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俺とクロのカタストロフィー  作者: ムネタカ・アームストロング
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3.賃貸物件の内見で不動産屋の「今決めないとなくなるかもしれない」はガチ

帰り道、近所のスーパーで缶ビールとお茶、スナック菓子に半額シールの弁当を買い込んだ。玄関を開けると、クロがダッシュで飛び出し、尻尾が千切れそうな勢いで歓迎してくれる。かつては誰もいない部屋でテレビをつけ、黙々と弁当をかき込むだけの夜だったが、いまはクロがいてくれるおかげで会話も笑顔もある。


 とはいえ、帰宅が遅い日はクロが一日中ひとりで過ごすことになる。もう一匹迎える案も考えたが、1DKでは手狭だ。せめてもの償いに、一日二回の散歩だけは欠かさない。きのう浅野さんと飲みに出かけたときも、いったん帰宅して散歩と食事を済ませてから店へ向かった。きょうも風呂に入る前に二度目の散歩へ行くつもりだ。どれほど疲れていても、クロにとって唯一の娯楽をサボるわけにはいかない。


 翌朝。いつもの散歩を終え、徒歩十分の高円寺支店へ出社すると、すでに【佐藤支店長】が一人で店頭を掃除していた。挨拶を交わし、自席の整頓と業務の準備に取り掛かる。


 多くの支店では若手が最初に出社して掃除をするものだが、ここでは「店を開けるのは支店長の仕事」という佐藤支店長の方針が徹底されている。最初の頃は罠かと疑い、先に来て手伝ったこともあったが、「本当に自分でやるから気にするな」と諭され、いまでは甘えっぱなしだ。


 高円寺支店は浅野さんの活躍で三年連続社内売上トップを維持している。支店長自身は成績中堅だが、口出しせず部下を全力で支援するスタイルを貫く。上下関係が緩すぎると他支店から苦情が出たこともあったが、営業本部長が「結果さえ出せばいい」と一蹴し、いまや誰も文句を言わない。


 その営業本部長──三十代後半のやり手イケメン──と浅野さんは不倫関係にある。倫理的にどうかと思いつつ、実力と魅力で社内外にファンの多い男だし、浅野さんが優良案件を回してもらっているのも事実。事情を知るのは直属の後輩である俺だけだ。


 浅野さんは不倫以前からトップクラスの成績を誇り、営業未経験の俺にも親身に指導してくれた恩人だ。関係を知ったときは衝撃で退職さえ考えたが、それは自分の嫉妬だと気づき、彼女の価値観を尊重すると決めた。


 悩みの種は弟の【爽】が浅野さんに本気で恋していること。兄として心配になり、上司との関係を暴露して諦めさせようとしたが、「それはビジネスでしょ? 未婚ならチャンスはある」と一蹴され、逆に闘志を燃やされてしまった。きょうも昼に高円寺へ着き、三人でランチに行く段取りを勝手に取りつけている。


  ◇


「おはよっ!」


 皆がそろったころ、浅野さんが一番最後に出社してきた。


「おはようございます!」


 挨拶を交わし、朝ミーティングへ。高円寺支店ではリーダーの浅野さんが進行役だ。


「きょうの外回りは?」


 俺と新人の【湊 彩菜】が手を挙げる。湊は四月入社の後輩ながら成績は支店三位の俊英だ。


「颯は?」


「午前は東中野のマンション査定、午後はエクセレント高円寺503の内見案内です」


「湊は?」


「午前は例のアパートの査定結果をオーナーへ、午後はロイヤルハイム高円寺南102をご案内します」


「OK。颯の午前の査定は店長に回して、颯は湊の収益物件に同行、フォローしてあげて。ほかのメンバーは──」


 浅野さんが指示を出し、全員で声をそろえて「はい!」。俺の予定はあっさり変更されたが、支店長が査定を担ってくれるなら問題ない。


 必要資料を店長に渡し、湊とオーナー宅へ。新人とはいえ湊の所作は堂に入っており、専任媒介も無事獲得。湊からランチに誘われたが、弟との約束があるため次の機会にした。


 店へ戻ると、爽が接客カウンターでお茶を飲んでいる。


「客でもないのにくつろぐなよ」


 苦笑いしながら立ち上がる爽。


「店頭で待ってたら店長に中へどうぞって。湊さん、お久しぶりです。これ北海道土産の〈三方六〉です、皆さんでどうぞ」


 しっとりバウムにホワイト&ブラックチョコをまとわせた銘菓──俺の北海道土産ランキング第三位だ。ちなみに一位は六花亭のマルセイバターサンド、二位は柳月の十勝木の実。


 湊は満面の笑みで礼を言う。以前ロイズの生チョコを差し入れたときも大喜びしていたな。


「悪い、午後の資料だけまとめるからもう少し待ってろ」


「了解!」


 爽の快活な声が店内に響き、俺はデスクに向かった。

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