表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

最終話 『言霊の 幸はふ国と 語り継ぎ』

「……って感じかな」


「……ナギ」


 回想的な語り方で、過去のことをイブに伝えた。


 過去の私とイブ。普通のこと、通常の幸福や感覚を、生まれ持った能力や環境によって得ることができない悲しみ、むなしさ。そういったものがどこか重なって見えて、私はイブを、どうしても助けたくなっちゃったんだと思うよ。そしてそれは、間違ってなかったとも。


 ……私の話を聞いたイブは、


「……ナギ。いなくならないで」


 相変わらず舌足らずな声で、なんだか突飛なことを言いだした。


「どうしたの、イブ?」


「……ときどき。まだ三日だけど、考えることがある。ナギが急にいなくなる。死なないハズのナギの死」


「……イブ」


 それは、こどもが抱く寂しさにも似た何か。その正体は、きっとイブ本人にしか知り得ないものだろうから、私が深く聞くようなことはないけど。


「トキが死ぬ時、ナギも死ぬ。トキは不死身ではない。もしかしたら明日交通事故で死ぬかもしれない。そうなったとき、ナギも死んでしまう。わたしの前からいなくなってしまう」


「……それは」


 たしかに、そうだ。だからこそ今、トキと私は特に気を張って日常の生活を送っているんだけど。


「だから、ナギ。いなくならないで。わたしは、ナギが好きだ。殺しても死なない。いなくならないでくれる」


「ほんと? ありがとー、私も好きだよー」


 嬉しくなって、思わず手を振ってしまう。もうすっかり気を許してくれるようになったイブは、私と鏡合わせになるように同じ方の手で私に手を振ってくれる。


「うん」


 かわいい。だから、こんなイブを一人にしていいはずがない。


「……私はいなくならないよ、イブ」


「……ホント」


「ほんとだよ。出会った最初の時に言ったでしょ、日本は『言霊(ことだま)(さき)わう国』だって。あの日、あの時、イブが私の名前を呼んでくれた瞬間から、イブの中に長柄凪って存在は深く根付いて、永劫に消えることのない不死の身体となったの。だから私は死なないし、いなくならないよ」


「……ナギ……、うん」


 納得したらしいイブ。


「……じゃあ」


 満足した様子で……例の、大鎌を取り出した。


「あれー? イブ、私、殺されちゃうの?」


 おどけた様子で訊くけど、イブは至って真面目な顔で……そう、イブが無表情ではない、真面目な顔をしてくれている。そうして、私を悲しんでくれている。


「ナギの話を聞いて。わたしは……嫌だと思ったから」


 まあ、そりゃそうだ。あれは決して幸せな話なんかじゃない。暗くて、ネガティブな、後ろ向きの憂鬱な過去だ。話を聞いたイブが気分を害しても、仕方がないかもしれない。……もっとも、イブは気分を害したんではなく、私を悲しんでくれたんだ、と予想するよ。その悲しみを、「嫌い」だと表現した、って。


「また、私を殺す?」


「……」


 イブは黙っている。私のことを想って、黙っていてくれている。


「いいんだよ。素直な気持ちを教えて」


「さっきも言ったけど、わたしはナギが好きだ。……でも、殺すことへの抵抗は、ない」


「そっか」


「嫌なことは、嫌だ。それは変わらない。だから嫌なものをなくすために、わたしはまた殺す。その相手がナギでも、嫌なことをされたら、わたしはナギを殺す。今も、そうする」


 私のことは好きでも、私のすることは嫌い、ってことかな。でも、私を好きになってくれただけ、大きな進歩だよ。


「そうだね」


 まだまだ時間はかかりそうだけど。……いつか。


「ばいばい、ナギ」


 イブは大鎌を振るう。躊躇なく、迷うことなく。


 出会った当初のように。私の命を刈り取っていく。


 それでも、イブは私を、悲しんでくれている。


「うん、家で待ってるね、イブ」


 それだけは確かな事だと、確信して。私の肉体が、死亡した。



   ☽



 ……ナギが死んだ。でも、生き返ってる。感覚で分かる。


「……」 


 今のわたしには、殺人が、人を殺すことが、どうして悪いことなのか、分からない。どうしていけないのか、どうしても分からない。


 だからわたしは殺人という、最も手っ取りばやい方法で、嫌いな人を、嫌いでなくなるようにする。


 わたしはこれからも、何度も、なんども、ナギを殺すだろう。大好きなナギが、嫌なことをするたび、殺すだろう。


「……長柄、ナギ」


 ……でも、いつか。


 わたしも、いつか。 


 ナギみたいに、嫌なものを、そうなのだから仕方ないと認めて。嫌であり続けて。


 ナギを、誰かを、殺したくないと、思えるようになって。


 ナギみたいに、みんなみたいに、殺すのはいけないことだと、自然に思えるようになって。


 そうして、殺人以外の方法で、人を嫌いでなくなるようなことがあれば。


 ナギが言ってた、「嫌い」が「好き」になる喜びなどというものに、触れられたら。


 そうであればいいなと……いや。


 絶対にそうなると……わたしは、決めている。


 だから、それまでは。


「ナギ」


 名前を呼んで、わたしの家に帰る。

ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ