27.お土産でもらったロイズのポテトチップスチョコレートはビールのつまみにすると美味しい
スマホが震えた。
画面に浮かんだ名前は〈爽〉――弟だ。スワイプで応答すると、スピーカーからいつものテンションが溢れた。
「兄ちゃん! 聞いてくれよ! 湊さんに告白したら、OKもらった!」
「おお、やったな。素直におめでとう!」
足もとでクロが尻尾をブンブン振る。俺は頭を軽くぽんぽんと叩きながら、ニヤけた声をひそめた。
「でさ。父さんから聞いたんだけど、明日いきなり北海道って、どういうこと?」
「落ち着いて聞け。――実は俺は“3週間後”の未来で死んで、今朝戻ってきた」
「……は? 何言ってんの?」
「嘘じゃない。あと四日で隕石が中央アジアに落ちて、世界中が地獄になる。日本も連鎖地震でめちゃくちゃだ。だから明日、みんなで足寄のじいちゃん家に避難する」
一拍。爽の呼吸が止まった。
「――マジなんだな。分かった。俺はどう動けばいい?」
「明日の11時、羽田発・新千歳行きを4席押さえた。乗るのは俺と舞さん、それから湊とリン。明日、札幌で1泊して明後日の朝に足寄へ向かう。だから、明後日の朝にホテルまで迎えを頼みたい」
「わかった!僕の軽じゃ乗り切らないから、8人乗りレンタカー借りるよ。電話切ったらすぐ予約しておくわ」
「助かる。政府が明日の午後に声明を出すはずだから、明日の午前中には車は借りておいた方がいい。あと、札幌のドラックストアで医薬品とかシャンプーとかの日用品を買い込んでおいてほしい」
「オッケー。湊さんには僕から電話して口説き落とす。……兄ちゃん、ほんとに大丈夫なんだよな?」
「ああ。明日の午後にはすべて明らかになる。とにかく俺を信じてくれ」
「わかった。すぐ湊さんにも連絡しておく」
「頼む。明日の朝9時に新宿駅に西口の改札前に集合するよう伝えておいて」
「うん、わかった。じゃあね」
通話を切ると、クロが首を傾げて俺を見上げる。
「よし、これで全員避難できそうだな」
そのとき玄関チャイム。扉を開けると、キャメル色のコートを肩で押さえた舞が立っていた。濃紺のスーツケースを片手で転がし、少し鼻先を赤くして微笑む。
「ただいま。書類の片づけ全部終わらせたら、どうしても……颯に会いたくなっちゃって」
「おかえり。さあ、上がってください」
クロが飛びつき、舞は笑って撫でる。リビングの照明を落とし、ローテーブルいっぱいにコンビニ袋を広げた。缶ビール、柚子チューハイ、イカの一夜干し、チーズ鱈、ポテサラ――完全に“しょっぱい系”で固めたラインナップだ。
「ねぇ、お酒を飲むとしょっぱい物ほしくならない?」
「わかります。俺も酒は塩気がないと進まない派です」
「でしょ? じゃあ乾杯しよ」 プシュッ――缶が開き、琥珀の泡があふれる。軽く缶を合わせ、俺は息を整えた。
「舞さん……明日、北海道へ飛びます。足寄町の祖父母の家です。ついて来てください」
「もちろん。もう離れるつもりはないよ。チケット取れてるんでしょ?」
「11時羽田発を四席確保しました。弟が湊を説得して湊も行く予定です。あと、僕の友達のリンも一緒に行きます。――これが旅程と手配済みのホテルです。あと、これは今日、発注した物資です」
スマホの画面にスクロールで領収メールを見せる。舞が目を丸くした。
「この金額……貯金、全部使ったの?」
「うん。お金はすぐに紙切れになります。保存食、護身具、全部じいちゃん家へ直送しました」
「覚悟、決めたんだね」
「未来を見てきましたからね」
チューハイを置いた舞が真顔になる。
「私、仕事以外ほんとポンコツなの。だから……これから頼りにするね、颯」
「任せといてください。俺が舞さんを必ず守ります」
「カタイ! はい、もう一口」
缶がカチンと鳴り、舞はいたずらっぽく笑った。
「ねえ颯」
「ん?」
「もう敬語やめて。“舞”って呼んで。せっかく恋人になったんだから」
頬が熱い。
「……舞」
「うん、いい響き」
クロがソファの隅で丸くなる。舞はそっと指を絡めた。
「明日から修羅場だけど……今夜くらい、甘えさせて?」
「もちろん。傍にいよう」
灯りを落とした寝室へ手を引かれながら、胸の奥で静かに誓う。――二度とこの手を離さない、と。




