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俺とクロのカタストロフィー  作者: ムネタカ・アームストロング
52/81

52.ココ壱行くとトッピングあれもこれも頼んじゃうから安く済ませるの無理じゃね?

定時の19時、俺は急いで会社を出て中野駅に向かう電車に乗った。

電車の窓に流れる街の景色を眺めながら、ふとこれまでリンと過ごしてきた1年間の思い出が鮮やかに蘇った。

リンと出会ったのは、ちょうど1年前の7月だった。中国語の個人レッスンのアプリでたまたま見つけたリンにメッセージを送ったのがきっかけだった。最初はM大学のカフェテリアでレッスンを受けるという関係だったが、次第に中国語の勉強だけでなく、カラオケに行ったり、飲みに行ったり、中国物産展に買い物に行ったり、池袋のガチ中華巡りをしたりと、気がつけばほとんどデートと呼べるような時間を何度も過ごしていた。

特に予定がなくても、お互いに時間が合えばカフェで会って、一緒にいてもそれぞれがゲームをしたり勉強したりするだけだったりした。それでも、ただ一緒にいるだけで心が落ち着き、リンといることが日常の一部になっていた。

当然、リンが俺に好意を寄せていることはずっと前から気づいていた。ただ、あの曖昧な関係が心地よくて、それ以上関係を進める勇気が持てなかった。恋人になって関係が壊れることが怖かったのかもしれない。

それなのに、俺は別の世界線で舞と結婚したり、湊と付き合ったり、自分でも節操がないということはリンに刺されて痛感したのだった。

考えごとをしている間に電車は中野駅に着いた。待ち合わせの時間より30分以上も早く着いてしまったが、どこかの店に入るにも中途半端な時間しかなかったので、そのまま南口へ向かった。

すると、すでに南口にはリンが立っていた。スマホを片手に持ちながら時々改札の方を確認している。

「あいつ、いつもこんなに早くから待ってたのか……」

胸が苦しくなった。リンが俺の姿に気づいて、笑顔で軽く手を振る。

俺は早足でリンの元へ近づいた。リンが微笑みながら俺に声をかける。

「どしたの?こんなに早く着いて」

その瞬間、俺は感情を抑えることができず、無言でリンを強く抱きしめていた。

リンは最初こそ驚いたが、すぐに俺の抱擁を受け入れ、優しく背中を撫でてくれた。

「颯、どうしたの?」

俺は震える声でリンに尋ねた。

「おまえ、いつもこんなに早く来て俺を待ってたのか?」

リンは小さく笑いながら頷く。

「うん、そうだけど?」

「今度から俺も早く来るわ」

やっと絞り出した言葉だった。

リンは中国語で優しく俺の髪を撫でながら言った。

「颯,别哭啊,没事的。」(颯、泣くなよ。大丈夫だよ。)

リンが辺りを見回してから、小さく笑った。

「みんな見てるからさ、颯の家に行こう?」

気づけば周囲の通行人がチラチラとこちらを見ていた。

「そうだな……リンがうちに来るの初めてだよな。いいのか?」

リンは照れたように小さく頷いた。

「うん」

俺はリンから少し離れ、そのまま手をつないで改札に入り、電車に乗り込んだ。電車の中ではお互い無言だったが、繋いだ手の温もりだけは確かに感じられた。

家に着き、ドアを開けるとクロが尻尾を振って出迎えてくれた。

リンは「クロ―、きたよー」と言いながら、その場にしゃがんでクロを優しく撫でた。クロは嬉しそうにリンに体を寄せている。

俺はリンをソファに座らせると、冷蔵庫からウーロン茶を二本出し、一本をリンに渡した。そして隣に腰を下ろし、お茶を飲んで少しだけ落ち着いたところで、リンの方に体を向け、リンの手をしっかり握った。

リンが俺を大きな瞳でじっと見つめ返してくる。その瞳を真っ直ぐに見つめて、中国語で告げた。

「我一直喜欢你,请和我交往吧。」(ずっと好きだった。俺と付き合ってほしい。)

リンは驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔になりはっきりと中国語で答えてくれた。

「好啊,我也一直喜欢你。」(うん、いいよ。私もずっと颯が好きだよ。)

そのまま俺はリンを強く抱きしめた。リンもその抱擁に身を任せてくれた。

しばらく抱き合ったままでいると、リンのお腹がグーっと鳴った。

リンが恥ずかしそうに笑いながら言った。

「お腹空いちゃった……」

「あっ、ごめん。ご飯奢る約束だったからお腹空いたよな。これからどっか食べに行くか?」

「遅いから家で食べよう?」

「そうだな。じゃあ、クロの散歩がてら何か買いに行くか」

「うん」

「散歩」という言葉を聞いたクロが、嬉しそうにリードを咥えて俺のところへ持ってきた。

俺は片手にクロのリードを、片手でリンの手を握りながら外へ出た。

「なに食べたい?」

リンはしばらく考えてから楽しそうに言った。

「初めて彼氏ができて最初のご飯だから、これは悩むねー」

「それは大事だな。俺は何でもいいから、リンが決めていいよ」

「じゃあカレーがいいな。颯と初めて二人で食べに行ったのカレーだったの覚えてる?」

「もちろん覚えてるよ。リンが日本の辛口は大したことないって言って10辛を頼んで、食べれなかったやつだろ?」

リンは顔を赤くして笑いながら言った。

「日本に来たばっかりだったし、あんなに辛いと思わなかったんだもん」

俺たちは笑いながら、近くのチェーン店のカレー屋に向かった。クロは店に入れないため、リンの分も聞いて俺だけが店に入り、二人分のカレーを買って帰った。

家に戻ってクロにはドッグフードをあげ、俺たちはカレーを食べた。

「今日こうなると思ってなかったから何も準備してないんだよね……」とリンが困ったように呟く。

リンは「何もしない?」と恥ずかしそうに聞いてきた。

「うん、何もしない。約束する。」

「じゃあ、泊めてもらおうかな。じゃあ、汗かいたし、コンビニで着替えだけ買いに行こう」

再び手を繋ぎコンビニに向かい、リンの下着とオーバーサイズのTシャツを買った。リンは自分で買うと言ったが、俺がそれを買ってあげた。

家に戻りシャワーを浴びると、リンはTシャツ1枚の姿で俺の隣に座った。その姿をちらちら見ているとリンは悪戯っぽく笑った。

「そんなに見て我慢できるの?何もしないんでしょ?」

「ごめん、バレてた?でも約束は守るよ」

「信じてるよ」

二人でベッドに入り、手をつないだままリンが尋ねた。

「今日、何かあった?」

「リンが遠くに行く夢を見てさ、もう気持ちを抑えられなかった」

リンは俺の手を強く握り返して囁いた。

「我哪里也不去,会一直陪着你。」(私はどこにも行かないよ。ずっと一緒だよ。)

俺たちは手を握ったまま朝まで眠りについた。

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