29.料理の写真をSNSに上げるオジサンが空港のラウンジを利用したときにSNSに画像を上げる確率100%説
定刻十二時四十五分、新千歳空港にタッチダウン。
タラップを降りた瞬間、頬を打つ空気の冷たさが本州とは別物で、舞は思わず腕を抱えた。遠くで薄く雪煙が舞い、冬の北海道を実感させた。
空港に着いてから、舞たち三人といったん別れ、俺はクロを迎えに行った。そのあいだに、舞たちには札幌行きの電車のチケット購入と昼食を頼んである。俺の分は車内で食べるから弁当を買っておいてほしい、と舞に伝えておいた。
◇
空港の外でキャリーケースからクロを出すと、クロは大きく伸びをし、体をぶるぶる震わせてから近くの茂みに駆け込み、大量に放尿した。どうやら家を出てからずっと我慢していたらしい。ひとしきり歩かせて気を落ち着かせると、再びクロをキャリーに入れ、JRの改札前で舞たちと合流した。
◇
十三時三十分発のエアポート快速は、ビジネスマンや観光客の姿こそあったものの、座席は半分ほどしか埋まっていない。四人と一匹は連結部近くのボックス席を確保し、クロのキャリーを足元に置く。
俺はカニ飯弁当をつまみながら、車窓の向こうに続く凍てついた防風林へ視線を投げた。列車は淡々と北へ走り続ける。
札幌駅に着いたのは十四時少し過ぎ。NASAの発表まではまだ二時間弱ある。構内放送はいつもの観光案内を流し、人々も変わらぬ日常を送っている。しかし、かつて札幌に住んでいた俺の目には、普段見かけない制服の警察官が複数映った。さらに奇妙なのは、北海道警ではなく警視庁や大阪府警など、道外からの応援部隊ばかりが配置されていることだった。
改札前で足を止め、俺は仲間に視線を巡らす。
「このあと一度別行動でもいいかな? 舞と指輪を買いに行きたい。湊さんとリンはクロを連れて先にホテルにチェックインしてもらえる?」
リンはキャリーのハンドルを握り、軽くウインク。
「OK。荷物を置いたらクロの散歩をして待ってる」
湊も笑って親指を立てる。
「ペット可のツインルームは俺と舞さんの部屋ね」
◇
リンたちと別れ、舞と二人で地下歩行空間を抜け大通方面へ向かう。ガラス張りのブティックに並ぶペアリングを前に、舞は遠慮がちに一本のリングを選んだ。飾り気のないプラチナの細い輪が、真新しい雪面のように光る。
「これ、どうかな?」
「うん、いいと思う」
「じゃあ、私が払うね。颯はお金、全部使っちゃったから。刻印は今日できないみたいだから、落ち着いたらお願いしに来よう?」
「あ……代金のこと考えてなかった。ごめん。刻印は、世界が元に戻ったら改めて頼もう」
舞がカードで約五十万円を支払い、リングケースを受け取る。店を出ると、夕焼けが早くもビルの隙間を染めていた。俺はケースを胸ポケットに収め、舞の手袋越しの手を握る。
「あとで、颯がちゃんと嵌めてね?」
「もちろん」
「それと日用品や服、足りないものがあるからもう少し付き合ってほしいな」
「任せて。地元だから案内する」
粉雪が舞う札幌の街を、俺たちは再び歩き出した。
◇
ホテルに着いたのは十五時半。ロビーの暖気が頬を柔らかく包み、舞はほっと息をつく。フロントに予約名を告げ、カードキーを受け取った。
「ペット可のお部屋は、すでにお連れさまがお入りです」と係員。どうやら湊とリンが先にクロを連れてチェックインしてくれたらしい。
エレベーターに乗る前、俺は爽へメッセージを送った。
〈全員無事にホテル到着〉
数秒で既読がつき、すぐに返信。
〈ごめん。災害対策課の応援で道庁に詰めることになった。レンタカーと医薬品は確保したけど、明朝に届ける。足寄へは後から自分の車で行く。彩菜には連絡済〉
「了解。気をつけろ」と返し、ミラー越しに舞と目を合わせる。
「爽、今夜は来られないって。明日の朝レンタカーを持って来てくれるそうだ」
「衝突時間までに避難できるのかな……」
「まだわからない」
部屋に荷物を置き、一階のエントランスへ戻ると、リンと湊がクロのキャリーを脇に置いて待っていた。クロは気配を感じたのか、尻尾をパタパタ鳴らす。
「おかえり!」とリンが手を振り、湊はクロの頭を撫でながらスマホをこちらに向けた。
「爽から連絡ありました。明日の朝、車と薬を持ってくるそうです」
「わかった。じゃあ、爽と会えるのは明日になるな。とりあえず、十六時を過ぎたら買い物も難しくなる。今から今日と明日の食事を手分けして確保しよう」
「夕飯は? 海鮮丼?」とリン。俺はキャリーを示し、苦笑する。
「こういうものを食べられるのは最後かもしれないし、パーッといこう。各自必要な物も買って、十六時五分前に俺たちの部屋集合ね」
「私は海鮮丼を買ってきます。さっき、すぐそこのデパ地下で良さそうなの見つけたので」と湊が青信号を小走りで渡る。
舞は「道産の日本酒と甘口ワインを合わせておくね。あとは明日の朝昼に食べられるものを適当に」と笑い、リンは「私はチーズとスモークサーモンかな。颯は…?」
「俺は札幌名物ザンギを調達してくるよ。クロと散歩がてら」
四人で担当を確認し、ホテル前で散開。キャリーからハーネスに付け替え、クロと街へ出る。まずペット専門店で少し高級なドッグフードを購入。大通公園を抜け、すすきのへ歩くと、ガラス張りの店先に「ザンギ」の赤い暖簾が揺れていた。
列は二、三人。揚げ油の弾ける音にクロが鼻をくんくん鳴らす。
「もう少し我慢な」
普通のザンギと塩ザンギを買い、熱の伝わる紙箱で手が温まる。
ホテルへの帰り道、舞からメッセージ。
〈ワインと日本酒買った。それと、颯が好きって言ってた北海道限定ビールも〉
俺はザンギの写真を送り、〈ザンギ完了〉と返した。
ロビーに戻ると、海鮮丼を提げた湊、両手に酒を抱える舞、チーズやスナック菓子を詰め込んだ袋を揺らすリンがほぼ同時に現れる。
「大量だね。食べ切れるかな」と湊が笑い、舞が膝元に来たクロの頭を撫でる。
エレベーターの数字が上がるあいだ、俺は胸ポケットの指輪ケースにそっと手を当てた。
湊とリンはいったん自分の部屋へ。十六時五分前、全員がテレビの前に集まる手筈だ。




