22.戦闘シーンって書くのは楽しいけど読むのは疲れる
戸が閉まると同時に、怯えたリンの肩が小さく震えた。俺はすかさず彼女の背中を抱き寄せ、湊と目を合わせた。
「気休めにしかならないけど、玄関にバリケードを作る。湊はリンを頼む」
霧がかったランタンの小さな炎が揺れ、三つの長い影が壁に重なった。湊は頷き、リンとリビングに戻っていった。クロは直立不動で玄関のドアを睨みつけている。
数分後、湊がどこからか工具箱を持ってきて、渡してくれた。木製のテーブルの天板や机などで玄関を塞いだが、大人が大人数で攻撃をしかけてきたら、時間稼ぎ程度にしかならないだろう。
外ではかすかな余震が続いていたが、それ以上に――重い、不穏な静けさが森を覆っていた。
外から男たちの声が聞こえた。リーダー格の悪意に満ちた嗤い声がひと際耳につく。
「おーい! 聞いてるかー?明日まで待つつもりだったけどよー、やっぱ気が変わったわ。どうするのか今すぐ決めろや。今降参するなら女一人と食料半分で許してやるぞー。」
リーダーの取り巻きの男達のゲラゲラとした笑い声が聞こえてくる。
「降参するなら10数える内に出て来い――10、9、8…」
声は冷淡で、夜の闇にくっきりと響き渡る。カウントが進むごとに、俺の鼓動は早まった。玄関の向こうから雪を踏む足音が近づいてくるのがわかる。
食料は百歩譲って我慢できても、リンか湊をあの男達に渡すなんて考えられない。戦うしかない。
カウントが3、2、1となる直前、扉の奥でリンが息を飲むのが伝わった。俺はゆっくりと前に出る。
「タイムアップだ。出て来い!」
鈍器で玄関の扉を殴る音が十秒の終わりを告げた。俺は静かに息を吸い込み、木刀を握る力を強めた。
数秒の沈黙の後、クロが玄関前で短く吠えた。その瞬間、正面の木製バリケードに最初の衝撃音が響く。次いで――ガレージを震わせる鈍い破裂音。斧の刃が玄関の扉を貫通し、鈍い光を見せる。
「ここは長くはもたないな」
そのとき、庭に面した大きな窓ガラスが砕け散り、ハンマーを握る男がガラス片を踏みしめながら転がり込んできた。
「来たぞ!」
俺は木刀を構えて、リンを後ろに隠して後退する。間髪入れず玄関側でも数人が雪崩れ込み、部屋はわずか数分で戦場と化した。
一人目が斧を振りかざした瞬間、俺は木刀を横一閃し、刀身を男の首に叩きつけた。同時に男は呻きながら床に崩れ落ちる。二人目は剣先に飛び込みをかけてきたが、俺の踏み込みからくる斜めの一撃で、まるで重い鉄鎚を受けたかのように崩れた。そのまま動きを封じるため、頭頂部に全力で木刀を振り下ろすと、男は動かなくなった。
三人目は鉈を振り上げ、俺の脇腹を狙って突進してきた。だが、こちらは事前に軸足を切り返し、肘を鋭角に上げて肋骨の側面を刎ねるように突いた。男は苦悶の声を上げ、鉈を握りしめたまま後ろへ崩れ落ちた。
四人目は一旦距離を置き、壁際に控えていた。狂気にすれた瞳が瞬時に笑みを浮かべ、手にしたバールを振り下ろしてきた。俺はその振りを木刀で受け止めつつ、相手の内側へ踏み込み、柄頭を顎に強烈に叩きつける。鈍い音とともに男は頭を吊り上げられ、意識を失って膝から崩れ落ちた。
勝てそうだ、と思ったその刹那、背筋を凍らせる気配に俺は振り返った。そこに立っていたのは、暗闇で蠢く五人目。金属バットを握り締め、漆黒の瞳で俺を見据えていた。
「この人数相手に勝てるとでも思ったか?」
男の吐息が氷のように冷たかった。
一瞬の隙を突かれ、バットは後頭部へ――――。
――衝撃は言葉にならない轟音とともに脳内を揺さぶった。視界が白く点滅し、足元がズルリと崩れ落ちる。
俺は、床板に背中から勢いよくたたきつけられた。木刀は遥か彼方、散らばった瓦礫の中へと飛んでいった。
意識が崩れ落ちる前、耳に届いたのはリンの悲鳴と、湊を押さえつける荒い息。湊に覆いかぶさっている男にクロが噛み付くが、近くにいた男にバッドで殴られ、床に倒れたクロは動かなくなった。「颯!助けて!」と泣き叫ぶリンの悲鳴が最後に聞こえ——景色が暗転した。
目が覚めると、俺は限りなく灰色の霧の中にいた。音も匂いも温度も存在しない場所で、ただ無為な静寂に包まれている。
〈君とその犬は、さっき死んじゃったね〉
頭の内側から響く声は、感情のかけらもない澄んだ声だった。男の声なのか女の子なのか分からない中性的な声だ。
〈まったく同じ世界ではないけど、並行世界で“やり直す”ことはできるよ。やり直せる時点はランダムだけどね。君が知っている出来事と異なるルートを辿る可能性も高いけど、もしかしたら全然違うかもしれない。どうする?このまま転生するか、やり直すか特別に選ばせてあげるよ〉
視線を落とすと、隣にはクロが静かに佇み、こちらをじっと見上げて尻尾をかすかに振った。
「やり直せるなら、どんな形でもいい。もう一度……やり直したい」
〈そうだよね。毎回君たちはここでやり直しを選ぶもんね。仕方ないから、今回は、1つ前の記憶だけ残しておいてあげる。じゃあ、次こそは死なないようにね。行ってらっしゃい〉
言葉を口にした瞬間、意識は新たな暗闇へと溶けていった。




