46.金なときにカレー屋で一番安いカレー注文して、らっきょを山盛りに乗せてお腹いっぱいにしたことがみんな一度はあるはず
翌朝、まだ暗さの残るなか、俺は父と祖父、そしてクロを見送った。今日は見回りを彼らに任せ、俺と爽は帯広にレンタカーを返却するために出発することになっていた。
「気をつけてね」
舞が玄関先で俺の手を軽く握り、リンも少し不安そうにこちらを見ている。その横で、湊が爽の車のドアに手をかけた。
「あたしも行きたい! 一緒に連れてって!」
爽は柔らかな笑みを浮かべ、湊の頭を優しく撫でると「もちろんいいよ」と頷いた。
俺はレンタカーに乗り込み、爽は自分が乗ってきた黒いハイブリッドカーのハンドルを握った。燃料は帰路分がギリギリ残っているかどうかだが、帯広で給油できることにかけるしかない。
帯広への道は静まり返り、すれ違うのは数台のトラックと一台のパトカーだけだった。みんな燃料節約のためか外出を控えているようだった。
帯広市内に入ると、予想に反して普段より少ないとはいえ、車や人がそれなりに動いている。レンタカーショップに到着すると、店内には一人だけ従業員が残っていた。
「新たな貸し出しは停止しているんですけど、返却に来てくださる方がいるので交代で店を開けています」
俺がガソリン満タンでの返却ができないことを伝えると、従業員は手を振って微笑んだ。
「非常事態ですから、返しに来てくれただけでもありがたいですよ。隕石衝突以降、期限を過ぎても返却に来ない方が多いんです」
車を返却し終え、俺たちは近くの駐車場に爽の車を停めて、帯広市内を歩き始めた。まず駅へ入ったが、構内の店舗は全てシャッターが下り、休業の貼り紙が虚しく揺れていた。
駅員に尋ねると、JRはかろうじて動いているが一日に二本のみ運行とのことだった。
駅を出て中心街を散策すると、街中の店はほとんどが閉まっており、ゴーストタウンのようだった。しかし一軒だけ、五人ほどの行列ができている店が目に入った。
「インデアン? カレー屋さんだね。営業してるんだ」
湊の声に釣られて、俺たちは列に加わった。店内は照明が消え、暖房も効いていなかったが、満席で活気があった。
店員が申し訳なさそうに告げる。
「すみません、非常事態で『インデアンカレー』一種類だけです。トッピングや大盛りもできませんが、いいですか?」
もちろん断る理由はない。三人で熱々のカレーを注文した。
運ばれてきたカレーはシンプルなルーとご飯のみだが、一口食べると、芳醇なスパイスの香りとコクのある甘辛い味が口いっぱいに広がった。辛さは控えめだが、旨味が凝縮されている。空腹だった俺たちの胃袋を満たすには最高のご馳走だった。
食後、店員にガソリンスタンドの情報を尋ねると、彼は首を横に振った。
「開いている店はありますが、あの日以降、タンクローリーが一度も来ていないんです。救急車両以外は給油をできないんですよ」
店を出て再び散策すると、爽が言っていたとおり、セーコーマートには長蛇の列ができていた。
「もしかしたら野菜か肉があるかもしれない」
湊が言い、俺たちも列に並ぶ。順番が来て店内に入ったが、生鮮食品や弁当類はまったくなく、棚はがらんとしていた。唯一、「お一人様ひとつまで」と書かれたセイコーマートのPBカップラーメン『山わさびラーメン』だけが残っていたので、一人一つずつ購入した。
再び車に戻り、今度は爽のハイブリッドカーに三人で乗り込んだ。運転席に爽、助手席に湊、俺は後部座席だ。道中ラジオをつけるが、そこから流れる情報は暗いものばかりだった。
ラジオの専門家は深刻な口調で言った。
『輸入が再開されない場合、国内の食料備蓄はあと二ヶ月で底をつきます。この冬に餓死者が出る可能性があります。政府は春になれば食料生産を急ピッチで進めるとしていますが、収穫までには約二割の日本人が餓死する可能性があると推測されます――』
聞いていた湊が怒りを露わにした。
「こんなこと言ったら、普通の善良な人まで食料確保のために犯罪に手を染めるかもしれないじゃない。煽ってるだけだよ!」
爽はハンドルを握りながら湊を優しく諭すように言った。
「湊の言う通りだよ。こういう時こそ冷静になって、互いに助け合うことが大事なんだ」
「でも実際、混乱が起きるのは事実だろうな……」
俺は複雑な気持ちで頷いた。
そんな会話をしているうちに、車は祖父の家に到着した。
「うわー、結局ガソリン補給できなかったね。あと1目盛りしかないから、これは車では札幌には戻れそうにないな。かろうじてJRが動いてるみたいだから、それで帰るしか…」
爽がぶつぶつ言っているが、気にせずに山わさびカップラーメンの袋を手に持って、俺は祖父母の家に入った。




