79.衝撃波が減衰したものがソニックブーム。花火大会で感じる衝撃はソニックブームの方。
隕石衝突予定日の前日、シェルター内の空気は異様なまでに張り詰めていた。
廊下を行き交う兵士たちは誰一人として無駄口を叩かず、食堂でも普段の会話がほとんど聞こえない。
全員が黙々と食事をとり、箸の音だけが響く。
——ここにいる誰もが、明日何が起こるかを知っている。
俺とリンはクロを連れて指定された個室に戻った。
部屋の壁は厚いコンクリートで、空調の低い風切り音と発電機の低い唸りだけが響く。
ベッドの端に腰を下ろすリンは、クロの頭を撫でながら小さく呟いた。
「颯……明天……会是什么样子?」(颯……明日って、どうなるの?)
「在之前的时间线中,我从未因陨石撞击而死亡,所以你无须为此担心。」(これまでの世界線の経験だと、隕石衝突で死んだことはないから、そのことは心配しなくていいよ)
俺はそう答えながら、無意識にリンの手を握っていた。
その手は少し冷たかったが、握り返してくれる力はしっかりしていた。
夜になると、施設全体の照明が落とされ、非常灯の薄暗い明かりだけが廊下を照らしていた。
俺たちは眠ろうとしたが、結局ほとんど眠れずに朝を迎えた。
——衝突当日。
朝8時、スピーカーからの一斉放送が施設中に響き渡った。
「请各位在指定位置待命,以防备冲击。重复一遍——」(全員、衝撃に備えて指定位置で待機してください。繰り返します——)
部屋のドアがノックされ、兵士が中を確認する。
俺たちはベッド脇の固定椅子に座り、シートベルトのような拘束具で体を固定された。
クロも特製のケージに入れられ、ケージ自体が床に固定される。
「这真的……没问题吗?」(これ、本当に……大丈夫なのかな。)リンの声が少し震えていた。
「放心吧,据称设计上能够承受核武器的直接打击。」(大丈夫だ、設計上は核兵器の直撃にも耐えられるらしい。」
そう口にしながら、自分の声が思った以上に固くなっているのを感じた。
午前10時12分。
遠くで低く、地の底から響くような唸り声が聞こえた。
やがてそれは徐々に大きくなり、地面そのものがうねるような感覚に変わっていく。
耳が詰まり、重力の方向が一瞬わからなくなる。
ドンッッッ!!!!!
衝撃は想像以上だった。
座っている体が一瞬宙に浮いたかと思うと、すぐに重く押し付けられる。
壁が低く唸り、天井の照明がチカチカと明滅する。
空気が震え、胸の奥まで響くような重低音が数十秒続いた。
リンは俺の手を強く握りしめ、クロはケージの中で低く鳴いていた。
俺も無意識に息を止め、次の揺れを待っていた。
——やがて、揺れは少しずつ弱まり、代わりに深く低い地鳴りが長く続いた。
空調から送られる空気の流れが乱れ、どこか焦げたような匂いが混じっていた。
「終わったのか……?」
誰に聞くでもなく呟いたその瞬間、スピーカーが再び鳴った。
「第一次冲击波已经因撞击而到达。现在,我们正在通过外部传感器确认情况。
」(衝突による第一波の衝撃波が到達しました。現在、外部センサーにて状況を確認中です。)
第一波——つまり、少なくとも第二波があるということか。
俺とリンは視線を合わせ、言葉を交わさずにただ手を握り合った。
数時間後、再び短い衝撃が何度かあった。
地球全体が軋むような音が断続的に響き、天井から微かな砂塵が舞い落ちる。
そして——翌日。
外の確認が取れるまでの間、俺たちはほぼ丸一日、部屋に閉じ込められたままだった。
食事は兵士が部屋まで運んできてくれるが、空気はどこか重く、沈黙が支配している。
やがて2日目の夜、廊下に足音が響き、初老の航天局職員が部屋を訪れた。
「我们幸存下来了。从明天开始,将分阶段地进行外部调查。」(我々は生き延びました。明日から、段階的に外部調査が始まります。)
その言葉を聞いた瞬間、俺とリンは同時に深く息を吐き、互いの肩にもたれかかった。
クロは小さく鳴き、まるで俺たちの安堵を共有しているかのように尻尾を振っていた。
——だが、外の世界がどうなっているのかは、まだ誰にも分からなかった。




