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俺とクロのカタストロフィー  作者: ムネタカ・アームストロング
34/81

34.券売機で何を買うか悩んでいるのに後ろに人が並んだときは焦るから、焦って選んでも失敗しないメニューボタンを1つ用意してほしい

正午少し前、ランドクルーザーのフロントガラス越しに「ようこそ足寄町へ」の看板が見えた。札幌からここまで約250キロあまり。道東道を降り、国道を北上するころには腹ペコになっていた。

 「お昼、どうする?」舞がシートベルトを外しながら振り向く。

 「そこの道の駅が開いてるっぽいね。ちょっと行ってみようか」

 湊とリンが同時に賛同し、クロは助手席の背もたれに顎を乗せて耳を動かした。

 町の中心に近い「道の駅あしょろ銀河ホール21」は、平日にもかかわらず思ったより車が多い。観光バスこそないが、地元ナンバーに混じって札幌ナンバーの車が目立った。

 「クロ、ちょっとだけ待っててな」

 エンジンをかけて暖房を入れたまま、クロの好きな犬用のジャーキーをあげた。クロは名残惜しげに尻尾を振るが、ドアを閉めるとおとなしく伏せた。

 食堂は食券を先に購入する仕組みのようで、券売機が設置してある。券売機のボタンの中にしれっと「スパかつミート」というボタンがあった。スマホで知ら食べてみるとミートソーススパゲティの上に揚げたてのトンカツを豪快に載せた釧路発祥のB級グルメと説明があった。東京では見たことがないメニューはこれくらいだったので、四人とも迷わず同じボタンを押した。

 呼び出しベルが鳴き、金属プレートの上で湯気を立てる楕円皿が現れる。

 ――まず鼻腔をくすぐるのは、トマトの酸味と炒め玉ねぎの甘さが混ざったクラシックなミートソースの香り。その上で衣の香ばしさが重奏し、最後に粉チーズの乳脂がふわりと全体をまとめる。フォークで麺を持ち上げると、赤茶のソースが重力に逆らえずとろりと落ち、カツの断面に光る肉汁へ絡む。カツをひと噛み、サクッ――遅れて豚ロースの柔らかさとミートソースの旨味が混ざり合い、次の瞬間スパゲティの弾力が追いかけてくる。油と酸味と甘味の三重奏。背徳的だが、長距離運転で消耗した体には最高のガソリンだ。

 「うまっ!」と舞が目を丸くし、湊が「カロリーの暴力!」と笑い、リンは無言でサムズアップ。四皿はみるみるうちに空になった。

 別腹に手を伸ばし、デザートのソフトクリームも注文。足寄産の牛乳を使ったというだけあり、舌に乗せると生クリームより濃いコクが広がる。それでいて後味は驚くほど軽く、ほのかな牧草の香りが残った。湊が「もう一杯いけそうです」と言いそうな顔をしたが、舞に肘で制されていた。

 腹ごなしに館内を見て回る。売店には特産品のフキを使ったお土産やエゾシカ加工品コーナーが並んでいたが、お土産のお菓子は既に買ってあるのでスルー。館内の一角に「松山千春メモリアルブース」があった。

 「へえ、こんなところに松山千春コーナー」

 俺が立ち止まると、三人は首を傾げる。

 「誰ですか?」と湊。

 「『大空と大地の中で』の人だよ」

 鼻歌を口ずさむがピンとこない様子。地域差を痛感しつつ、等身大パネルと初期LPを眺める。壁の年表に1977年デビューとあり、改めて時の流れを思う。

 廃線になった路線を記念した電車のオブジェを軽く見物して、出口へ向かうと、ガラス戸の向こうで手を振る女性がいた。黒髪のロングヘア―に黒ぶち眼鏡の高身長の女性。父の小学校時代の同級生、岡田のおばさんだ。

 「まあまあ、良雄くんの息子さんでしょう?」

 「ご無沙汰してます、良雄の息子の颯です」

 おばさんは目尻に皺を寄せ、「弟さんは?お父さんも戻ってるの?」と矢継ぎ早に訊ねてきた。

 「ええ、夜には父も祖父母の家に着くと思います。弟は道庁の仕事でしばらく札幌から離れられないみたいですね」

 すると人差し指を唇に当て、子どもじみた仕草で囁く。

 「そうなんだ。じゃあ、あとで家に顔出すね。お父さんには内緒でね。突然顔を出して驚かせたいの」

 「わかりました。父には黙っておきますね」

 満足げに頷いたおばさんは、奥で待つ娘夫婦と合流し手を振って去っていった。

 車に戻るとクロが伸びをして迎えてくれた。車内には犬用ジャーキーの匂いと、俺らの服についた微かなミートソースの残り香が混ざっている。

 「さあ、じいちゃん家まであと五分」

 エンジンをかけると、クロが嬉しそうに遠吠えした。冬の陽が傾きはじめた足寄の空を見上げながら、俺たちは再び静かにアクセルを踏んだ。

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