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六話 『魔術師の通う学校』

 一斉に集まった視線に私が苦笑いを浮かべていると、教師が説明してくれる。


「えーと……『真宵さんは長柄さんの遠い親戚で、帰国子女で海外暮らしが長かったから日本のことについて知らないことも多い』……らしいので、皆さん仲良くしてあげましょうね!」


 事前に「イブの自己紹介の時、この紙に書いてある通りに言ってください」と担任に根回ししておいた、この世界におけるイブの設定だよ。イブのちょっとまわりとズレてる性格はこれでなんとかなると思う。……因みに、「真宵」というのは「イブ」……つまりeveがeveningの略であることに由来する、私が三秒で考えた名前。


「……あれ? 海外で暮らしてたのに、日本語は話せるの?」


 などと、輝夜が指摘する。……この設定、けっこう無理があるかも。

 でも、そんなことで台無しになるのはイヤなので……


「イブ! 席はここだよー」


 私は皆の前で声を掛けることで、なんとか輝夜の疑問が周囲に伝播することを防ぐ。そもそも異世界人に言語が通じること自体が出鱈目だから、その辺りは深く考えてなかったんだよ、輝夜。


 私に声を掛けられた、当のイブはといえば……


「…………」


 誰からもなにも知らされてないから、混乱して不満が溜まっているご様子で、じっと私を睨んでいる。今にも大鎌で死者を出しそうだね。


 ――とにかく。特に目立った問題もなくイブは席につき、クラスの興奮も静まってきた頃合いを見て始まった一時間目の授業も、無事終わり。休み時間、イブは私に詰問しようと立ち上がるけど、


「ねーねー、長柄さん」「バカあんた、長柄さんだとナギと被るでしょ」「そっか……じゃあ真宵さん、でいい?」「海外ってどこの国?」「日本語以外にも喋れるの? バイリンガルってやつ?」


 ……クラスの女子達にカゴメカゴメと囲まれて、籠の中の鳥なるアベンエズラ・バシリスさんは出られない。こんな調子が二時間目、三時間目、と続いて……


 ――結局、私とイブが腰を据えて話をできたのは昼休みのことだった。私、イブ、トキ、輝夜の四人で、内イブを除いた三人が所属する幽霊研の部室を使った昼食の時間。


「もう……イブも異世界人なら、トキは言ってくれればよかったのに……」


 トキに不平不満を言うのは輝夜。私とトキの知り合いということで、もちろん輝夜も魔術師側の人間。イブの事情についても、この場で一通り話した。


「それも考えたけどな……輝夜に教えたら、お前、みんなに異世界のこと隠そうとして、逆に不審な反応しかできなくなるだろ」


「うぅ……っ」


 隠し事がへたくそな自覚があるらしく、トキから目を逸らす輝夜。


 お弁当を広げながら三人、イブについて鼎談。今後どうするのか、とか。


「……二人」


 無為な言い合いをする二人を見て、イブが訊く。


「この二人? トキと輝夜だけど」


「……トキ。ナギの親戚で友達」


「その通りだよ! 覚えててくれたんだね、イブ!」


「うん」


 コッペパンをかじりながら、二人のやり取りを見ている。確かに、トキと輝夜の二人の掛け合いは見ていて飽きないかも。


「そんな事よりナギ。なんで」


 自分の服装を見て、眉根を寄せるイブ。


「……一言でいえば、社会体験、だよ」


 読み書きも四則演算もできないのに、わざわざイブを高等学校に通わせた。なんとなれば、人とのふれあいの機会を増やすため。今のイブに足りないのは知識としての倫理や心配りではなく、経験。殺人を用いない人とのコミュニケーション経験が、イブには圧倒的に不足している。だから、万一のことがあっても平気なように、まずは私やトキの目が行き届くこの高校で人とのふれあいを増やしていこう、というのが当面の目標。


「……嫌な人がいたら、わたしはまだ人を殺す。死んだらどうする」


 人を殺すと大事になることは理解しているイブが詰問する。


「そうなる前に私かトキが止めるし……前提としてこの学校、かなり魔術師関係の家系の生徒が多い、異能の集まる高校だからね。一回じゃ死なない人、多いと思うよ」


「……そうなの?」


 驚くイブに、輝夜が答える。


「そうよ。この学校、トキのお父さんが理事長なんだけど……トキの家、中史は、魔術師界隈だとすごく有名な一族らしいの。だから法術使いも多いのよ」


 輝夜の言うことは正しい。魔術界の権威的な中史家の当主が経営してる高校に、全国から魔術師の子供が入学してきてるのは事実。私もその一人だし、そもそも中史と長柄は親戚で、中史が本家で、分家が長柄、っていう関係だから、私がこの学校に入学したのは必然と言える。


「とにかく、イブ。ここでいろんな人と出会って、知り合っていく中で……殺人以外の方法で、嫌いな人、嫌いな事に接することを知ってくれたらって、私は思う。もちろん私も協力するし、できる限り一緒にいるから……学校通ってみようよ、イブ」


「……ナギ」


 コッペパンの最後の一口を嚥下して、


「うん。……わたしは、殺人がいけないことなのは分からない。でも、いけないことをするのがいけないことなのは分かる。……鎌は出さない」


 決意を込めた言葉を紡いで、イブはペットボトルのお茶をゴクゴクと飲み始めた。

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