第18話
30分ほどの散歩を終えて帰って来た槙野と類以。散歩の途中で寝落ちしたらしく、ベビーカーの中で寝息を立てていた。
荻野は現状を報告し、そのことを理解した槙野は「分かった」とだけ返事。2人の会話が終わった絶妙なタイミングで聡一郎がリビングから顔を覗かせる。
「おい、そんなところで立ち話してないで、早く入りなさいな。可愛い孫と早く遊びたいんだが」
「あれ、お父さん? 類以のこと孫だって認めないんじゃないの?」
荻野が少し揶揄うように言うと、頭を掻き、明らかに照れた様子で「あぁ、いや・・・、そんなことは・・・、ハハ、ないけどな」と曖昧な答え方をする。そのことを弄るように突っ込む荻野。親子のやり取りを、槙野は微笑ましく見ていた。
「まぁ、とりあえず入りなさい。中のほうが涼しいからな」
「ありがとうございます。お邪魔します」
類以はベビーカーから降ろされたタイミングで目を覚ました。寝ている間にエネルギーをため込んだのか、リビングに入った途端に全身を大きく動かし、探検しているかのように、あちこち動き回り始めた。
「活発でいいわね」
「そうだな。茉菜に似てるんじゃないか、ハハハ」
「えぇっ、そうかなぁ?」
「茉菜は今の類以君よりも活発なほうだったわよ。高いところから何度も飛び降りたり、おもちゃのトランポリンの上で―」
「それ以上は恥ずかしいから言わないでよ~」
「いいじゃない。猛君にも親しか知らない茉菜のこと、知ってもらわないと、ね?」
「ありがたいです。忘れないためにもメモ取らないとですねフフフ」
「ちょっと猛まで乗り気にならないでよ~」
「ハハハ」
どんどんと前進していく類以のことを、槙野と荻野は愛する息子として、聡一郎と繭実は孫として、優しい眼差しを送り続け、そして見守る。どことなく類以も幸せそうに動き回っていた。
20分ほどで動くのをやめた類以。時計の針は帰宅予定時間の5分前をさしていた。
「そろそろ帰る時間だね」
「うん。そうだね」
「あら、もうそんな時間なの? あっという間ね」
「そうだな。もう少し猛君と話していたかったな」
「それは仕方ないでしょ。茉菜と話し合いしてたんだから」
「もう少し類以君と遊びたかったな」
「散歩に出かけていたんだから難しいでしょ」
「確かにそうだけどな」
ハハハと笑う聡一郎。そこには優しい父親の影がちらついた。
「茉菜、お父さんはね、また遊びにおいでって言ってるのよ」
「ふふっ。それぐらい分かってるって。年内までにはまた帰って来るから」
「おう。待ってるぞ」
「そのときは、また話し合いさせて」
「はいはい」
リビングを出て、玄関に置いてあるベビーカーに再び類以を乗せる。その間も、ずっと聡一郎のことだけを目で追い続けていた。また、聡一郎も、類以と視線を合わせるように腰を屈め、頭を揺らしたり、手を振ったりと、楽しそうにあやす。そして類以も甲高い笑い声をあげていた。
なんだかんだ言って類以のことが好きな聡一郎。素直に認めて欲しい気持ちもあったが、両親のことも考えると、とりあえずはこの現状を飲み込むしかないと思っている。今は答えが導けなくとも、いつかきっと・・・。
類以が、茉菜の両親のことを誰と認識しているのか分からない。でも、聡一郎と繭実に向ける眼差しは優しくて、自分の家族として見ているかのように感じた。いつか、おじいちゃん、おばあちゃん、と言ってくれれば。
「また類以を連れて帰って来るから」
「うん」
「猛君もまた遊びにおいで。そのときは男同士の話をしようじゃないか」
「ありがとうございます。ぜひ、お願いします」
「うん。私も猛君とお話できること、楽しみに待ってるからね」
「はい。ありがとうございます」
聡一郎と繭実は類以に微笑みかけ、そして「また遊びにおいで」と声をかけてから手を振る。類以は小さく手を振り返した。
「お父さんもお母さんも元気でね」
「はいよ」
「ありがとうね。3人とも気を付けて帰るんだよ」
「ありがとう」
「はい。今日はありがとうございました。お邪魔しました」
聡一郎と繭実に手を振られながら帰路に就いた。車は徐々にスピードを上げていく。青空の向こう側には、絵の具で書いたようなオレンジ色の世界が広がっていた。