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俺とクロのカタストロフィー  作者: ムネタカ・アームストロング
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8.日本でディスカバリーチャンネル見てるやつはだいたい有能

自宅に戻ると、予定外の帰宅にクロが大喜びで出迎えてくれた。さっきまで感傷に浸っていたが、玄関でクロの頭を撫でると、少しだけ気持ちが落ち着いた。

すでに午後1時半。リビングでは、爽と浅野さん、それにライダースーツを着た湊の三人が待っていた。浅野さんと湊は、これまで何度もクロと会っているため、クロも安心して心を許し、二人とボール遊びをしていたようだった。

「兄ちゃん、マンション前のコインパーキングに車停めてるよ。荷物は全部車に積んである。あとで買った物、確認してくれ。レシートも取ってあるし…。何もなかったら、本当に買い取ってくれるんだよね? 合計で65万円かかったんだけど…。今月の生活費まで使っちゃって、明日からどうしようかと」

さすがは俺の弟だ。疑いながらも、全力で動いてくれたらしい。

「大丈夫。今月は浅野さんのおかげで大口契約が決まってるから、来月には歩合だけで160万は入る予定だ。全部買い取ってやるから安心しろ」

リンに使わせた分も、その歩合で十分まかなえるだろう。

「爽くん、私の手元にはまだ10万円くらい残ってるから、もし何も起こらなければ、給料日までそれで凌ごうね」

「はい! 舞さんとなら、貧乏飯でも楽しそうです!」

「ありがと。嬉しいよ。それにね、万が一のために、さっき470万円分の金貨も買っておいたから、これを売ればしばらく暮らせるわ。奥さんに任せなさい!」

「えっ、金貨? 470万円分!? さすが舞さん! 金なら有事でも価値が落ちにくいですもんね!」

「だって、500万分も物資買っても、持ち運べないでしょ。だからコンパクトにしただけよ」

新婚の二人が、人類滅亡の危機を前にしても微笑ましくじゃれ合っている。

「はいはい、続きはあとでね。弁当買ってきたから、まずはご飯にしよう。リン、皆に配って」

「りょーかーい」

リンが弁当を配る間に、俺はクロの昼食を用意した。専用の器に、店主からもらった最後のササミを入れると、クロは大切そうにゆっくりと噛みながら食べ始めた。

「みんな、食べながらでいいから、この動画を見てくれ」

俺はテレビに、アメリカのサイエンス系チャンネルが制作したドキュメンタリー動画を再生した。6,600万年前、メキシコのユカタン半島に衝突した小惑星が、現代の地球に落下したらどうなるかをCGと専門家の解説で再現したものだ。

俺もかつ丼を食べながら視聴した。少し冷めていたが、衣はまだサクサクしていて、味も文句なしだった。弁当とは思えないほどのクオリティだ。

動画が終わり、皆が弁当を食べ終えたのを見計らって、口を開いた。

「さっき調べたんだが、今回接近している小惑星レオニーは、直径20~30キロ。これは、65百万年前に衝突した《チクシュルーブ隕石》の約2倍の大きさだ。あの隕石は直径10~15キロで、クレーターは170キロ。単純計算で直径200~300キロのクレーターができることになる。もしそれが新宿に落ちたら……仙台から近畿まで、全てが消し飛ぶ」

「でも、地球の大部分は海だし、日本に直撃する可能性は低いんじゃない?」

爽の質問は、先ほど動画内でキャスターが投げたのと同じものだった。

「そのとおりだ。日本にピンポイントで落ちる確率は低い。ただ、覚えてるか? 動画で言ってた。衝突直後、太陽の表面温度に近い5,500度以上の熱が半径500~600キロに広がって、生物は蒸発するって。新宿なら西は広島、東は青森までが即死範囲だ。そして、そのあと溶けた岩石が再び空から降ってくる。たとえ中国の沿岸部に落ちたとしても、日本の半分以上は被害を受ける」

言葉を失う皆をよそに、俺はさらに続ける。

「さらに、何兆トンという塵が宇宙まで舞い上がって人工衛星を破壊し、通信網が麻痺する。数分で衝突の衝撃波が世界中に伝わり、M10級の地震が起こる可能性がある。風速200~300メートルの爆風が半径数千キロに広がり、建物はなぎ倒される。そして、もし海に落ちた場合は高さ数百メートルの津波が沿岸部を襲う」

部屋は静まり返り、クロが水を飲む音だけが響く。

最初に沈黙を破ったのはリンだった。 「みんな、死ぬの?」

「わからん。でも6,600万年前は、生物の7割が絶滅したが3割は生き残った。人類は未経験の規模だけど、ゼロとは限らない」

「でも…」

「大丈夫。衝突直後に絶滅したんじゃなくて、長期的な寒冷化が原因だと言われている。一年くらい持ちこたえられれば、生き残れる可能性はある」

再び沈黙。クロは俺の足元に伏せ、皆の様子を見つめていた。

「人類の祖先は、体の小さな原始哺乳類で、地中に潜り、繁殖周期が短く環境に適応できた。だから生き延びられた。俺たち人類には道具と知恵がある。それを駆使すれば、完全な絶滅は避けられるかもしれない」

「でも、文明は……?」 浅野さんが震える声で尋ねた。彼女の手は小さく震えている。

「文明が残るかはわからない。でも、命さえ繋がれば、また始めることはできる」

 俺は視線を皆に向け、静かに言った。

「人類を救う責任は俺たちにはない。でも、目の前にいる大切な人を守ることはできる。俺は、できる限り、皆と生き残りたいと思ってる」

「……僕たち、生き残れるかな」

「衝突地点から遠ければ可能性はある。NASAの発表で場所が判明したら、すぐに動けるように準備しておこう」

「颯って、なんでそんなに冷静なの?」

「それは……」と答えかけたところで、爽が口を挟んだ。

「リンちゃん、それね、兄ちゃんがピンチのときに冷静ぶる癖なんだよ。内心ではたぶん焦ってる。胸に手を当ててみればわかるよ」

隣のリンが、俺の胸にそっと手を当てた。

「ほんとだ、バクバクしてる。颯もちゃんと人間だったんだね」

「うるさい。俺が取り乱してたら、誰も安心できないだろ。それより、買ってきた物の確認をしよう」

 五人で荷物を確認すると、サバイバル用品や薬は揃っていたが、水と食料が圧倒的に足りなかった。一年分を目指していたが、どう見ても一か月分ほどしかない。

 そこで、俺はリンと湊を連れて、近所のスーパーへ買い出しに向かうことにした。

 そしてリンの指摘で、クロのドッグフードを買っていなかったことに気づく。フードと缶詰も追加で購入。

 レトルト食品、缶詰、米、調味料、水、菓子など大量の物資をレンタカーに積み込んだが、5人が乗るスペースがなかった。時計を見ると追加の車を借りる余裕もない。仕方なく、一度家に戻ることにした。

 帰宅すると、ちょうどNASAの会見が始まるところだった。

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