39.彼女のお母さんと会ったときって何て呼べばいいか悩む問題。おばさん?〇〇ちゃんのお母さん?
隕石が衝突する22時30分に備え、夕飯は簡単なもので早めに済ませることになった。そして、全員が早めに風呂を済ませることにした。
食後、俺たちは家中の食器類を慎重に棚にしまい込み、大きな家具は壁に固定して地震に備えて安全を確保した。棚の上の置物や花瓶も念入りに新聞紙で包んで段ボールに詰め、祖父母の的確な指示のもと、良雄と俺が力仕事を担当した。舞、湊、リンも細かい作業を率先して進め、準備は着々と進んだ。
作業が終わった頃、爽から電話がかかってきた。
「兄ちゃん、そっちは問題ない?」
「こっちは全員揃って準備万端だ。お前のほうこそ大丈夫か?」
「ずっと庁舎に泊まり込みだよ。災害対策本部に張り付いていて、何かあればすぐ対応できるようにしてるから、そっちには行けないけど…」
「心配するな、こっちは任せろ」
湊に電話を渡すと、彼女は不安げに爽に話しかけた。
「爽、みんな優しくて困ってないけど、やっぱり不安だから早く来て」
湊の声には震えが混じっていた。
電話を終えた後、俺は舞、湊、リンに提案した。
「明日から通信がどうなるかわからないから、今のうちに家族と連絡を取っておいた方がいいよ」
みんなはそれぞれ自室に戻って電話をかけ始めた。しばらくすると舞がリビングに戻り、小声で俺に告げた。
「両親が颯と話したいって」
俺は舞の電話を受け取り、彼女の両親に丁寧に結婚の挨拶をした。
良雄が隣から「俺にも挨拶させろ」と電話を受け取り、舞の両親に礼儀正しく挨拶した後、落ち着いたら山形に挨拶に行くと約束した。祖父も電話を取り、「こちらは安全です。安心してください」と舞の両親を穏やかに励ました。
その後、湊もリビングに戻ってきて、良雄に電話を渡した。
「父が良雄さんと話したいって」
良雄は湊の父が有名な国会議員だと知って驚いていた。湊の父は緊急事態のためアメリカから日本に戻り、現在は地元に近い長野に避難していると話し、落ち着いたら湊を迎えに行くのでよろしくお願いしますと丁寧に頼んでいた。
最後にリンが申し訳なさそうにリビングに戻り、俺に言った。
「颯、私の両親とも話してほしい。」
リンの部屋に向かう途中の廊下で耳元顔を近づけてきて小声で「実は彼氏ってことにしてあるから、話を合わせて」と言われて驚いたが、得体の知れない男の家に娘を預けるのは確かに両親も心配するだろうから、これは必要なウソだと思って了承し、リンの部屋に行きスピーカーフォンをオンにして両親と通話を始めた。
リンの母親の温かく心配そうな声が電話越しに聞こえた。
「颯,你能保护好我们的琳琳吗?我们很担心。」
(颯、私たちのリンをしっかり守ってくれますか?とても心配です。)
俺は緊張を抑えながら答えた。
「请放心。我一定会保护好琳琳,不会让她受到任何伤害的。」
(安心してください。俺は絶対にリンを守ります。彼女には何の危険も及ばないようにします。)
リンの父が電話を引き継いだ。
「颯,我们从来没有见过你,但琳琳告诉我们你是个可靠的人。谢谢你在这个时候陪着她。」
(颯、私たちは君と会ったことがないけど、リンは君が頼りになる人だと言っている。この時期に彼女と一緒にいてくれてありがとう。)
俺は丁寧に返した。
「这是我应该做的。我一定会照顾好琳琳,请您和阿姨放心。」
(これは私が当然すべきことです。必ずリンを守りますから、安心してください。)
リンの母が再び話しかけた。
「等事情过去了,你们一定要来家里坐坐,我们也想见见你。」
(状況が落ち着いたら、必ず家に来てくださいね。私たちもあなたに会いたいです。)
「一定的。我和琳琳一定会去看望你们的。」
(必ず行きます。私とリンは必ず伺います。)
リンは隣で頬を赤く染め、小さく頭を下げていた。
全員がリビングに戻った時には、時計は22時を少し回っていた。テレビでは衝突予測地点の空が映されていた。
「隕石、全然見えないものですね」湊がつぶやいた。
22時30分、画面に隕石が映った瞬間、テレビはホワイトアウトした。
「ただいま隕石が衝突したと思われます。命を守る行動をしてください」
アナウンサーの緊迫した声が何度も繰り返された。
22時45分、政府の緊急発表が始まった。
「JAXAからの報告によりますと、日本時間の22時30分に中央アジアのカザフスタンにレオニーの衝突が確認されました。衛星通信が遮断されましたが、海底ケーブル経由の通信は可能です。ただし衝突地点の周辺国とは連絡が取れません。また、アメリカ本土、ハワイ、グアムが核攻撃を受けて通信が途絶えています。アメリカ大統領は横田基地に到着し、日本国内に臨時政府を設置しました」
アメリカの臨時政府が横田基地に?これは元の世界線にはなかった動きだと俺は気づき、不安が広がった。
直後に緊急地震速報が流れた。
「九州地方で震度6強の地震が発生しました!」
全員の表情が緊迫した。数十分後、島根でも震度6強の地震が起きた。
「津波の可能性があります。沿岸部の方は高台へ避難してください」
テレビのアナウンサーが繰り返した。
外は静かに雪が降り続き、俺たちは互いに距離を縮め、テレビ画面を見つめた。
11時頃になると、祖父母は北海道ではまだ特に影響が出ていないため、安心して自室へと引き上げて行った。
リビングでは残った俺たちがニュースの映像を静かに見守っていた。報道によると、九州全域で大規模な停電が発生し、テレビ局にも新たな情報がほとんど入ってこなくなった。スマートフォンの電波も途絶え、九州とは大企業や自衛隊が組織内の専用通信として設置している有線通信以外の連絡手段が完全になくなったという。
時計が12時を示した頃、俺と舞は自室に戻って寝ることにした。良雄と湊、リンの三人は、「眠れそうにないから」とリビングに残り、引き続きテレビを見ていると言った。
部屋に戻ると、クロはすぐに布団の隅に丸まって静かになった。電気を消し、俺と舞は布団の中で互いに抱き合った。部屋は静かだったが、舞はなかなか寝付けないようで、小さなため息を繰り返していた。俺は彼女の背中を優しく撫でたり、軽く叩いたりして安心させるよう努めた。
しばらくして舞が穏やかな寝息を立て始めると、俺も徐々に意識が遠のき、深い眠りに落ちていった。窓の外では静かな雪が降り続き、世界が静寂に包まれていた。




