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二話 『夏期講習』

 受験を間近に控えた三年ならまだしも、高二の夏休みに態々夏期講習に来るような生徒だ。登校して来ているのは真面目な性格の持ち主ばかりで、教室から雑談が聞こえてくるようなことはない。そんな中、別に勉強しに来たわけでもない私は学校にテロリストがどうとかよくある妄想を繰り広げながらうとうと頭を揺らしていた。


 ――スマホの通知音。にわかに視線が集まるのを感じて、全然慌ててないよ恥ずかしがってないよ、という雰囲気を出すために露骨に演技がかった気だるげなため息をついた後で、紺色のプリーツスカートのポケットからスマホを取り出す。


『一件のメッセージ:中史時』


 来た! やっとこの牢獄から抜け出せるね。そう心の中で抃舞しつつスマホの示す名前が見間違いでないことを確認すると、教室に音が響くのも憚らずに膝で椅子を弾いて立ち上がり、メッセージが示す『幽霊研部室』へと韋駄天走り。階段を上がって廊下の角を曲がったところに位置する、三階最奥の教室に駆け込んだ。


「廊下は走っちゃダメだよ?」


 挨拶代わりに、そして向こうが注意するより先に自分からそう言って、席につく。

 会議用長机の向かい側に座る彼――友人で親戚の中史(なかし)(とき)は、ハードカバーの本へ向けられた頭をそのままに流眄で私を見ると、こっちはまんざら演技でもなさそうなため息であたたかく迎え入れてくれた。


「廊下は走るな」


 結局言われる。無意味な抵抗だった。


「なに読んでるの?」


「異世界転生モノ」


 ハードカバーの異世界転生小説なんてものが……?


「他の部員は?」


 部室内には二人だけ。別段身の危険を感じるとかそういうわけじゃないけど、どうしたんだろう。


「そんな主体性のある部活じゃないだろ。スマホの通知一つで夏季講習から抜け出すような不真面目な性格のお前が、分かりやすい生き証人だ」


「呼び出したのはトキだけどね。……じゃ、彼女は?」


「――は?」


「名前言わなくても分かるでしょー、最近よく一緒にいる彼女。付き合ってるんじゃないの?」


「俺は童貞だよ」


 悲嘆で塗り固められたその言葉は、どんな論理的な言説よりも説得力があった。これは付き合ってなさそうだ。


「そっかー……ちなみにどうでもいいことなんだけど、近親婚が法律で禁止されてるのは三等親までなんだ。私たちは、六等親。法律的にはもーまんたいで、私は今フリー!」


「ナギ、好きだ。付き合ってくれ」


「ごめんなさい」


 ……などと、いつものようにだらだらと詮無い会話を十分ほど交わした後で。


「ふー……」


 話疲れて、ぽてん、と両腕を前に伸ばして机に突っ伏す私に、トキが言う。


「で、どうだった? アリーナ崩落事故、所感を教えてくれ」


 ……私が蘇生魔法や不死能力を持つことからも分かるように、この世界にはいわゆる「魔法」と呼ばれるようなものが、フィクションの話なんかではなく現実に存在している。一般には知られてないけど、一部の人間――例えば私やトキ――は使えて、イブの大鎌も多分、魔力の結晶でできてる。


「……なるほど。倫理観のない少女か」


 イブにまつわる事の顛末を、簡潔に述べた。


「うん、かわいい女の子だったよ。どうする?」


「概ね予定通りだ。明日、もう一度そのアベンエズラの説得に向かってくれ」


 トキがそう言ってくることは分かっていたので、了承する。


「それはいいけど……トキ、なんであの時間、あの場所にイブが異世界転移してくるって知ってたの?」


 ずっと気になってたことを訊ねる。


 昨日の二十二時頃、あの場所をうろついているよう私に指示したのは、トキだ。私はトキの指示に従って、アリーナ周辺でアイス片手に無聊を託っていたんだけど……


「さあな。未来予知でも使えるようになったんだろ」


 にべもなく流されてしまう。本人は冗談のつもりで言ってるんだろうけど、トキなら本当にできちゃいそうだから冗談になってないことに気づいているんだろうか。


「とにかく、明日も同じアリーナに向かってくれ。アベンエズラ……イブは、まだその場所にいるはずだ」


 また予知したかのように自信のある物言い……もうツッコまずに頷く。


「でも、私嫌われちゃったよ? 説得もうまくいかなかったし……」


 嫌なのは嫌い、とイブは言っていた。そして嫌いな人は殺す、というイブの倫理観を正そうとした私は、それに失敗した。だからこそ私は殺されて、今ここにいる。不道徳を諭すことはできず、イブには嫌われた。そんなんじゃ、二度目の説得は無理だと思ったんだけど……


「人から好かれるのは、ナギの特技の一つだろ。平気だよ」


 事もなげに、トキがそんなことを言う。……ちょっと驚いた。


「……それは、トキがそう言ってくれるなら自信持つけど、倫理観云々の方は? ――トキはなんで、人を殺しちゃいけないんだと思う?」


「……」


 私にそう問われたトキは、しばらく目を瞑って黙考し――あるいはするフリをしてから――再び目を開けて、


「人を殺すのは――」


「……」


 私はこまめに相槌を打ちつつ、トキの考えを聞いた。語り終わると、トキはそのどことなく怜悧な印象を与える目をこちらに向けて、「分かったか?」と確認してくる。


「……なんとなく、納得したかも」


「最後は、ナギ次第だ」


「うん、説得してみせるよ」


 小さくガッツポーズをとって、自らを鼓舞する。


 ――突然異世界転移してきた倫理観の欠けたイブを説得して、この世界への被害を抑える。


 方針も固まり、やることが明確になった前途洋々たる私に、トキがこんなことを言ってきた。


「……そうだ。明日は、俺も同行させてもらうぞ」


「……え?」

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