最終話 『言霊の 幸はふ国と 語り継ぎ』
「……って感じかな」
「……ナギ」
回想的な語り方で、過去のことをイブに伝えた。
過去の私とイブ。普通のこと、通常の幸福や感覚を、生まれ持った能力や環境によって得ることができない悲しみ、むなしさ。そういったものがどこか重なって見えて、私はイブを、どうしても助けたくなっちゃったんだと思うよ。そしてそれは、間違ってなかったとも。
……私の話を聞いたイブは、
「……ナギ。いなくならないで」
相変わらず舌足らずな声で、なんだか突飛なことを言いだした。
「どうしたの、イブ?」
「……ときどき。まだ三日だけど、考えることがある。ナギが急にいなくなる。死なないハズのナギの死」
「……イブ」
それは、こどもが抱く寂しさにも似た何か。その正体は、きっとイブ本人にしか知り得ないものだろうから、私が深く聞くようなことはないけど。
「トキが死ぬ時、ナギも死ぬ。トキは不死身ではない。もしかしたら明日交通事故で死ぬかもしれない。そうなったとき、ナギも死んでしまう。わたしの前からいなくなってしまう」
「……それは」
たしかに、そうだ。だからこそ今、トキと私は特に気を張って日常の生活を送っているんだけど。
「だから、ナギ。いなくならないで。わたしは、ナギが好きだ。殺しても死なない。いなくならないでくれる」
「ほんと? ありがとー、私も好きだよー」
嬉しくなって、思わず手を振ってしまう。もうすっかり気を許してくれるようになったイブは、私と鏡合わせになるように同じ方の手で私に手を振ってくれる。
「うん」
かわいい。だから、こんなイブを一人にしていいはずがない。
「……私はいなくならないよ、イブ」
「……ホント」
「ほんとだよ。出会った最初の時に言ったでしょ、日本は『言霊の幸わう国』だって。あの日、あの時、イブが私の名前を呼んでくれた瞬間から、イブの中に長柄凪って存在は深く根付いて、永劫に消えることのない不死の身体となったの。だから私は死なないし、いなくならないよ」
「……ナギ……、うん」
納得したらしいイブ。
「……じゃあ」
満足した様子で……例の、大鎌を取り出した。
「あれー? イブ、私、殺されちゃうの?」
おどけた様子で訊くけど、イブは至って真面目な顔で……そう、イブが無表情ではない、真面目な顔をしてくれている。そうして、私を悲しんでくれている。
「ナギの話を聞いて。わたしは……嫌だと思ったから」
まあ、そりゃそうだ。あれは決して幸せな話なんかじゃない。暗くて、ネガティブな、後ろ向きの憂鬱な過去だ。話を聞いたイブが気分を害しても、仕方がないかもしれない。……もっとも、イブは気分を害したんではなく、私を悲しんでくれたんだ、と予想するよ。その悲しみを、「嫌い」だと表現した、って。
「また、私を殺す?」
「……」
イブは黙っている。私のことを想って、黙っていてくれている。
「いいんだよ。素直な気持ちを教えて」
「さっきも言ったけど、わたしはナギが好きだ。……でも、殺すことへの抵抗は、ない」
「そっか」
「嫌なことは、嫌だ。それは変わらない。だから嫌なものをなくすために、わたしはまた殺す。その相手がナギでも、嫌なことをされたら、わたしはナギを殺す。今も、そうする」
私のことは好きでも、私のすることは嫌い、ってことかな。でも、私を好きになってくれただけ、大きな進歩だよ。
「そうだね」
まだまだ時間はかかりそうだけど。……いつか。
「ばいばい、ナギ」
イブは大鎌を振るう。躊躇なく、迷うことなく。
出会った当初のように。私の命を刈り取っていく。
それでも、イブは私を、悲しんでくれている。
「うん、家で待ってるね、イブ」
それだけは確かな事だと、確信して。私の肉体が、死亡した。
☽
……ナギが死んだ。でも、生き返ってる。感覚で分かる。
「……」
今のわたしには、殺人が、人を殺すことが、どうして悪いことなのか、分からない。どうしていけないのか、どうしても分からない。
だからわたしは殺人という、最も手っ取りばやい方法で、嫌いな人を、嫌いでなくなるようにする。
わたしはこれからも、何度も、なんども、ナギを殺すだろう。大好きなナギが、嫌なことをするたび、殺すだろう。
「……長柄、ナギ」
……でも、いつか。
わたしも、いつか。
ナギみたいに、嫌なものを、そうなのだから仕方ないと認めて。嫌であり続けて。
ナギを、誰かを、殺したくないと、思えるようになって。
ナギみたいに、みんなみたいに、殺すのはいけないことだと、自然に思えるようになって。
そうして、殺人以外の方法で、人を嫌いでなくなるようなことがあれば。
ナギが言ってた、「嫌い」が「好き」になる喜びなどというものに、触れられたら。
そうであればいいなと……いや。
絶対にそうなると……わたしは、決めている。
だから、それまでは。
「ナギ」
名前を呼んで、わたしの家に帰る。
ありがとうございました!