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俺とクロのカタストロフィー  作者: ムネタカ・アームストロング
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7.よく行く弁当屋のから揚げの中心がちょっと生でも、気まずくなるから黙ってレンジで加熱して食べる

近所の商店街に差し掛かると、《犬好き》の店主が営む弁当屋《山勝》が営業中だった。これ以上荷物を増やすのはつらいが、これが最後になると思うとどうしても食べておきたくて、立ち寄ることにした。

「弁当買っていくけど、リンは何にする?」

 もちろん、リンが選ぶのはカツ丼かとんかつ弁当のいずれかだと知っている。だが、一応確認だけはしておく。

「じゃあ、かつ丼にするー」

 やはり。俺も最近食べていなかったし、なら全員分カツ丼でいいだろう。

「おっちゃん、かつ丼5人前」

ちなみに、リンが遠慮しないのは図々しいからではない。中国では、女性と二人で食事をするときは男性が支払う慣習が根強く、もし女性が会計を申し出ると「面子を潰された」と感じる男性も少なくない。だから、リンと食事をするときは必ず俺が支払う。もちろん、慣習を言い訳にして、貧乏学生のリンに金を出させたりするつもりは毛頭ない。

 注文を受けると、店主は無言で黙々と調理を始める。初めて来店したときは「返事がないから本当に注文を聞いてるのか?」と不安になったが、二度目以降も返答は一切なかったので、むしろこれが《山勝クオリティ》なのだと納得した。

 無愛想な店主の店だが、量は多く味も確かで、常連は多い。通常は昼時に5人程度が行列を作るが、今日は俺たち以外に客の姿はない。

 かつて俺が一人で来たときも、店主から話しかけられたことはなかった。しかし、子犬のクロを初めて連れてきたときだけは、店主から声をかけられた。

「犬を飼い始めたのか?」

 訊かれて保護した経緯を話すと、店主は「少し待ってろ」と言って、細かく裂いた鶏ササミをビニール袋に詰めて渡してくれた。それ以来、クロを連れて来るたびにササミをくれるようになり、成長に合わせて量も増えていった。クロを連れているときだけは気さくだが、俺一人で来るとまた無言に戻る。どうやら店主はクロにしか興味がないらしい。

 店の前でリンと話しながら7~8分待っていると、店主が出来立ての弁当を持って現れた。クロ用のササミも、いつもより多めに付けてくれている。

「おじちゃん、いつもありがとう。Jアラート見た?」

 店主は「ああ」とだけ頷いた。

「朝から自衛隊のヘリが都内を飛び回ってるし、偉い人たちは既に避難しているらしい。NASAの発表がある前に、東京を離れて避難できる準備をしておいたほうがいいよ」

 言っても聞き入れられないかもしれないが、黙っていられなかった。

「わかった。今から店じまいして避難準備をする。クロは俺が守るから安心しろ」

「えっ?俺の言うこと、信じてくれるのか?」

「お前に嘘つく理由なんかねえだろ。それに、昨日から離婚した娘が孫を連れて戻ってきてる。俺が守らなきゃならねぇんだ」

 これほど店主と会話したのは初めてだった。これまでの無言のやり取りの中でも、互いに信頼関係が育まれていたことを、改めて実感した。

「なるほど。最低でも防寒具と、できれば一年分の食料を用意しろ。どこが安全かは、NASAの発表を見てから判断すべきだ。津波が来る可能性もあるから、標高の高い場所で、地下に避難できる場所を選んだほうがいい。以前、科学番組で見たけど、小惑星の衝突後は塵で太陽光が遮られて気温が一年間で十度下がるかもしれないって話だ」

「わかった。そうする」

「落ち着いたらまた弁当作ってくれよ」

 ああ、いかん、まるで死亡フラグを立てるような言葉を……。店主があまりにも素直すぎて、逆に不安になる。

「生意気言うなよ。鼻毛出てるぞ」

 念のため自分の指で鼻を触ったが、鼻毛は出ていなかった。

「嘘だよ。お前が死亡フラグみたいなこと言うから、こちらも勘ぐってしまった」

 店主が「死亡フラグ」という言葉を口にするのも意外だったが、それで彼の表情が和らいだ。

「おっちゃん、意外とサービス精神旺盛だったのね。これまでの無愛想さは何だったの?」

 確かに、クロを連れているときは優しい顔で声をかけてくれたが、他の客にはほとんど無言だった。

「最後かもしれねぇからサービスだよ」

「じゃあ、俺からもサービス」

 俺はリュックから抗生物質の箱を取り出して店主に手渡した。

「なんだこれ?」

「抗生物質だ。通常は処方箋がないと買えないが、これは海外製のもの。もしものときに生死を分けるかもしれないから、誰にも渡さずに大事に持っていろ」

「いいのか?」

「クロのおやつをいつももらってるお礼だからな」

「ちょっと待ってろ」

 店主は厨房に戻り、数分後に大きな紙袋を抱えて出てきた。

「今から店を閉める。うちの家族だけじゃ食べきれないから持っていけ。お前の好きな唐揚げとハンバーグを入れておいた。二日はもつぞ」

「ありがとう。しばらくはおっちゃんの味を忘れないように大事に食べるよ」

 最後に店主が右手を差し出したので、しっかり握手を交わし、店を後にした。

 感動で目が潤んだが、何とか堪えた。振り返ると、店主の頬を涙が伝っていた。ついに耐えきれず、リンに見られないようその場を立ち去った。隣を歩くリンも、なぜか目を潤ませていた。

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