47.朝まで飲んだ後に「えっ、もう夜?」というぐらい寝すぎたときの気持ちよさは罪悪感でプラマイゼロ
翌朝、スマホのけたたましいアラームで目を覚ました。暗闇のなか手探りで画面を確認すると、表示されている時刻は朝7時だ。しかし、カーテンを開けても窓の外は月のない夜中のように真っ暗だった。
「え……?」
何かおかしい。もう日の出の時間を過ぎているのに、まるで夜更けのような暗闇が広がっている。俺は部屋の壁に掛かっているアナログ式の時計も確かめたが、こちらも確かに7時を指していた。
「これ、時計が狂ったのかな……いや、もしかして夜の7時じゃないか?」
不安になって隣で寝ていた爽の肩を軽く揺すった。
「ん……どうした?」
爽は眠そうな目を擦りながらスマホを確認したが、俺と同じ7時の表示だった。爽も顔を曇らせる。
「いや、間違いなく朝だと思うよ。寝る前も夜だったから」
俺たちは暗い廊下を手探りで歩き、リビングに向かった。リビングはランタンの淡い光に照らされ、既に祖父母や良雄たちが起き出してラジオを囲んでいた。
「おはよう……って、外、どうなってるんだ?」
祖父に尋ねたが、彼も首を振るばかりで、ラジオのアナウンサーもこの状況についてはまだ何も言及していないようだった。
祖母と舞が温かい味噌汁とお握りを用意してくれ、薄暗い中、皆で朝食を囲んだ。食べている最中にラジオから気象庁の緊急発表が流れ始めた。
『日本全土が隕石衝突の影響で地表から舞い上がった塵や灰に覆われています。現在、日本の広範囲で日光の約90%が遮断されている状況です。この現象は数ヶ月から最長で1年半ほど続く可能性があります。政府と気象庁は現在詳しく分析中です……』
祖父は青ざめた表情でつぶやいた。
「1年半もこの暗さが続いたら米が作れなくなる……みんな餓死してしまうぞ」
皆の顔が一気に曇ったが、俺は皆を安心させるように言った。
「うちには3年分の保存食があるから、家族分の食料は大丈夫だよ」
その一言に、祖父も良雄も舞達も少し安堵の表情を浮かべた。
朝食後、とりあえず俺と祖父、爽、それにクロで自警団の朝の見回りに行くことになった。父は女性陣だけでは何かあった時に不安だと、家で留守番をすることにした。
懐中電灯を手に集会所に到着すると、まだ集合時間の15分前だったため、俺たち以外には誰もいなかった。やがて町内会の人たちが、暗闇を照らしながらぽつりぽつりと集まり始めた。
「こりゃ大変なことになったな」
「一体、これからどうなっちまうんだろうな」
全員が口々に不安を吐露する。全員揃ったところで、自警団のメンバーはそれぞれの地区を回り始めた。家々を訪ねると、どこも異常はなかったが住人たちは口々に不安を漏らした。朝の見回りは無事に終わったが、皆の表情は晴れなかった。
家に戻ると、ラジオで政府の緊急声明が始まった。
『政府は当初、春からの食料増産を予定していましたが、この暗闇が長期間続く可能性があるため、即時に新たな策を実施します。国内全ての原子力発電所を直ちにフル稼働させ、原子力発電所周辺に水耕栽培の食料工場を建設し、一ヶ月以内に稼働を開始することを閣議決定いたしました。これにより、国内の必要カロリーの約70%を賄える見込みであり、少なくとも餓死者を出さないことを約束します。』
さらに政府は、家庭への電力供給は食料生産が安定してから再開すると発表した。この具体的な発表で混乱は抑えられると、爽が説明してくれた。
「これはかなり迅速で具体的な策だよ。たぶんこれで大きな混乱は起きないと思う」
爽はさらに続けて言った。
「札幌の道庁に戻るのはもう無理そうなんだ。職員には避難先の市町村役場で道庁職員として役場の運営に協力するよう指示が出ているから、明日から俺も足寄町役場に出勤するよ」
祖父は難しい顔で言った。
「春までの薪はあるが、1年半ともなると足りないな。明日から俺と良雄、颯で見回り以外の時間は裏山の木を伐採して薪を調達するしかない」
祖父の予想では、この暗闇で冬はさらに寒く、夏でも気温が上がらないだろうということだった。
昼食は祖母が作った味噌お握り、味噌汁、それに懐かしいニシン漬けだった。東京にいる間は食べていなかったニシン漬けの酸味と旨味が心に沁みた。
昼を過ぎても外は夜のように暗く、ランタンの電池の在庫が心配になった。ガスやオイル式のランタンを備えておかなかったことが悔やまれた。
午後、祖父と父は町内会の集まりに出かけた。暇を持て余していると、舞が「筋トレしよう」と言い出し、二人でスクワットを始めると、湊とリンも途中から加わり、いつの間にか俺がリードするブートキャンプのようになってしまった。それを見て爽が大笑いしている。
夕方、祖父と父が戻ってきて町内会での決定事項を報告してくれた。
「町内の酪農家が子牛と子豚を除いて家畜を塩漬け肉に加工する。物々交換で町民に肉を分けてくれるそうだ。交換品は医薬品や電池、トイレットペーパー、生理用品、酒、タバコ、紙おむつなどの非食品だ」
家には医薬品のストックが大量にあるので、医薬品を交換品にすることになった。来週コミュニティーセンターで交換会が開かれるという。
その夜、リンが「自分は一人でいいから、湊は爽と一緒に寝てほしい」と言い出したので、部屋割りが変更された。湊と爽が1階の客間を使い、リンは2階の4畳半の小さな空き部屋でクロと寝ることになり、舞は再び俺の部屋に戻ってきた。
節約のため夕食を早めに済ませたあと、俺と舞はランタンの淡い光の下、二人で風呂に入った。入浴後、薪ストーブの火を落として各自自室に戻った。寒さを凌ぐために舞と俺は一つの布団に入り、しっかり抱き合って眠った。外は相変わらず真っ暗だったが、舞のぬくもりを感じながら、小さな安堵の中で眠りについた。




