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犯罪者  作者: 小野葉
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第一章 無生の館

第一章

無生の館


 2042年の初夏。

 透き通るようなキレイな海。空を見上げれば真っ赤な太陽。

 そしてスーッと気持ちのいい風。

そんな風を全身で感じるように、その青年は長い腕を思いっきり広げる。

青年は目をゆっくりと閉じ、目と耳、そして身体全部で自然を堪能する。

その青年は船の上に居た。

豪華客船とまではいかないが、いかにもお金持ちが乗っていそうな立派な船だった。青年の方はアメリカもののブランドスーツを着て、首元は第一ボタンまでキッチリと留めてきつくネクタイを締めている。

元々女性っぽく見える顔立ちを隠すように黒いサングラスをかけ、口元には煙草がくわえられている。

年齢は20代前半で、茶色のかかった黒色の髪の優男だった。

あまりに心地よい風に


「風、キモチいいなぁ…」


青年がポツリと呟く。

青年の名前は燐野 麗華りんの らいか。生まれつき女性っぽい顔立ちとこの名前、そして私という言い方と丁寧な言葉使いから、昔から女性に間違われる事もしばしばだった。

そのせいか麗華は昔から、男っぽくてかっこいいものに憧れた。

例えばヒーロー戦隊。

ハア!とかトォ!とかいう声と共に敵を倒していく姿がたまらなくかっこよくて、小さい時は、

「ヒーロー戦隊のメンバーになって敵を倒して地球をすくう!」

とか言っていたそうだ。

その次が警察。

その夢は最初のヒーロー戦隊とは違い、麗華の努力の結果見事に成就。

今は警察として立派に働いている。

警察とは年中無休といってもおかしくないほど忙しい仕事で、たまの休みでも急に呼び出されて休みなし、ということも少なくはない。

だから船旅などの長期休暇は新米の麗華にはとてもとれるものではない。

では、なぜ麗華が船の上なんかに居るのか?

その原因は全て、麗華が所属している刑事課のセンパイ、舞片 まいひら らんにある。

数日前……。



警察官の制服に身を包んだ麗華は、椅子に座った1人の男性の前に立っていた。


「どのようなご用件でしょうか、山理課長やまりかちょう


山理課長と呼ばれた男性はデスクの上で手を組み、

「まあ、楽に座ってよ」

と麗華に話しかける。


「ではお言葉に甘えて」


麗華は近くにあったソファーに座る。

その上品で美しい動作の一つ一つから、育ちの良さ、そして本来ならなくていいはずの女性らしさがにじみ出ている。

その動作はまるでプロのモデルのような華麗な動きだ。


「いやー、ホントに燐野君の動作ってキレイというかなんというか…。素敵だよね」


にっこりと笑いかけてくる山理と、そんな山理に微笑み返す麗華。

その微笑みはとても温かみのある、優しくて柔らかい感じの笑顔だった。

しかしその心の中には、表情に浮かんでいる笑顔の温かみも、優しさも、柔らかみもなかった。


 ー あぁ、こういう時が一番困るんですよね…。キレイとか素敵って言われても私、男だし。


麗華は顔には出さずにこういう場合の対処法を考える。


 ー こういう時は…ひとまずお礼ですかね。


「そうですか、ありがとうございます。意識せずに日常的にしていたことなので、そう言ってもらえますと本当に嬉しい限りです」


昔、祖母に教えてもらったこういう場合の対処法。麗華の家、燐野家は昔から代々引き継がれている有名な茶道と華道の家元。

そのうえ麗華は一人っ子で兄弟がいないし、麗華の身の回りにも祖母以外の女性がおらず、麗華が燐野家の次期当主となるために女性として全てを教えられたのでこういう話し方や動作なのだ。


「ところで、そろそろ本題の方をお話ししていただきたいのですが…」

「ああ、そうだったね」


にこにこと笑いながら

「すっかり忘れてたよ」

という山理。

ふふふっと山理に笑いかける麗華。

しかしその心中は先ほど同様…


 ー いちいち本題を忘れられても困るんですけどね。

こちらもヒマじゃないんで。


「じゃあ、本題に入るよ」


スウゥー…と今までの山理の表情に浮かんでいた笑みが消える。

いつになく真剣な表情だ。


「本題というのは、仕事の話なんだ」

「新しい仕事、ですか」

「そうなんだ。舞片君と一緒に」


麗華は自分の頬が青ざめていくのを感じた。

なぜなら麗華は彼女にはひどい目に遭わされた思い出しかないからだ。


「藍センパイと、ですか?」

「うん、舞片君と。イヤ?」


うっ、と麗華が言葉に詰まる。


 ー イヤだ。イヤだけど…上司にそんな事、言えませんよねえ…。


麗華の頭の中にいろんな考えが駆け巡る。

けれど、やはり上司に自分のセンパイの悪口など言えるはずがない。

そのうえセンパイは警察の刑事課の中でも1・2を争うほど、仕事ができる人だ。

まぁその代わりセンパイは、自分が起こした問題で全てを帳消しにしているが。


「いいえ、大丈夫です。優秀なセンパイと一緒にお仕事させていただけるなんて光栄です」

「そう。良かった」


険しい表情をしていた山理の顔に微かだが笑みが戻る。


「じゃあ話すよ?えっと…仕事内容っていうのは、新しくできた『無生の館』っていう、孤島に館を建てたリゾートのようなものができたよね?」

「はい」

「実は、あの『無生の館』っていうのは新しくできたものではなく、リニューアルオープンのほうなんだ」

「それと仕事と、どういう関係が?」


麗華の表情が不審げなものになる。

そんな麗華に

「まあ、話は最後まで聞きなよ」

と促す。


「これはね、仕事に深く関わってくる話なんだよ?」

「どういう…事ですか?」更に麗華は落ち着かないといった感じで椅子から腰を浮かす。


そんな麗華に、だから落ち着いて聞きなよ、と山理が再び麗華を落ち着かせる。


「三十年ほど前なオープンされた『無生の館』。当時にしては珍しいもので(まあ、今でも珍しいが)、たくさんのお客が訪れたんだ。けど、孤島ということもあっていろんな事故が起きて、それで多くの人が死んだ。その後もいろいろとあって、誰1人…誰1人として『無生の館』からは生きて帰ってこなかった…」

「それで私にどうしろと?」

「前回そういう事故があったから、警察官である君達がお客に混じって安全面等について調べてきてほしいんだ。そして事故等が起きた場合には三十年前のようにならないように一般市民を誘導してほしい」

「視察のようなものですか?」

「まあカンタンに言うとね」


山理が嬉しそうに笑う。

それに対して麗華は苦笑する。先ほどまでの張り詰めた空気が嘘みたいに穏やかなものになる。


「というわけで三泊四日の出張、行ってらっしゃい」


 ー 視察か…まあ悪くはなあ。センパイと一緒ということを除けば、だが。…でも、やっぱりあまり行きたくはない。視察に行くより、ここの地域の方々のためにパトロールなどをしていたい。そして、少しでもここの地域の方々が穏やかに生活できるように努めたかった……。


麗華の頭の中にそんな事が思い浮かぶ。


「いやー、ホントだったね。舞片君の『ボクと一緒の仕事、麗華は断らないと思いますよ』って言葉は」

「はい?」


麗華が山理に聞き返す。


「いやね?舞片君って気難しいというかなんというか…いろいろと問題があるだろ?だから舞片君と一緒の仕事してもいいよっていう人が全くいなくて困っちゃってさ。そしたら舞片君が、燐野君なら断らないよー、らしい事を言ってたんだよ。だから一か八かで君を呼び出したんだよ。そしたら案の定OKで、ホントに助かったよ。ありがとう、燐野君」

「いえ、こちらこそ…」


麗華が作り物の笑顔(いわゆる営業スマイル)を浮かべつつ山理にそう返す。

山理は本当に嬉しかったらしく、先ほどからありがとう、ありがとう、と繰り返している。


「いやー。ホントのホントにありがとうねー燐野君。もう、君のセンパイもコウハイも、みーんな『舞片さんと一緒の仕事はお断りします』って言って逃げちゃったんだー」


アハハハハハ、という山理の笑い声が狭い室内に響く。

そんな山理とは反対に麗華は固まる。


表情に作り物の笑顔を貼り付けたまま、動かない麗華。

その様子は、まるで銅像か何かのようだ。


「コウハイモ、コトワッタ…?ワタシモ、コトワッテ、ヨカッタノ?ジョウシニサカラッタラ、ダメナンジャ…。サイアクダ…」


麗華は誰にも聞こえないような小さい声でそう呟いた。

その時、麗華は頭の中でふと思った。


 ー “なぜ”私は、上司に逆らうのはダメだと思ったんでしょうか…?そもそも、仕事の相手をえり好みするのが、なぜいけないのだろう?

仕事だから?

子供じゃないから?

でも、人間には相性というものがある。

どうしてもこの人とは合わない。

仕事の能率が下がるという場合もあるのに…。

いや、今考えるべきはそこじゃない。どうして私が、上司に逆らうのはダメだと思ったか、です。


麗華は必死に記憶を探る。

元々麗華は、イヤなものはイヤ。やりたいことは誰に反対されようが絶対にやる、というタイプの人間だったハズだ。

それは相手が誰であれ、一緒のハズ…だった。

そんな麗華が

『逆らっちゃダメ』などと、1人で考えるハズはない。

では、どうしてなのだろう?


 ー 誰かに言われた…?言われた記憶があります。男性っぽい感じの声、…男性?男性の誰かに、

『上司に逆らうとすぐにクビにされるんだぞ』

と脅されたんだ。

いや、違う。


一度は結論にたどりついたものの、やはり何かが引っかかる麗華。


 ー この声…男性…じゃ、ない…?何度も聞いたことのある、声。

誰…この声。だれ…?


その時麗華の頭の中にある人物の名前と顔が浮かび上がってくる。


 ー この声…。もしかして…


その声の主は、そう…


「藍…センパイ?」


麗華は静かに自問自答する。


「うん、藍センパイだ」


もう一度その名前をかみしめる。

その様子を不審に思ったのか、山理が

「どうかしたのかい?」

と聞いてくる。

しかし、頭の中がいっぱいの麗華の耳にその言葉が聞こえているはずがない。


「クソッ…センパイにはめられました…」


麗華は拳をわなわなと握りしめる。

あいかわらず、その表情は作り物の笑顔が貼り付けたままなのでかなり不気味だ。

そのうえ、アハハハハ…というちっとも楽しくも嬉しくもないような麗華の笑い声。


「り、燐野君?」


山理が明らかに動揺しながら麗華に話しかける。

しかし、先ほど同様、麗華にその言葉は聞こえていない。


「センパイだ、センパイだあ。『上司に逆らうとすぐクビにされる』なんて私に言いやがったのは藍センパイですよ…ォ!最初から私を連れて行くつもりで…あのヤロウ…」


普段の麗華からは想像もできないような言葉が麗華の口から発せられる。

そして更に麗華の怒りはヒートアップしていく。


「クソッ…。センパ……センパイめえぇェェ!!!」


その悲痛な叫び声は、部屋や建物全体だけでなく、外の方まで響き渡った。



そのあと何度も山理に

『私、視察行きたくないです!』

と訴えた麗華だったが、その苦労もむなしく失敗に終わった。

そして現在に至る。


麗華は口元にくわ煙草を吸いなれた人ならばウマいと感じられるのだろうが、麗華は煙草を吸わない派の人間だ。

そんな麗華が煙草を吸っても、マズいと感じたりむせたりするだけなのは目に見えていた。


「カモフラージュの為とはいえ、マズいなあ…煙草。こんなの肺を悪くするだけじゃないですか。何がいいのか理解しがたい…」


麗華は海に煙草を投げ捨てた。


「あー!?テメー、何してんだよ!!?」



続く

次回は、新キャラクターの登場です。

また直ぐにアップしますので、ぜひ見て下さい。

大体、19時頃を予定しています。

もしかしたら、少しだけ早まるかもしれません。

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