49.株主優待を使うために普段買わない余計な買い物をしてしまうから実はお得じゃない説
クリスマスイブがやってきた。北海道は相変わらず深い闇の中だが、今日は家族皆が特別な日として少し明るい気持ちで過ごしていた。
祖父と父は毎日裏山へ入り、切り倒した白樺の木を輪切りにして、何度もソリに乗せて納屋に運んだ。運び終わった薪は倉庫で割って乾燥させるのだが、使えるようになるまで少なくとも1年以上かかるという。完全に乾燥するまで待つことは難しく、今使っている薪がなくなったら、それを使うしかないと祖父と父は話していた。
爽は役場勤務が日常化し、平日は毎日10時から15時まで働いている。ただし、役場で使う発電機の燃料や灯油節約のため、業務は月・水・金の週3日、1日5時間の勤務になった。金融システムが復旧していないため、給料は後日まとめて支払われるらしい。
この10日ほど北海道では大きな地震が発生しなかった。北海道大学の教授は、全国的に群発地震が収束しつつあり、このまま収まる可能性が高いと言っていた。
さらに朗報として、足寄町の水力発電所がクリスマスイブの17時に再稼働し、町内に送電を再開するという知らせが北電の社員から町内会に届けられた。電力は大量には使えず節電が求められたが、電気料金は3ヶ月間無料という嬉しい措置だった。
祖母とリン、湊は特別な日ということでクリスマスのご馳走を準備してくれていた。ポテトサラダと、冷凍保存してあった鶏肉を使ったザンギだ。これで隕石衝突前に用意していた肉は全て使い切ることになる。最近、物々交換で得た塩漬けの牛肉と豚肉が20kgほどあるが、今後1年は新たな肉の入手が難しいため、少しずつ使っていく方針だ。プロテインや缶詰などでタンパク質の不足は心配ないが、やはり肉はありがたい。
17時ちょうど、リビングのLEDライトが約2週間ぶりに灯った。文明の温かさに包まれ、家族みんなで歓声を上げて喜んだ。
俺はすぐにモバイルバッテリーや災害用バッテリー、充電式電池の充電を始めた。舞が嬉しそうに声を上げる。
「電気も戻ったし、早くスマホも開通してくれないかなー」
パーティーの前に風呂を済ませることになり、準備ができた者から順番に入った。俺と舞は電気が戻ったあとも、一緒に風呂に入る習慣が抜けず、二人で入ることにした。
「電気が戻って明るいと、ちょっと恥ずかしいね……」
舞が照れながらそう言ったが、それでも一緒に入りたい気持ちが勝ったようで、頬を赤くしながら俺と一緒に浴室に入った。浴室の照明が戻ったことで、久しぶりに見る舞の肌は透き通るように白く、少し恥ずかしそうに微笑む彼女の姿に胸が高鳴った。
「明るい中で一緒に入るの、なんだか新鮮だな」
「もう、やめてよ、恥ずかしいんだから」
笑い合いながら湯船に浸かり、二人で暖かい時間を過ごした。
風呂を出てしばらくすると、リンと湊も二人で風呂に入り終え、明るいリビングでのクリスマスパーティーが始まった。部屋が明るく暖かいことの素晴らしさを改めて実感した。
テーブルにはザンギ、ポテトサラダ、チーズとクラッカー、そして父が札幌から持ってきた赤ワインが並んだ。祖父母も含め皆でグラスにワインを注ぎ合ったが、祖父母の家にはワイングラスがなかったので、普通のグラスに注いで乾杯した。
「メリークリスマス!」
久しぶりの揚げ物は驚くほど美味しかった。ふと、高円寺で毎日通った弁当屋のおじさんを思い出した。今回の世界線では逃げるように言わなかったが、あの人は娘や孫と逃げられただろうか……少しだけ後悔した。
1時間ほど経ち、父は風呂に入りに行った。祖父母は早寝の習慣がついてしまい、「もう起きてられないから」と寝室へ戻った。祖母は後片付けを気にしていたが、俺と舞がやるからと安心させて寝てもらった。
リビングに残った俺と爽、舞、湊、リンの5人は、ラジオから流れるマライア・キャリーの『恋人たちのクリスマス』をBGMに3本目のワインを開けた。
舞がふと思い出したように言った。
「そういえば、私少しだけど株持ってたんだよね。あれどうなったかな?」
俺はグラスを傾けながら答えた。
「どうだろうね。隕石衝突前に証券取引所が停止したってニュースで見たから、そのまま売買できずに残ってるんじゃない?でも会社が潰れてる可能性もあるよ。なんの株だったの?」
「えっと、株主優待目当てで買った鉄道会社だよ」
「あー、それなら潰れることはないだろうね。復興で政府も支援するだろうし」
「そっか、それならよかったよ」と舞は安心したように微笑んだ。
23時を回り、湊がうとうとしていたので、爽が「じゃあ、僕たちは寝るね」と言って湊を抱えて寝室へ向かった。ふと見ると、舞もソファーに座ったまま眠っていた。
リンと目が合った。
「片付けよっか」とリンが笑顔で言った。
「いいのか?当番じゃないのに」
「うん、舞さん起こすのかわいそうだから、リンが代わってあげる」
「そっか、ありがとう」
二人で食器をシンクに運び、並んで洗い物を始めた。しばらく静かに作業をしていると、リンがふいに中国語でつぶやいた。
「颯,为什么不是我呢?」(颯、なんで私じゃないの?)
俺は少し困って、同じく中国語で答えた。
「不是你不好,只是时机的问题。」(リンがダメってわけじゃない。ただタイミングの問題だよ。)
リンはさらに真剣な目で俺を見つめて言った。
「那,如果时机对了,是不是就会选我?」(じゃあ、もしタイミングが合ってたら、私を選んだ?)
俺は苦笑して答えた。
「这种问题,不该问已经结婚的人。你是不是喝多了?」(そんなこと、既婚者に聞く質問じゃないぞ。飲みすぎだろ?)
リンは静かに俺の手を握り、優しく言った。
「我没醉。其实我没喝多少。请你认真回答我。」(酔ってないよ。実際ほとんど飲んでない。だから真面目に答えて。)
俺は深くため息をつき、小声で答えた。
「如果是在另一个世界线,也许我们会在一起吧。」(もし別の世界線だったら、俺たちが一緒にいたかもしれないな。)
リンは安心したように小さく笑った。
「这样啊,太好了。」(そっか、よかった。)
その瞬間、リンの手に持っていたナイフが俺の胸に突き刺さった。
「えっ……なんで……?」
崩れ落ちる俺をリンが抱きしめ、耳元で静かに囁いた。
「对不起,我再也忍不住了。下个世界线,请一定要选择我。」(ごめんね、もう耐えられなかった。次の世界線では、私を選んでね。)
唇にリンの柔らかい唇が触れる感触だけがはっきりとわかる。
最後に薄れていく意識の中、舞の悲痛な叫び声だけが鮮明に耳に届いた。




