53.焼き鳥の肉を串から外して箸で食べると必ず「えっ、外して食うの?」と突っ込まれる
翌朝、スマホのアラームが7時を知らせた。
ぼんやりと目を開けると、隣には穏やかな寝息を立てているリンの姿があった。俺はそっとリンの肩を優しく揺らして起こす。
「リン、7時だよ。起きれる?」
リンは目をこすりながら眠そうに起き上がった。
「ああ、もう朝か……」
伸びをしながら小さくあくびをするリンが愛らしくて、俺は思わず微笑んだ。
「クロの散歩に行くけど、一緒に行く?」
リンはまだ半分眠りながらも、「行くー」と元気に答えた。
二人で簡単に身支度を整え、リードを持って玄関で待っていたクロと一緒に外に出た。
朝の空気はまだ涼しく、気持ちよかった。途中、マクドナルドに寄って朝食をテイクアウトする。家に戻ると、まずクロにドッグフードをあげて、それから俺たちも朝食を食べた。
リンはマフィンを頬張りながら時計を気にしていた。
「大学に行く前に家で着替えたり化粧したりしなきゃだから、食べ終わったらすぐ帰らないと」
「そうだな、じゃあ今夜もまたうちに来る?」
俺が聞くと、リンは嬉しそうに微笑んだ。
「もちろん!」
食べ終えるとリンは急いで帰り支度をして玄関に向かい、俺は見送りながら小さく手を振った。
リンが玄関で靴を履きながら言った。
「また夜にね!」
俺も微笑んで頷いた。
―――
リンが出て行ったあと、俺も普段通り会社に出社した。午前中は俺が担当している物件のデータをレインズにアップロードする作業に集中した。午後は査定依頼があった物件の査定に外出したが、この査定はすでに前の世界線で済ませていたため時間が余った。自然と俺の足は高円寺の住宅街の中にある純喫茶へ向かった。
入口近くにあったスポーツ新聞を手に取り、一番奥の席に座る。時計を見るとまだ昼食を食べていない時間だったので、ピザトーストとアイスコーヒーのセットを注文した。俺はお洒落なカフェよりも昔ながらの喫茶店が好きで、特にトーストとコーヒーの香りが心地よかった。
トーストをかじりながらスポーツ新聞をめくっていると、ふと見覚えのある記事が目に留まった。
「今週末の重賞レースに三冠馬が登場!」
確か、前の世界線でも同じ記事を見た。そのレースは圧倒的な人気を誇る三冠馬が騎手のミスで4着に沈み、代わりに全く人気のなかった白毛の牝馬が勝ったのだ。新聞に載っていたあの白い馬の写真が鮮明に脳裏に蘇った。
出馬表を確認すると、その白毛の馬が確かに同じレースに出走していた。この記憶が正しければ、俺は今、大儲けするチャンスを手にしているのかもしれない。
「どうせ12月にはお金なんて紙切れ同然だ……」
俺はひとり呟く。負けたとしてもどうせ世界が崩壊するなら問題ないだろう。預金と株を合わせて俺の資金は約250万円。500万円までなら借りられるはずだから、合わせて750万円を全額この白い馬に賭けよう。
仮に10倍のオッズで勝ったら7500万円だ。これだけあれば残された4ヶ月を有効に使い、今までにできなかった準備も可能だ。競馬の利益には課税があると聞いたが、どうせ政府も止まるから全額使える。俺は胸の中に、久しぶりに明確な希望を感じた。
さっそくスマホを取り出し、ネット銀行のローン申込手続きを完了させた。結果は3日後に出るらしいから、日曜日のレースには間に合うだろう。そして持っている株もすべて売却した。自分が今、とんでもなくギラギラした目をしている自覚がある。
「こんな顔、リンには見せられないな……」
俺は自嘲気味に笑った。
―――
夕方、仕事を終えた俺はリンとLINEで連絡を取り、外で夕食を食べることになった。リンに何が食べたいか尋ねると、「焼き鳥がいい!」という返事だったので、予約アプリを使って高円寺駅前のチェーン店の焼き鳥屋を予約した。
定時で仕事を終えて予約した店に着いたのは約束の15分前だったが、リンは既に店の前で待っていた。
「待たせたな、いつから待ってたんだ?」
俺が声をかけるとリンは嬉しそうに笑いながら答えた。
「10分くらいかな。でもリンは颯を待つの好きだから気にしないで」
その言葉に俺は心が温かくなった。
二人で店に入り予約名を伝えると席に案内された。
席に座ったリンが尋ねる。
「颯、明日休みだよね?」
「うん。リンは大学だろ?」
「明日ね、午後は授業がなくて午前も教授が学会で休講になったから休みなの。だから、今日はビール飲もう?」
リンが無邪気に提案するので俺も笑顔で頷いた。
「そうだな、二人で飲むのも久しぶりだし、飲むか!」
テーブルのタッチパネルでビールと焼き鳥やつまみを適当に注文する。ビールが届き、俺たちはグラスを持って乾杯した。
「それじゃあ、めでたく付き合ったことを祝って乾杯!」
「乾杯!」
ビールを一口飲んだあと、俺は唐突にリンに問いかけた。
「あのさ、俺が4ヶ月後の未来から戻ってきたって言ったら、信じる?」
リンは驚く素振りもなく即答した。
「信じるよ?」
俺はリンの耳元に顔を近づけ、小声で囁いた。
「実は今週末の競馬の結果を知ってる。それに全財産を賭けるから、もし当たったら4ヶ月後の未来に何が起きたか話すわ」
リンは目を丸くして俺を見つめ、笑いながら言った。
「わかった!でももし全財産なくなったら、リンが颯を養ってあげるから大丈夫だよ!」
俺はその言葉を聞いて大声で笑いながら、心の底から温かな気持ちになった。




