素敵な学院生活
新学期が始まった。学院と寮は子供達の声が弾けるように響いている。
新しい学年、新しいクラス、新しい友人に、学内は夢と希望と黒歴史が交通渋滞を起こしていた。
「…………」
そんな中、特別室では重たい沈黙がびっしりと部屋中に満ちていた。
「君達、何で怒られてるかわかる?」
怒ってたのか、と思うほどほわほわした声が正面から発せられた。リクとランベルトが並んで座ったソファの真正面に立つのは、魔法生物学の教師、ロップランド人のニルス・ラーゲル(42歳)だ。この特別室の管理も担当している。
「……ランベルトが朝食に生の魚の卵を食べるという暴挙をおかしたからでは」
「は? あれは明太子っていう由緒正しき白飯のマブダチですが? リク先輩の目玉焼きにメープルシロップかけてる方が正気を疑いますけど」
「それの何がおかしいんだ」
「そこじゃなーいっ」
異国の食文化に食堂で大騒ぎしてしまった事を指しているのかと、お互いを指差すリクとランベルトをニルスが大声で遮った。
「もうっ、せっかく他国の文化に慣れるために食堂のメニューは多国籍メニューにしたってのに何でそんな事言うのっ。うちはうち、他所のご飯は他所のご飯っ。ご飯は美味しく楽しくだよっ」
「ニルス先生、そういう事でもありません」
ぷんぷん、と音がしそうな怒り方をしているニルスを、アルフレートがばっさり遮る。
立った状態でも座ったリクとほぼ目線が変わらない小柄な体躯。柔らかい茶色の髪と同じ色の口ひげが口元を覆っているが、顔立ちそのものの幼さのせいで大人の仮装をしている子供に見える。ロップランドは魔力がなくても平均寿命が200歳という長寿国だが、そのせいか小柄で童顔という特徴があるのだ。
「こらっ、何でほっこりしてるのっ。ちゃんと聞きなさーいっ」
おかげで怒られているのに、うっかりほのぼのしてしまったが仕方がない。ちっちゃな子がぷいぷい怒っていると、『うんうん、ごめんねー』と頭を撫でたくなるものだ。飴ちゃんなかったかしら。
「……おい」
そんなほんわか空間に、静かな声が差し込まれた。頬が緩みそうになっていたリクとランベルトが顔を上げると、腕組みをしたままこちらを見下ろすアルフレートと目が合う。
「お前たち、他に、言う事は、ないのか」
天上の華の様に美しい微笑みを浮かべるアルフレートに、2人の背筋がヒヤリと冷たくなった。
①ランベルト
「ラインフェルト家だって? 古いだけで何の特徴もない家じゃないか」
「嫡男ならまだしも次男とは……話にもならないな」
「お前の祖父なんて古代魔道士だなんだと大仰に言われているが、元はと言えばただの平民。功績で男爵になっただけだろう」
「そんな半端者が殿下の同室だなんて図々しいにも程がある」
朝、アルフレートとリクが食堂へ向かうと、先に行ったランベルトが数人の男子生徒に絡まれていた。
慌ててアルフレートが駆寄ろうとすると、無言で詰られるままになっていたランベルトと目が合った。そして
「デーンカー、この人たち、めっっっっちゃデンカの悪口言ってますぅーっっ」
「はっ!?」
次の瞬間、食堂中にランベルトの声が響いた。
「え、な、」
「デンカが俺に声かけて国が許可したのが間違ってるって、めちゃくちゃ悪口言ってます王家マジ頭悪いバーカバーカって言ってますーっ」
「ちち違うっ、僕たちはただお前の方から辞退すべきだとっ」
「デンカが振られれば良いって言ってますー。たかが伯爵次男ごときに振られろやーいやーい振られ王子ーって言ってますー」
「言ってない言ってないです殿下っ」
一気に周囲から注目を浴び、アルフレートの存在に気づいて慌てて訂正するが、その複数の声はランベルトの声にかき消される。見ると、ランベルトは口元に何か小さなボタンのようなものを当てていた。
「ぼっ、僕たちはただしがない伯爵家の次男ごときが同室であるだけでもおこがましいのに、あろうことか朝食の席までご一緒させていただくなど身の程知らずにも程があると」
「すみまっせーんっ、この人達、デンカにぼっち飯しろって言ってますーっ。孤独と米を噛み締めろって言ってますーっ」
「だから言ってないだろうっ。嫌だそんなオカズっ」
「言ってませんから、殿下ぁーっ」
「お前ぇ、一体どう言うつもりだーっっ」
「え、何言ってんのかわかんない、もっと簡単に言って。しがない伯爵次男ごときにわかるくらい簡単に言って」
最終的に絡んでいた生徒達は半泣きでアルフレートに必死に取り縋っていた。
「……鬼の子かお前は」
「食堂中に響いてたが、あれ拡声器か? 見事な晒者っぷりだったな」
「もうっ。あの子達も悪いけど、あの後泣き止ませるの大変だったんだからね」
各々から一斉に詰め寄られ、ランベルトは肩をすくめた。
「何かあったらデンカの名前出していいって言われてたから遠慮なく出しただけですよ。……ってか、リク先輩こそ何したんです」
「俺は大した事はしてないぞ。聞かれた事に答えただけだ」
②リク
「外国人? おまけにスラム街の平民だと? しかも魔力もないとは正気か。お前のような者が殿下のお目に触れることすら有害だというのに。一体どの様な汚い手を使って殿下に取り入った」
アルフレートが魔術の授業中は別行動になるリクが、授業終わりに絡まれたのは生徒たちが集まる中央ロビー。ずっとアルフレートの側にいたリクが一人になったのを好機とばかりに取り囲まれた。基本的に貴族か一部の裕福な平民しかいないこの学院で初のスラム街からの特待生がなぜ第二王子の護衛になったのか、ほとんどの者が疑問に思っていたため誰も止めることはしなかった。
絡んでくる者、遠巻きに見る者、それらから一斉に浴びる視線をものともせず、リクは静かに口を開いた。
「気にするな。俺はただの都合の良い男だ」
目玉焼きにメープルシロップ、は欧米ではごく一般的だそうな。
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