55.JRAのプレゼントキャンペーンの当選確率は競馬の勝率より絶対高い
日曜日の朝がやってきた。スマホのアラームが6時を知らせ、俺はすぐに目を覚ました。
それまでに株を売却して証券口座から現金を引き出したり、銀行からの融資が無事通って口座に入金されたり、もともとの預金も合わせて、なんとか1,000万円という大金を集めることができた。
当然ながら、1,000万円の現金を持ち歩くのは怖いので、JRAのインターネット投票の会員登録を済ませておいた。これで現金を持ち歩くリスクもなくなり、馬券の購入も払い戻しもネット上で完結できる。
リンとは水曜日の休日を一緒に過ごしたが、木・金・土はこの日のために仕事を片付ける必要があり、俺はリンと会わずに仕事に没頭していた。リンは少し寂しがっていたが、今日のためだと理解してもらい、我慢してもらった。
そして、ついに待ちに待った日曜日。目的のレースが行われる中京競馬場には、リンと二人で行くことにしていた。もちろんテレビやネットでもレースを観られるが、1,000万円という大金を賭ける以上は、直接現地でレースを見届けたいと思ったのだ。
リンとは8時に中野駅で待ち合わせている。
家を出る前に、クロの散歩に行く。朝とはいえ真夏の陽射しは強烈で、少し歩くだけで額に汗が滲む。俺はクロと歩きながらも今日のレースのことで頭がいっぱいだった。クロはそんな俺の様子を気にしてちらちら見ていたが、いつも通り軽快に歩き、元気いっぱいに散歩を楽しんでいた。
散歩を終え家に戻ると、クロは喉が渇いたのか、水をたくさん飲んでいた。俺も汗をかいたので、家を出る前にさっとシャワーを浴びる。緊張であまり食欲がなかったので朝食は摂らず、クロに「行ってきます」と頭を撫で、エアコンをつけたまま家を出た。
中野駅には約束の30分前に到着したが、リンの姿はまだなかった。俺が着いて5分ほどするとリンが元気な足取りでやってきた。
「早上好!(おはよー!)」
リンが中国語で明るく挨拶したので、俺も中国語で返した。
「早上好,琳!」
リンは笑いながら近づいてきて尋ねた。
「怎么了?今天怎么这么早就来了?」(どしたの?なんでこんなに早く来たの?)
「今日は大勝負の日だから緊張してじっとしてられなかったんだ」
リンは笑って俺を見上げる。
「哈哈,颯好可爱啊」(颯は可愛いなぁ)
俺たちは中野駅から東京駅に向かった。リンはワクワクした表情で新幹線を楽しみにしていた。
「実はリン、新幹線乗るの初めてだからすごく楽しみなんだ!」
「中国にも高速鉄道あるだろ?似たようなもんじゃないの?」
「確かに見た目は同じだけど、日本の新幹線はなんだか特別な気がするんだよね。乗ったことないから分かんないけど」
東京駅に到着すると、リンが聞いてきた。
「朝ごはん食べた?」
「緊張で食べられなかったよ」
リンは笑いながら言った。
「じゃあ、何か買おうよ」
俺たちは駅構内の売店で「東京弁当」とお茶を二つ買い、新幹線の指定席に並んで座った。
新幹線が静かに東京駅を出発すると、リンは嬉しそうに東京弁当の蓋を開けた。俺も一緒に蓋を開けると、上品な香りが広がった。
「わぁ、美味しそう!」
東京弁当の中には、東京の老舗の味が凝縮されている。所狭しと美しく並べられた厚焼き玉子や甘辛く煮込まれた牛肉、丁寧に調理された焼き魚が入っている。鮮やかな色合いの漬物も添えられており、見るだけで食欲をそそられる。
一口食べると、煮物はしっかりとした出汁の香りが口の中に広がり、玉子焼きはふんわりとした食感で程よい甘さが絶妙だった。焼き魚も柔らかくて脂がのっておりご飯がすすむ。
「颯、これすごく美味しいね!」
リンも目を輝かせながら食べている。
東京弁当をゆっくり味わったあと、リンが尋ねた。
「今日の競馬って何時から始まるの?」
俺は時計を見ながら答えた。
「15時40分からだ。でも、馬券はもう買っておこうかな」
「そうだよ。ネットで買えるなら、今買っておいた方が安全だよ。何かあって間に合わなかったら困るこんね」
リンの言葉に頷いて、俺はスマホを取り出し馬券の購入画面を開いた。
「これだな。中京競馬場の東海ステークス。あの白い馬だ」
俺は10番の『クロノスマーガレット』の単勝馬券に、1,000万円をすべて投じた。現在のオッズは14倍。これが的中すれば1億4,000万円の払い戻しだ。
馬券を購入し終えて俺が緊張した顔をしていると、リンは優しく励ましてくれた。
「もし負けても大丈夫。リンの中国の実家で一緒に暮らせばいいよ。中国まで借金の取り立ては来ないでしょ?」
俺は思わず笑い、気持ちが楽になった。
「そうだな。負けたらハルピンに逃げるか!」
それから名古屋に着くまで、リンは楽しそうにハルピンの話をしてくれた。
「哈爾濱は中国の中でも特別な街なんだよ。一番有名なのは中央大街かな。100年以上前のロシア風の建物がずらっと並んでて、歩いているとヨーロッパにいるみたいなんだよ。特に冬になると、真っ白な雪で覆われてロマンチックなんだ。夜はライトアップされてもっと綺麗なの。颯と一緒に歩けたら素敵だろうなぁっていつも思ってる。いつか案内するから、一緒に行こうよ?」
リンの瞳は輝いていた。
「いいな、それ。今日のレースで勝ったら本当に行こう。今、夏休みだろ?」
「えっ!本当に?嬉しい!絶対勝つよ!」
そんな話をしているとあっという間に名古屋駅に到着した。俺たちは新幹線を降り、中京競馬場に向かうために名鉄線へと乗り換えた。胸の鼓動はますます高まり、俺はリンの手を握り締めたまま、これから訪れるであろう大勝負を想っていた。




