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俺とクロのカタストロフィー  作者: ムネタカ・アームストロング
37/81

37.おばあちゃんが作るサラダって何で果物入ってるの?

翌朝、肩を強めに揺さぶられて目が覚めた。意識が覚醒するにつれて、俺は暗い室内に父の姿がぼんやりと浮かび上がっているのを認識した。


「颯、起きろ。ロシアの大統領が緊急記者会見をするってさ。すぐにリビングに来てくれ」


 父の声に、俺はゆっくりと身体を起こした。隣で寝ているはずの舞の姿がないことに気づき、軽い動揺が胸をよぎった。


「舞は?」


「ああ、もうとっくに起きて、ばあちゃんと朝飯の準備してるよ」


 安心した俺は父に頷き、急いで寝巻きの上からカーディガンを羽織って部屋を出た。


 階下のリビングに降りると、祖母と舞、それに湊が台所でせわしなく動き回っていた。醤油と味噌の香りが空間を満たし、居間のテレビには『間もなくロシア大統領緊急記者会見』のテロップが映っている。


「おはよう。リンは?」


 俺が舞に尋ねると、彼女は手を止めてこちらを振り返った。


「まだ寝てるみたいだから、起こしてきてくれる?」


「了解」


 俺は短く返事をすると、廊下を進んでリンが使っている一階の客間の前に立った。軽くドアをノックしたが返事がない。仕方なくドアをゆっくりと開けると、リンは布団から体を半分以上出し、髪を乱した無防備な姿勢で熟睡していた。


「ほら、リン、起きろー。大事なニュースが始まるぞ」


 俺はリンの肩を軽く揺すった。するとリンがぼんやり目を開け、寝ぼけたまま中国語で甘えるように囁きながら腕を俺の首の後ろに回した。


「我喜欢你……」


「おいおいリン、寝ぼけてないで起きろって!」


 俺が焦ってリンの腕をほどこうとしているまさにその瞬間、背後で扉が勢いよく開いた。


「うわっ!なんか怪しいと思ってましたけど、やっぱりそういう関係だったんですね。サイテー!浅野主任に報告します!」


 湊が目を丸くし、唇を震わせて俺を指さした。


「ちょっと待て湊、誤解だ!リンが寝ぼけてただけだ!」


 リンも状況を把握して慌てて飛び起き、湊に向かって懸命に弁解を始める。


「ち、違うの、本当に何もないから!寝ぼけてただけ!」


 湊がまだ納得できないように眉をひそめていると、騒ぎを聞きつけた舞が部屋に入ってきた。


「ちょっと、みんな何騒いでるの?」


「浅野主任!私が部屋にシュシュを取りに来たら!涼風先輩とリンさんが抱き合ってたんです!」


 舞はすぐに状況を察し、鋭い目で俺とリンを睨んだ。


「二人とも、そこに正座」


 俺たちはすぐに並んで正座させられ、リンから言い訳を聞いてから、舞は両手を腰に当てて説教を始めた。


「リンちゃん、寝ぼけていたにしても紛らわしいことは二度としないで。こんなときに余計なトラブルは避けたいの。分かった?」


「はい……」


 俺とリンは揃って深々と頭を下げた。舞の表情からは納得していない様子が読み取れたが、テレビのニュースが気になったのか、それ以上追及はしなかった。


 リビングに戻ると、家族全員がテレビに集中していた。ロシアの大統領が画面に映り、険しい表情で語り始める。彼は巨大隕石が確実に地球に衝突すること、その影響で世界中が壊滅的な打撃を受けると明言した。祖父母や父は衝撃を隠せず画面を見つめていた。


「本当にそんなことが起きるのか……」


 祖父が震える声で呟き、祖母も口元に手を当てて絶句していた。舞や湊、リンは既に知っていたため表情こそ険しいものの、冷静さを保っている。


 ニュースが終わると祖父が咳払いをし、重々しく話し始めた。


「昨日から車と倉庫に置いてある大量の物資、念のため家の中に運び入れたほうがいいな」


 祖父の提案を受け、俺と父と祖父の三人はすぐに行動を始めた。まずは倉庫から保存食や水、生活用品を家の納戸や廊下に運び込み、父の車とレンタカーに積んだ荷物も室内へ移動させた。


「今日足寄にも道外から二百人くらい避難者が到着するんだと」


 祖父が物資を運びながら説明した。


「道内各地でも同じ状況みたいだな。地元民と避難者でもめないといいけど」


 父が言うと、俺も深刻な表情で二人に注意を促した。


「衝突後は物流が途絶えて、物資不足で治安も悪化すると思う。足寄でも盗難や略奪が起こるかもしれないね」


 祖父は力強く頷きながら言った。


「隕石が落ちたら町内会をすぐに招集して、自警団を作る提案をしよう。こんな田舎じゃ警察や役場も人手不足で手が回らないだろうし、自分たちの身は自分たちで守るぞ」


 全ての物資を家の中に運び終える頃、太陽が既に高い位置まで登っていた。俺たちは作業を終えて家に戻り、祖母が入れてくれた温かいお茶を囲んで一息ついた。


「本当に、これからどうなるんでしょうね……」


 じいちゃんがマッサージチェアから立ち上がった。


「ここなら昔からの顔なじみしかいないから、大丈夫だ。おまえらは何の心配もいらねぇ」


「心強いです」


 隣に座っていた舞が俺の手を握ってきたから、俺は舞の手をぎゅっと握り返した。クロが俺たちの足元に丸まり、小さく寝息を立て始める。


 窓の外では静かに雪が降り続いていた。世界はまさに未曾有の危機に直面している。しかし、この家族と友人が一緒なら、どんな困難も必ず乗り越えられるという確信が、俺の心の奥に強く根を張っていた。

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