初めての採集
私は、カヤ。4歳になったばかりの幼女だ。中規模集落内、コンパクトな家に家族で暮らしている。
家族構成は、母さま、レイル兄さま、ユーマ兄さま、私、4人構成。
レイル兄さまは、もうすぐ10歳。ユーマ兄さまは6才。母さまは、何歳だったかな?多分20代半ばだと思う。
コンパクトな家にはお風呂もトイレもない。10畳くらいの部屋が3つと、小さな炊事場のみ。
外には、乗用車が4台くらい駐車できそうな庭。そのスペースの半分くらいを活用して、春菊、ミニサイズのキャベツ、巨大化したトマトみたいな野菜をつくっている。もう半分は、真っ白な鶏みたい形の鳥を飼育している。
3歳くらいの時から徐々に分別がついてきて、物事を考える事ができるようになった。
そしてゆっくりと、自分が転生者だと気がついていった。今はおぼろげな記憶が、徐々に蘇っている段階だと思う。
(たぶん)前世?日本人女性として過ごした記憶が、時々巡ることがある。頭の中を記憶がグルグルと。
全部思い出せるわけではない。だいたい、断片的な記憶だ。すごく楽しい記憶もあれば、悲しい、辛い記憶もある。その辺は、これから今の私が成長して、色々思い出していくことになるのだろうか。
でもさ、転生者って、だいたいチート能力与えられて、大活躍する。もしくは、裕福な貴族の家に生まれたりするのが定番ではないの?→この辺の知識は、最近思いだした。
なのに、私を取り巻く環境は、家にトイレもない生活環境で、4歳になるまでは、外を出歩くこともできない。かなり、過酷なんだよね。まぁ、転生者として自覚する乳児の頃から、ここで、生きてるから、受け入れられるけど。
そうよ、4歳。ビバ!!4歳。
この街では4歳になったら、街の外を出歩けるようになるのだ。
4歳未満幼児の日常行動範囲は、歩いて3分ほどの場所にある共同トイレ、そのちょっと向こうにある共同井戸。そして、10日に一度だけ行けるお風呂屋さん。それだけ。たったそれだけ。行動範囲狭すぎなのだ。
なので、4歳になって、とても嬉しい。これで私も兄さま達と一緒に外に行けるのだから。
「ねぇ、レイル兄さま、登録ってどうするの?」
街の外に出るには、王国の民登録をしなければならないらしい。
「簡単だよ。右手親指の模様と、髪の毛一本を提出する。それと、瞳の色と、誕生日、母の名前を申告するだけだよ。」
なるほど、指紋と髪の毛。
結構合理的で、発達している世界みたい。もしかして、DNA鑑定みたいな技術とかも可能なのかしら?
登録したら、犯罪しにくいシステムなのだろう。プライバシーの観点から言うと、いい気はしない。
登録しないと、外に出られないから、選択の余地はないけれど。
関所まで歩いて10分くらいだ。登録をあっさりと済ませて、外に出る。
美しい緑の平原が目の前に広がった。植物と土のにおい。心地よい風の音。この世界で初めて出る街外だ。
「カヤ、山へ行く荷車はこっちだよ。」
ユーマ兄さまが教えてくれて、私は子どもが15人くらいが乗り込んでいる荷車に腰をおろした。馬が二頭つながれていて、山の近くまでは乗っていけるらしい。
目的地は、各家庭の子どもたちによって、それぞれ違う場所が割り当てられていて、行動範囲も決まっている。
ガタガタゆれる荷車に揺られて、30分くらい。私たち三人は、一番手前の山の入り口で降ろされた。
ここからは、徒歩でゆっくり進む。歩きながら、レイル兄さまが、採取について教えてくれる。
「絶対にユーマの姿が見えない場所へは行っては行けないよ。」
説明の冒頭は、一番大切な注意事項だ。もちろん、初めて訪れた未知の場所だ。唯一の頼りである兄の言葉は絶対である。
「採取するのは、主に薪。それから、ソルの実。余裕があるならキノコ。キノコは毒のものもあるから、必ず、ユーマに確認すること。」
フンフンと頷いているうちに、目的地に着いた。背中に背負ったカゴをおろす。そして、薪になりそうな朽木を探し、小さめの枝をナイフで切りはじめる。
「カヤ、ナイフはゆっくり使えよ。
ユーマ、カヤを頼む。
私は南西の日差しの頃にもどるから、二人とも気をつけて。」
レイル兄さまは、そう言って、もう少し上に登り始めた。9歳のレイル兄さまは、高地でしか採れないものを採りに行く。私達とは、別行動なのだ。
8歳未満の私と、ユーマ兄さまは、これ以上は登れない。行けるのは低地だけと決められているらしい。
ナイフの使い方は、この日の為にずっと前から練習してきたので、慣れている。けれど、20本くらい枝を切ると、ゼエゼエと息がきれてきた。
「カヤ、休憩したほうがいいな。」
ユーマ兄様が、ブルーグレイのキレイな目で心配そうに私の顔を覗き込む。長めの竹筒を私の小さな手にのせてくれた。この世界には、金属製の水筒はない。竹筒が水筒代わりだ。
ユーマ兄さまは私の分の水と非常食を持って登ってきてくれた。優しい兄さま。
「もう少し薪を採ってくるからカヤはここで休んでいるといいよ。」
「ユーマ兄さま、ありがとう。」
枯れ草の上に座り込んで、竹筒の水を飲む。とても美味しい。
でも、温かいお茶が飲みたい。前世の日本みたいな水筒がほしい。ついでに、コーヒーも飲みたい。山森でコーヒー飲んでカレー作ったりして、ソロキャンプみたいに寛ぎたい。
私が叶いもしない不毛な事を考えている時も、ユーマ兄さまは、テキパキと枝を切っている。ユーマ兄さまの動きは隙がない。美形で働き者、そして優しい。さらに瞳がキレイで、笑顔が超絶かわいい。
どうせなら、私ももっといろんな事が出来るようになりたい。サッと、火をおこしたり、優しい上品笑顔でヒョイヒョイと森での狩りができるようになりたい。そしたら、カッコいい幼女になれるかもしれない。
ユーマ兄さまはいつの間にか、ソルの実もたくさん拾っていて、お昼ご飯の準備までしてくれている。
薪を集めて、火を点ける。火起こしは、黄色い魔石を使う。この世界の不思議道具だ。魔力源は、母さまとレイル兄さまである。二人とも魔力の才があり、魔石に魔力を充電することができるのだ。
「カヤ、ソルの皮を剥いてくれるかい?」
私は、沸騰したお湯に、皮を剥いたソルの実をポイポイといれる。
スープをつくるのだ。ソルの実は、オレンジ色で大きさは一円玉くらい。味は栗に似ている。味付けはユーマ兄さま所持の塩をパラパラとかけて食べる。現地調達の優しい味だ。
この世界の食べ物は、スープ状のものが圧倒的に多い。
米も食べられているけれど、食べ方は、ほぼお粥。時々お餅。
‥‥とにかく、とにかく、炊いたお米が食べたい。けれど、炊飯器がないこの世界で、米を炊くことは無理ゲーである。飯ごう炊飯のやり方なんて、覚えていない。前世で米の炊き方を思い出せないかな。炊飯器があれば、炊けるのだけど‥‥。
「私は、もう少し奥に言って、キノコとソルの実を採ってくるよ。カヤは、ここに座って、薪を切っててくれるかい? ゆっくり休みながらでいいからね。30分ほどしたら、ここに戻るよ。」
食事をおえて、ユーマ兄さまが言う。私がコクリと頷いたら、兄さまは私の頭を撫でてくれた。
ユーマ兄さまの笑顔を思い出して、癒やされながら、ナイフを動かして、薪を何本か作っていく。
二人の兄がカッコ良すぎて、満足。上品イケメンは正義である。私達家族はそんなに裕福なわけでもないけれど、素敵兄達は、いちいち言動が上品だ。乙女ゲームの世界に紛れ込んでいるわけではなさそうだけど。
バカバカしい事をボンヤリ考えていて、近づいてきた大きい動物に気が付くのが遅れた。
ヤバイ、と思ったらもう遅かった。自分の身体の三倍以上はありそうな、動物が私の方を見ている。
どうしようか。ほぼ安全だということで子どもに開放されている場所だから、肉食の魔物はいないとレイル兄さまから教わっていたはずだ。けれど、目の前に大型の野生動物‥‥
どうしよう!! 逃げたほうがいい??
混乱しながら、近づいてきた動物をみると、それは大きなアルパカだった。