表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺とクロのカタストロフィー  作者: ムネタカ・アームストロング
50/81

50.心に直接語り掛けられたときは、こちらも心で語り掛ければ通じるのか

意識が戻った。リンに刺された胸の痛みはない。

ゆっくりと目を開けると、濃い霧が立ち込める湿地帯に立っていた。足元には浅い水たまりが広がり、どこまでも同じような灰色の景色が続いている。

ふと気配を感じて隣を見ると、クロが静かに佇んでいた。

俺は自然に膝をつき、クロの頭を撫でてやった。

「おまえも来たのか……」

クロは黙って俺の顔を見上げている。静かな場所で、時間の感覚も失われているようだった。

しばらく周囲を見渡していると、突然、脳内に鮮明な映像が流れ込んできた。

そこには、血の気が引いた俺の身体を膝に乗せて床に座り込むリンの姿があった。リンは涙を流しながら俺を刺したナイフをゆっくり自分の首に当て、そのまま深く切り裂いた。リンは崩れるように倒れ、そのまま息絶えた。

その映像の端では、舞の悲痛な叫び声が響いている。祖父母や父、爽と湊が各自の部屋から慌てて集まってくる様子も映っていた。

父が「医者を呼んでくる!」と叫び、玄関を飛び出した時、クロも一緒に飛び出して外へ向かった。クロはそのまま家の裏に回り込み、深い雪の中に静かに蹲った。そしてそのまま、凍死した。

映像が終わると同時に、脳内に直接語りかけるような声が響いた。

「今回は君が死んだ後どうなったかを見せてあげたよ。その犬は君が死んだことを知って、自分から外に出て凍死したね。君を殺した女の子も死んだけど、残念ながらここに来られたのは君とその犬だけだ」

俺は呆然とその声を聞いていた。

「君がここに来るのは何回目だと思う?」

俺は記憶を探り、戸惑いながら答えた。

「……二回目です」

声が穏やかに笑った。

「違うよ。五回目だよ。まあ、一回目から三回目の記憶は君に引き継がれなかったから無理もないけどね。その犬はちなみに、五回分全部の記憶を持っているけどね」

俺は驚いてクロの方を見ると、クロは尻尾を静かに振りながら、優しい瞳で俺を見つめていた。

「クロ……おまえ、ずっと一緒にいてくれたのか……」

俺は膝をついてクロを強く抱きしめた。クロはじっとその腕の中に収まっていた。

「すみません。他の三回、俺はどうやって死んだか教えてもらえないでしょうか」

俺が尋ねると、声は気軽に答えた。

「ああ、別にいいよ」

再び脳内に映像が流れ始めた。

一回目の映像では、俺とクロが高台から迫りくる巨大な津波を見つめていた。周りを見回しても、これ以上高い場所はどこにもない。津波が次々と山を飲み込み、俺たちの目前まで来た瞬間、映像はブラックアウトした。

「これが一回目。隕石が予定通りに落ちて、大津波が起きて死んだパターンだよ。この時は政府の避難指示が全然なくて、みんな逃げ遅れちゃったんだ。じゃあ次ね」

二回目の映像では、俺は飛行機の中にいた。隣には湊が座り、俺たちは手を繋いでいた。

「この世界線では君はこの子と付き合ってたんだよ」

飛行機が突然激しく揺れ、天井から酸素マスクが降りてきた。客室乗務員が叫んでいる。

「落ち着いてください!頭を下げて!できるだけ体を小さく丸めて!」

窓の外には急接近する海面が見え、次の瞬間、大きな衝撃とともに視界が暗転した。

「これはね、君たちが北海道に避難する飛行機がロシア軍に撃墜されたんだよ。本当に運が悪いね。じゃあ次ね」

三回目の映像では、俺は祖母の家の庭で薪を割っていた。隣家から悲鳴が聞こえ、俺は手にしていた鉈を持って駆けつけると、幼馴染の桜ねえが外国人に襲われていた。俺は男に向かって鉈を振り下ろしたが、直後、仲間の男に背後からナイフで刺され、視界が暗くなった。

「この時、君はこの女の子と再会していい感じになってたんだよね。本当にモテるよね。顔がいいからかな?まあ、この後は君の知ってる世界線と同じだよ」

俺は呆然として、舞、湊、桜ねえとも付き合っていた世界線があったこと、そしてどの世界でもリンが悲しい思いをしていたことを思い浮かべていた。

「さて、そろそろ時間だね。どうする?もう一回やる?それとも新しい人生に転生する?」

俺は少し迷った。こんな辛い世界なら、新しい人生も悪くないかもしれない。その瞬間、クロが突然「ワン!」と一声吠え、その場で二回くるりと回った。

俺はクロを見つめ、優しく尋ねた。

「もう一度やり直そうってことなのか?クロ」

クロははっきりと、「ワン!」と返事をした。

俺は決意を固めて声の主に言った。

「もう一度やらせてください」

声は軽やかに返答した。

「おっけー、記憶はまた残してあげるから。次こそ頑張ってねー」

次はクロを死なせない。そう思った瞬間、俺の視界が暗転した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ