸び、透明になりながら左右に分かれ、リゲルとガルそれぞれへと向かっている。


 ぐねぐねと動きながら自分を捕らえようと動き出す触手に、咄嗟にナイフを向ける。

 幸いさほど強度は高くなかったようで、全力で斬撃を放てば切り飛ばすことができた。


「ちいっ、兄貴、どうやらやるしかなさそうだぜ!」


 急ぎ後ろに飛べば、ミゲルの近くにいたガルの方も同様の攻撃を受けていた。

 ガルはそれを拳闘士のスキルである拳衝ソニックインパクトで吹き飛ばしながら、ミゲルと合流してみせる。


「無理だ、ガル! 俺達の勝てる相手じゃない!」


「んなもんやってみなくちゃわかんないだろう!?」


「いや、無理だ。俺達じゃ……いや、このマサラダの街の冒険者が束になっても敵うわけがねぇ! インフィニットスライムは――Aランク上位の魔物なんだぞ!」


 この世界の魔物と冒険者は、E~Sのランクによって管理がなされている。

 まず魔物のランクがあり、それを討伐できるか否かでランクが決まるシステムだ。


 ゴルブル兄弟は、Cランクまでの魔物であれば難なく倒すことができる。

 合同の依頼であれば、Bランク下位の魔物を倒すこともできた。

 けれど彼らにできたのはそこまでだった。


 何せそれより上、Bランク中位以上の魔物は……文字通り強さの桁が違う。

 Aランクの魔物は、それが下位であろうが一体現れれば街が崩壊するレベルの怪物だ。

 それがAランク上位ともなれば、それは正しく災厄に等しい。


 Aランク上位魔物、インフィニットスライム。

 無限の名を冠する魔物、その強さの所以は――


「悪徳勇者なら……やり過ぎても、構わないですよね?」


 ミゲルが切り飛ばしガルが吹き飛ばしたファスティアの断片達が、命を帯びたかのように激しく動き始める。

 ただの千切れた欠片であるそれらには、仮初めのものではない、本物の命が宿り始めていた。


 ファスティアの破片達は周囲の魔力を吸い上げ、どんどんと大きくなっていく。

 欠片ほどの大きさだったスライム達の身体は瞬く間に盛り上がっていき、そして途中からそれぞれが別の形態へと変化をし始める。


 合わせて五体になるスライム達は、一体一体がまったく違う見た目のものへと変異している。


 目を凝らさなければわからぬほどに周囲に溶け込んでいる漆黒のスライム、ミゲル達が見上げるほどの巨体である緑色のスライム、そして全身から炎を迸らせているスライム……そのどれもが、ただのスライムではありえぬ強さを感じさせる。


「おいおい、冗談キツいぜ……エリアヒールスライムにデビルスライム、見たことないのもいるが、他のは全部Cランク以上の魔物だ……」


 呆然としている様子のガル。だが彼がこうなってしまうのも、無理なからぬことだ。


 彼らはBランクに近いと目されているCランク冒険者。

 Cランクの魔物も、問題なく狩ることができる。

 だがそれはあくまでも事前に準備を行い、環境を整えた上でのこと。


 周囲をCランクの魔物に包囲され、後ろに更に凶悪な魔物が控えている状況では、ギルドからの評価などなんの役にも立たない。


「インフィニットスライムの強みはその圧倒的な再生能力と、己の肉片を全てのスライムに変異させることのできる特殊能力――時間さえあれば無限にあらゆるスライムを生み出し続けるが故の、Aランク上位だ。かつてインフィニットスライムの成長を放置していた馬鹿な国のせいで、十を超える国家が飲み込まれたって話だ……」


 ミゲルは説明をしながらも、活路はないかとしきりに周囲に視線を飛ばす。

 だが既に彼らはスライムに包囲されていた。


 インフィニットスライムの触手は既に再生しており、いつでも自分達を狙って放てるよううねうねと動き回っていた。


 防御をしなければやられる。

 だが防ぐためにあれを斬れば、また別のスライムとなって自分達の前に立ちはだかることになる。


 正しく八方塞がり。戦うことすら許されぬ圧倒的な理不尽。

 それを押しつけてくるからこその、Aランク上位。

 

「わかるかガル! そんな化け物が……五年もここで力を蓄えてるんだ! 俺達で勝てるわけがねぇっ!」


「お……おおおおおおおおっっ!!」


 兄の説明を聞いたガルは、不安を吹き飛ばすべく咆哮を上げながら、周囲に居る五体のスライム立ち向かっていく。

 拳闘士が発動可能な技であるスキルを使い、時にスライム達を潰し、その核を砕くべく重たい一撃を放っていく。


 だがスライム種は元々物理耐性の高い種族だ。

 更に彼らの中には、全体回復に特化したエリアヒールスライムがいる。


 どれだけ殴って潰しても倒れず、疲れの色も見せずに再び襲いかかってくる。

 物理特化のガルにとって、それは正しく悪夢であった。


「ちくしょう……俺達は勇者なんだぞ! それが……こんな、ところでっ!!」


 退路を断たれたミゲルも必死になってスライムの包囲網を抜けようとするが、しっかりと連携を取ってスライム達を前にして完全に攻めあぐねることになる。


「しまっ――」


 そして意識の間隙を縫う形で、触手にその足を絡め取られた。

 ずりずりと引き出されればそこには、先ほどまでと変わらぬ微笑を称えているインフィニットスライムのファスティアの姿があった。


 完璧な美貌も、浮かんでいる笑顔も、遭遇した時と何一つ変わらない。

 けれどミゲルにとっては、それが何よりも恐ろしいものに思えた。


 どれだけ必死にあがいたところで、Aランク上位の魔物からしてみればそれは顔色を変えるまでもないことなのだと。

 現実を見せつけられ、自分の今までを否定されるような気分になり、そしてミゲルの心は……ポキリと折れた。


「大丈夫ですよ。あなたは皆の栄養になって、これからも生き続けるんですから」


 ファスティアが両手を広げると、既に抵抗の意志を折られていたミゲルは回避軌道を取ることなく、そのまま彼女の胸へと飛び込んでいく。


 ファスティアは擬態によって服を着ているように見せているだけで、その修道着もまた彼女の肉体の一部に過ぎない。


 ミゲルはそのまま修道着に触れたかと思うと、ズブズブとファスティアの身体の中へ埋もれてゆき……そしてそのまま、影も形も見えなくなった。


「あ、兄貴……」


 そして時を同じくして、魔力と体力が底を尽いたガルもまた、スライム達に飲み込まれていく。

 エリアヒールスライムの体内に取り込まれたガルはそのまま意識を失い……そして内側の巡回する酸性の溶解液によって、凄まじい勢いでその肉と骨を溶かしていった。


「これが勇者、ですか……マスターから聞いていたほどではないような……?」


 勇者をペロリと平らげたファスティアは、こてんと首を傾げる。

 たしかに一般的な魔物や食料と比べれば上質だった気はするが、所詮はその程度のものでしかない。

 Aランク上位の魔物である彼女からしてみれば、彼らは数ある餌の一つ程度でしかなかった。


 ――Cランク冒険者パーティーにしてフルトン子爵の認定勇者であるゴルブル兄弟、死亡。

 このニュースは彼らが行方不明になってからすぐにマサラダの街中を駆け巡ることになり、ダンジョンの探索が本腰を入れて行われるきっかけになるのだが……その張本人であるダンジョンマスターであるミツルは、それどころではなかった。















 この五年間、俺はただひたすらにじっとダンジョン経営に心血を注ぎ続けた。


 おかげで既にダンジョンは100階層まで拡張が済んでおり、階層もダンジョンに適した形へと組み直し、DPもむちゃくちゃな使い方をしても使い切れないくらいには溜まっている。


 魔物達の中に最終進化系まで辿り着いた者達も増え、彼らには種族ごとの軍団を持たせ、各階層ごとに軍団を置いて種族同士の連帯を強めさせることにも成功した。


 これだけやれば、たとえ世界連合相手でも一方的な戦いができるだろう。


 そう自信を持って言えるだけの戦力を揃えた段階で、俺は偵察用にかねてから用意していた向けた魔物――アイズ系魔物の最終進化形である、ケイオスバルパーイビルアイのアイに周囲の状況を探ってくるように命じた。


 人に見られた段階で防衛体制を整えて勇者を迎え撃ち、問題なく倒すことができたのは良かったんだが……


「――誰だよ、勇者ゴルブル兄弟って!?」


 肝心の倒した勇者の名は、俺が今まで一度として聞いたことのないものだった。


 それだけ時間をかければ来るのがコタローじゃないかもくらいには思っていたが、まさかまったく知らないやつらが来るなんて思ってないって!


 リメイク版からDLCまで全部やりこんだ俺が見たことないんだから、あの二人は間違いなく『ダンジョン&モンスターズ』のキャラじゃない。


 ダンモンにも変わったキャラはいたけど、非戦闘要員を暴行しながら連れてきて、見張りをさせるような鬼畜な勇者はいなかったしな。


「となるとここは、ダンモンでもなんでもない普通の異世界って事になるわけだ……」


 いや、そう考えるのは流石に早計か?

 アースウィッチを使ってダンジョン拡張ができたり、地球の現代技術を使ったアイテムが生成できたりと違和感はあるが、ひょっとするとダンモン世界の数百年後とかいうパターンの可能性もゼロじゃない。


 ダンジョンと外だと時間の流れが違ったり、あるいは俺が転移する時に時空の歪みが発生してたりした……なんて可能性も十分考えられる。


「とにかく情報が必要だな……」


 ファスティアの戦闘を見ていた感じ、配下の魔物達は勇者相手でも十分戦えそうな様子ではある。

 あいつらでも全体の平均より上になるらしいから、国を相手取っての戦争も問題なくこなせるだろう。


 宝箱から出た初級のアイテムであれだけ喜んでたんだから、技術格差もあると考えるべきか?

 だとすれば戦いもより優位に進められるはず。


 できればこの世界の英雄クラスの実力を知って安心しておきたいところだが……


「マスター、シンディさんを応接室に通しておきましたよ!」


 リノリウムを敷き詰め、その上に真っ赤な絨毯をした俺の執務室に、迷宮妖精のラビリスがピルピルと音を鳴らしながら入ってくる。


 五年経って彼女もほんの少し……小さじの軽量スプーンの数分の一程度には落ち着いてくれた。……まあつまりは、ほとんど変わっていない。


 俺が言いつけた通り、入り口で腕を縄で縛られ死んだような目をしながらアイテムを見つめていたシンディを連れてきてくれたようだ。


 監視用の魔物であるイビルアイを使って見てみると、用意している応接室に入ってきた彼女はビクビクとしながら、しきりに周囲を窺っていた。


 ここは俺が行くべきだろうな。

 俺が手ずから育て上げた魔物達は、純粋な戦闘能力は高いが色々と癖が強い奴らも多い。

 そしてほとんどの個体が、普通の人間相手の情報収集には向いていない。


 それに彼女は俺にとって、初めてコンタクトをすることになる第一村人だ。

 せっかくなら会って、色々と話を聞いてみたい。


「ラビリス、護衛としてベルナデットを呼んできてくれ。話は俺がする」


「了解しました!」


「それと……ダンジョン内にいる全ての軍団長に通達を。情報収集が終わり次第、今後のダンジョンの経営方針について一度話し合いの場を設けるぞ」


「――はいっ、わかりました!」


 勢いよく飛び回りながら、執務室を後にするラビリス。

 地面に敷いている赤いラグの上に、彼女が無意識のうちにまき散らした鱗粉が輝いていた。


 パチリと指を鳴らせば、ウィンドウィッチが開発してくれた風魔法式掃除結界が、妖精の鱗粉を吸い取ってくれる。


 ゴミと鱗粉をしっかりと分け鱗粉だけを溜め込んでくれるため、いちいち分別をする手間はかからない。


「しっかし……これからどうするべきなのか……」


 俺は世界にとって、どのような立場を取るべきなのか。

 ダンモンと同じく、人類にとって共通の敵である魔王になるのか。

 それとも人にとっての良き隣人となり、人と共存をしていくのか。


 この五年間、何度もシミュレーションを行ってきたが、未だに答えは出ていない。


 ただ、前世の人としての考え方が残っていることもあり、やっぱりできれば人類の敵にはなりたくないなぁとは思っている。


 ダンジョン作りや迎撃が好きで、それができるくらい配下達が揃っているからと言って、延々とやってくる人間相手に戦い続けたいわけじゃないのだ。

 だって今や俺にとってダンジョンはかつてのようなゲームの中のものではなく……紛れもない現実リアルなのだから。


「……まあ、出たとこ勝負で行ってみるしかないか」


 五年考えても答えは出なかったのだ。

 最終決定をするのは一度現地人と話をして、その上で皆の考えを聞いてからでも遅くはないだろう。


 俺はゆっくりと歩き出す。

 新たな世界でダンジョンマスターとして生きていく俺、ミツルとしての第一歩は、今ここから始まるのだ――。


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