5.好きな人から恋人ができたと言われたときの正しい反応を知りたい
翌朝。俺が目を覚ましたとき、爽はまだ夢の中だった。物音を立てぬようクロを連れて早朝の散歩へ。杉並上空では自衛隊らしき輸送ヘリと攻撃ヘリの編隊が何度も通過し、さらに高空を戦闘機が飛び交っている。都心で大規模な訓練でもあるのだろうか──不穏な轟音に胸がざわつく。
散歩を終えても爽は布団のなか。
「おい、そろそろ起きろ」
薄目を開けた弟はスマホの時刻を確認し、跳ね起きた。
「危なっ、寝過ごすとこだった!」
「二度寝すんなよ。俺は先に出るから後でな」
◇
いつもの時刻に出社すると、店舗前を掃除する浅野さんの手が目に留まった。薬指に輝くリング──昨日までなかったものだ。上司だった人が弟の妻、つまり俺の義妹になる。その事実を咀嚼しきれぬまま挨拶だけ交わし店内へ向かうと、背後から
「お義兄さん、これからもよろしくね」
と軽やかな声。営業スマイルで「あ、はい」と返し、デスクに向かった。
朝ミーティング前、浅野さんが皆を集める。
「私事で恐縮ですがご報告です。涼風さんと結婚します!」
店内が悲鳴とどよめきで揺れた。誤解を招く前に手を挙げたが──
「違います! 俺じゃありません!」
「え~、颯は私が結婚するのイヤ?」と浅野さん。周囲がさらにざわつく。
「だから説明してくださいって!」
「旦那は颯の弟、爽くんです」
「弟!?」と全員の声が重なる。浅野さんは続けて封筒を支店長に差し出した。
「一週間で案件を引き継ぎ、有休を消化して退職します」
佐藤支店長が青ざめた。
「待って! 結婚しても働けるだろ。彼にこっちへ来てもらえば──」
「爽くんは道庁職員なので札幌へ行きます。しばらく専業主婦をやってみたいんです」
支店の売上の半分を稼ぐエースの退職に店長は項垂れるが、社員たちが口々に励ます。
「というわけで、きょうのミーティングは店長にバトンタッチ。私は颯と湊に引き継ぎをするので二人ともきょう一日空けといて。あと突然で悪いから、昼は私のおごりで《山勝》の弁当ね。食べたいメニューをメモして颯に渡して」
弁当当番は俺に決定。せっかくの奢りだ、デラックス幕の内か和牛100%ハンバーグか──と浮かれていた矢先、店内のスマホが一斉に警報音を鳴らした。画面には見慣れぬJアラート。
『本日16時、NASAが重大発表を行います。すべての国民はテレビまたはラジオを視聴してください』
弁当選びの最中に警報──どこかで見た光景。強烈な既視感が脳裏をかすめる。ディスプレイの文字列を見つめながら、背筋に冷たいものが走った。
小惑星レオニー。もし軌道が変わり、衝突の可能性があるとしたら──最接近まで三日もない。笑い話で済むならそれでいい。だが最悪に備えるなら、いま動くしかない。
俺は拳を握り、決断した。