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コメディ系短編小説

抜けたい人、抜けさせたくない人

作者: 有嶋俊成

【登場人物】

・赤吉…音楽グループ「ファイブMAN」のリーダー。

・青二…同メンバー。

・桃太…同メンバー。

・緑郎…同メンバー。脱退の意向を示す。

・黄介…同メンバー。緑郎から脱退の相談を前日に受けている。

  ーーとある音楽グループのメンバー脱退の話…なのだが…



 五人組音楽グループ「ファイブMAN」のメンバーらはいつものライブハウスに集まっていた。

「話ってなんだ?」

 「ファイブMAN」のリーダー・(あか)(よし)は、険しい表情をしたメンバーの(ろく)(ろう)に問う。緑郎の隣には同じくメンバーの()(すけ)が座っている。

「結論から言う。グループを抜けたいと思ってる。」

 赤吉の表情が変わる。事情を知らないメンバーの(あお)()(もも)()も動揺する。

「と、いうことだそうだ。」

 黄介が言う。

「黄介は知ってたのか?」

 青二が驚いた顔をする。

「昨日、相談を受けた。」

 黄介は緑郎以外のメンバーたちを真っ直ぐに見る。

「なんでそんな急に。」

 桃太は驚きを隠せない顔で聞く。

「自分も本当に悩んだんだ。今抜けたらみんなは良い顔はしないと思った。でも自分の中で込み上げてくるものを抑えられなかった。葛藤がずっと続いて、まずは誰かに相談しようと思って、昨日黄介に話した。それですぐに話そうってことになった。」

 緑郎の言葉に返す言葉がなかなか思いつかないメンバーたち。そんな中、桃太が一番に沈黙を破った。

「みんな、自分の人生は自分で決めるものだ。ここは緑郎の意見も尊重すべきだと思う。もちろんグループが欠けてしまうのは悲しいし大変だけど、それでも残る四人で頑張っていこうよ。緑郎も別の場所で同じように頑張っていくだろうから。」

 桃太はいまだ暗い表情の赤吉と青二に語り掛ける。

「そうだな。メンバー減ったくらいでへこたれたら、『ファイブMAN』の名が泣いちゃうからな。赤吉、ここは緑郎を温かく送り出し…」

「それはダメだ。」

 青二の言葉を遮って、赤吉は緑郎の脱退を拒絶した。

「赤吉…」

 桃太が赤吉に体を向ける。

「そんなことになったら…俺らやりにくくなっちまうよ。」

「赤吉、そんな別にやりにくくはならねぇだろ。四人体制用に形式を改めるのはすぐにできる。」

 赤吉を諫める青二。

「そうだよ。もしかして『ファイブMAN』なのにファイブじゃなくなるのが気になるとか?」

 赤吉の真意を確認する桃太。

「そんな単純なことじゃない!」

 立ち上がる赤吉。赤吉は壁に貼られた五人のメンバーが並ぶポスターを見る。

「もし…もし一人抜けたら……俺が真ん中にならなくなるんだよ!」

「「「「………」」」」

 ライブハウスに沈黙が続く。重苦しい空気にも思えたが、重苦しさというより困惑に感じているのは桃太だった。

「赤吉…なんて言った?」

「だから、メンバーが偶数になったら、メンバーが横に並んだ時に、リーダーである俺が真ん中に来なくなるだろ!」

「そこにキレてるの⁉」

 桃太は赤吉に当惑した。キレるならもっと深いことでキレるものだと…。しかし、赤吉の逆鱗を刺激していることは圧倒的に浅い。

「赤吉、確かに最初は慣れないかもしれないけど、その内慣れてくるからそこは。なぁ青二。」

 桃太は自分と同じく緑郎の脱退に理解を示していた青二に次を振った。青二は先程と打って変わって険しい表情を浮かべている。

「確かに…リーダーが真ん中でないのは、リーダー制が廃れる!」

 青二は言い切った。

「え~」

 桃太の中の期待は打ち破れた。

「俺たちのリーダーは、この赤吉だ。赤吉がいるからこの『ファイブMAN』が成り立っているんだ。だから俺たちのリーダーが真ん中でなくなったその瞬間、全てが終わる。」

「何が終わるんだよ!」桃太が叫んだ。「なに? メンバーの事情よりもそんなフォーメーションのことを気にするの? 俺ら仲間だろ? 仲間のためならそれくらいどうでもいいってならないの?」

 桃太の頭には今、メンバーが偶数になってしまうことの懸念など微塵もない。リーダーが横並びで真ん中にならなくなることも全く気になっていない。

「桃太!」赤吉が立ち上がる。「お前は『ファイブMAN』のメンバーじゃないのか!」

「緑郎も俺らの大事なメンバーだろうが!」

「誰がリーダーなのかわからなくなっても良いのか!」

「良いよもうこの際!」

「桃太!」青二が叫ぶ。「目を覚ませー!」

「お前だよ!」

 にらみ合いながら相対する桃太と赤吉、青二。

「みんなーごめんー!」

 泣き出す緑郎。

「お前は泣くな。な。お前にも事情というものがあるんだから。」

 慰める桃太。

「ふざけんじゃねぇぞお前ー!」

 赤吉が緑郎に飛びかかろうとする。

「お前の方だよー!」

 赤吉を振り払う桃太。

「みんな一回落ち着こう、座ろう。」

 黄介がメンバーらをなだめる。

 赤吉、青二、桃太らはそれぞれ椅子に腰をかける。

「ところで、黄介はどう思うんだ?」

 赤吉が黄介に細めた目を向ける。

「俺は、まあ、四人になるのは、緑郎が急にいなくなるのは寂しいけれど、でも、緑郎の人生は緑郎の人生だから、俺たちだって一人一人がやりたくてこの活動をやってるわけでしょ? 緑郎も他のことをやりたくてやるんだ。だから、俺は、お互いにやりたいことをやっていれば良いと思う。」

 黄介が言い終えるとしばらくまた沈黙が続く。赤吉は頭を抱えていた。青二も腕を組んだまま動かない。

 沈黙を破ったのは赤吉だ。

「そう言われると、認めるしかねぇじゃねぇか。」

「赤吉、認める気になったか?」

 桃太がほのかな期待を抱く。

「でも一人抜けるとなぁ~。どうもやっぱり俺は…気になる。」

「赤吉…」桃太はため息をつく。「赤吉が気になってるのは、メンバーが偶数になって、リーダーが横並びで真ん中に来なくなって、それで観客から見てリーダーがわからなかったり、リーダーっぽくなくなるのが嫌だってこと?」

「そうだよ。」

 赤吉が吐き捨てるように言った。

「それじゃさ、こうするのはどう?」桃太が提案する。「赤吉がステージの中心に立って、周りの三人は一歩下がるってのはどう?」

 赤吉、青二は黙り込むが、黄介は顔を見上げて反応した。

「それなら、良いんじゃない?」

「だよな? そうしたら赤吉がリーダーだってわかるだろ?」

「それはダメだ。」

 険しい表情のまま言う赤吉。

「なんでだ?」

「長さが足りないだろ、翼の。」

「は?」

「いいか。俺がな飛行機の胴体だとしたら、お前らは翼なんだ。翼の長さが違ったらさ、俺たちずっと横の方にブーンと。あっち行ったりこっち行ったり、その内墜落だよ。」

「何言ってんのお前?」桃太が呆れた顔で言う。「それなら、一人になってる方をさ、ちょっと赤吉から距離を置いて、なんとなく同じ長さに見せるってのは?」

「それはダメだぁ!」

「なんでだよ!」

「エンジンが一つ足りないだろぉ!」

「うるせぇよお前!」

 桃太が赤吉の頭をひっぱたく。

「一回落ち着こう。」

 黄介がなだめる。席に着く赤吉と桃太。

「バランスが悪くなるのが嫌なの?」

 席に着くと再び赤吉に問う桃太。赤吉は黙ったままだ。口を開いたのは青二。

「芸術性って知ってるか?」

「芸術性?」

「左右非対称と左右対称。お前はどっちの方が整ってると思う?」

「今の俺にとっては究極の二択来た。この答えによって俺の立場揺らぐぞ。」

 桃太が緑郎と黄介の方を見ると、無表情な瞳で桃太を見つめている。

「見んなよ。」

 桃太がそういうと、緑郎と黄介は頭を下げた。

「俺は…」桃太がいよいよ選択する。「左右……非対称!」

「お前ー!」

 青二が立ち上がる。

「うるせー!」桃太が叫ぶ。「俺は左右非対称でいいんだよ! 今の立場を、自分のメンツを保ちたいんだよ!」

「一回落ち着こう。」

 黄介がなだめる。

「うるせぇよ!」桃太が黄介を睨む。「何お前さっきから楽なポジションにいるんだよ。」

 引き下がる黄介。

「いいか! お前ら!」桃太が叫ぶ。「緑郎はな、今まで俺たちが夢を追ってきたのと同じように、また一から夢を追い続けるんだよ! そして俺たちもこれからも夢を追い続けていく! だから緑郎と俺たちは、これからも、同じような険しい道を辿るんだ! だから、俺たちは一緒だ! 人生が違っても、俺たちは一緒なんだ! このことは、並び順とかそんなものにかえられるものじゃないんだよ! わかったか!」

 桃太が言い終えると、青二が頷く。

「わかった。人の人生をとやかく言う資格は俺たちにはまだないのかもしれない。だろ? 赤吉。」

「…そうだな。少し、子供っぽかったかもしれない。」

 赤吉、青二は緑郎の脱退を認める姿勢を見せた。

「みんな、わかればいいんだよ。」ひとまず安心する桃太。「あ、そういえば。俺らまだ緑郎が脱退する理由聞いてなかったな。」

 メンバーらは肝心なことに気づいた。

「そうだよ。まだ脱退する、っていうことしか聞いてないもんな。」

 赤吉も手を叩く。

「緑郎、お前はなんで脱退するんだ?」

 青二が聞く。

「みんな、ちょっとそれは…」

 黄介はなぜか難色を示した。緑郎も焦っている表情を見せる。

「なんだよ。もったいぶらずに言えよ。」

 桃太が促す。赤吉、青二も一斉に視線を緑郎に向ける。

 圧に負けた緑郎は口を開いた。

「なんか…『ファイブMAN』って…ダサいな~と。」

「「「は⁉」」」

 固まる赤吉、青二、桃太。

「なんか、とりあえずアルファベットつけてればかっこいいか、っていう薄っぺらさが隠しきれてないグループ名がめっちゃダサいし。「ファイブ」に「MAN」を付けただけってありきたり過ぎるし。」

 声が出ない赤吉たち。

「しかも衣装も戦隊ヒーロー模してるっていうけど、全身タイツってショボいし、メンバー名もあからさま過ぎるし。だから、なんか、羞恥心が勝るようになっちゃって。」

「クビだ。」

 桃太が言った。

「え?」

「クビでいいよな?」

 桃太が赤吉らに聞く。

「「クビで。」」

 赤吉、青二も同意した。黄介はこの空気を察してフォローを入れようと口を開く。

「ま、まあ…そんなことになるだろうと思ってた。」

「お前もクビだよ。」

「え?」

 固まる黄介。

「お前、緑郎の脱退理由聞いてたんだろ? 昨日?」

「そうだけど。」

「それでお前は脱退を受け入れてたのか?」

「ま、まあ。」

「お前も、俺らのことダサいって思ってるだろ。」

「そ、そんなことは。」

 赤吉、青二、桃太に詰められ困惑する黄介。

「てことで俺らは今日から『スリーMAN』になる。」

 赤吉が宣言した。

「そうだな。」

 青二も納得する。

「そしたらリーダーも真ん中になるだろ。」

 桃太も納得する。

「それじゃ、横並び問題は解決できたようだし、二人抜けでこのことは収束ね。」

 黄介が確認する。

「「「うん、さよなら。」」」

 残留メンバーらは一斉に別れを告げた。

 クビ宣告された緑郎と黄介の二人は立ち上がり、ライブハウスを去ろうとする。

「あ、そうだ。」緑郎が立ち止まる。「黄介、俺たちのリーダーが真ん中にならなくね?」

「お前とは組まねぇよ。」



  ーー終わり

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