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3 名探偵と美女

 地下へと続く階段を降りていくと、依頼人に指定された待ち合わせ場所『CAFE・BAR スミル』があった。

 

木目の目立つ重々しいドアを押しあけて中に入ると、ドアにぶらさがっていた鈴が左右に揺れて綺麗な音を鳴らす。


 地下にあるせいか店内は昼間なのに薄暗い。何人かの客がすでにいるみたいで静に寛いでいた。


 周囲をざっと見回してみたけど、依頼人らしき人はいない。少し早すぎたようだ。


 僕は適当に時間でも潰して待つかと座れる席を探す。すると、カウンター席に妙に(なま)めかしい雰囲気の女性がいた。


天井から吊るされているランプの光が、舞台演出のようにアメジスト色の彼女の美しい髪を輝かせ、自然と目が奪われてしまう。


彼女は一人で優雅にコーヒーを飲んでいた。

その上品な仕草から、育ちの良さが伺える。

 


 この光景に僕は父の言葉を思い出す。


 『もし目の前にいい女がいたらスルーしてはだめだ。どんな時代でもハードボイルドな探偵ってやつは美女と難事件から逃げやしないのさ』


 

 ふっ、と僕はニヒルに笑う。

ならば若輩ながら探偵業界に末席を汚すこの身として、選択肢はひとつしかありえない。


僕は彼女の隣に座った。そしてバーのマスターにバーボンを注文する。


 酒と探偵と女。これらは昔から三つで一セットと決まっている。三位一体不偏の流儀だ。


「どうぞ」



 マスターがくれたバーボンを受けとりグラスに軽く口をつける。

蒸留酒の芳醇な香りがひろがり、安酒ではだせない濃厚な甘みも感じとれる。どうやら悪い店ではないらしい。


僕がひとしきりバーボンを堪能していると、女が話かけてきた。



「こんな時間からずいぶんと強いお酒を飲むのね?」


 そう言うと、彼女は僕が手に持っているバーボンを見る。


 僕は、女の質問に即答せず、グラスの中のロックアイスを数回まわしてから答えた。



「上質なバーボンを飲むのに、時間なんか関係ないさ」


すると、彼女は僕の意見に納得しなかったのか、『それは違うわ』と反論してくる。

 

「私もバーボンは好きだけど一日のすべきことを全て終えてから飲むようにしてるわ。だからコーヒーで我慢してるの」




 そう言ってトントンと指先でマグカップを優しく叩いて、彼女は自然と耳を傾けてしまいたくなる甘いけど大人っぽい魅力的な声でふふと小さく笑った。



ここで僕はまだ彼女の顔を、ちゃんと見ていないことに気がついた。


相手の目を見て話さないのは、紳士として失格だ。

僕は目線をずらして彼女の顔を眺める・・・・・そして、僕の時間は瞬く間に凍りついて止まってしまった。


 


 そこにいたのは蠱惑的な表情を浮かべて笑う、男を狂わせる魔女だった。


 切れ長の目に見つめられて、僕の心臓がドキンと飛び跳ねる。

黒真珠のような綺麗な瞳に見つめられると、心の全てが見透かされている錯覚に陥った。


この広い帝都でも彼女ほど整った顔立ちをした女は見たことがない。

きっと何人もの哀れな男が彼女に惚れ、そして塵を吹くように散っていったことだろう。



 だが、僕は探偵だ。

そこらの凡百の男共とは違う。どんな時だって結果を残すことが出来る紳士なのだ。


 僕は無言で自分のグラスを眺めて5秒数える。

めいっぱい彼女の注目を集めたところでバーボンを一気に飲み干して、全身全霊でカッコいいと思う決めゼリフを吐いた。


「ふん、どんな人生にも(はばか)らず飲みたい瞬間の一つや二つあるものさ。たとえそれが汚らしい場末のBARだろうとね」


 言い終わった後、チカっとウインクを添えて、僕は微笑んだ。

ふふふ、決まった。間違いなくハードボイルドだった。


むしろ、これで落ちない女なんて存在する筈がない。探偵とはどんな状況でも対応してみせるから、探偵なのだ。


しかし、なんと運が悪いことか、BARのマスターが手を滑らせて、カウンターの奥でグラスを割ってしまった。



 これでは僕の渾身のハードボイルドシーンが台無しだ。


はあー、とため息をついてマスターを見ると、青筋を浮かべて震えている。顔色が悪い、ケガでもしたんだろうか。


「も、申し訳ごさいませんお客様。とても()()()()()()()()を邪魔してしまって」


「まぁね、でもいいよ。気にするな。誰にだってミスくらいするさ」


 謝られたので、器のデカい僕はマスターの些細なミスを許してあげる。

すると、どこからかピキィと脳の血管が切れたような音がした。


「お詫びにこちらをどうぞ。お客様の言う通り、()()()()()()()()ですが、スペシャルメニューをつくらせて頂きました」


 さきほどよりもガタガタ震えて体調のわるそうなマスターが七色の毒々しいカクテルを差し出してきた。


 たいした失礼もしてないのに、ここまでしくれるとはマスターはプロの鏡だな。中に々サービスがいき届いてる。


断るのも野暮なので、僕はカクテルに口をつけた。


「うん、うまい。やるじゃないか」


「・・・・は?」


「もう少し見た目を整えれば最高の一杯だ」


「あ、ありがとございます?」


 マスターが信じられない者を見るような目で僕をみている。

そんなにこのカクテルに自信があったのか?しかし見た目が悪いのは事実だ。


だが、バーボンにもこだわりを感じたし、マスターの腕は疑いようもない。

これからも精進して、頑張ってほしい。


 僕がマスターと会話をしていると、クスクスと笑う声がしたので隣を見ると、彼女が声を抑えて笑っていた。その笑顔からはさっきまでの魔女のような雰囲気は消えていて、どこか子供っぽい印象の女がいた。



 どうやらこっちが彼女の素らしい。それも美しいと思った。



「貴方って変わっているのね。面白いわ」




 僕が面白い?それはハードボイルドの間違いじゃないだろか。

僕は職業柄気のきいたジョークってやつをいくつもノートに書き留めてあるが、面白さを追及したことなんて一度もないというのに。



「私知ってるわ、バッチをつけてるから貴方って探偵なんでしょ。どんなことをしてるの、有名な探偵?」


彼女は僕の襟元についている、探偵の証であるバッチを見て言った。

これは帝国に認められた者にだけ送られる特別な物だ。


これに気がつくとは、やはり彼女には見る目がある。


「ああ、有名だね。とある分野においては英雄と呼ばれ、帝国で僕の右にでる者はいない、とまで言われている」



「英雄!? すごい、それってどんな分野なの?」



「それは・・・・・言えないな」



 僕が言い淀むと彼女は不服そうにふくれてしまった。



「なんだぁ、なにかあれば依頼しようと思ったのに」


「悪いけど僕は探偵にプライドを持ってやってるから安請け合いはしないんだ。きわめて重要な依頼のみ受けることにしている」


「ふーん、きっと世間を揺るがすような重大な事件を扱ってるのね。ねぇ私にだけ教えてよ。知りたいの」



 「・・・まったく、仕方ないな」

 

 流石の僕も猫のような甘えた声で鳴かれては、彼女の魅力に抵抗するのは厳しいみたいだ。


懇願してくる彼女に僕は余裕の笑みを浮かべ、距離をつめて耳元に囁いた。


「そんなに知りたいなら今度僕の事務所にくるといい。色々と教えてあげよう」



 僕のセリフに彼女は顔を赤くした。

照れ隠しだろう、ハハハと乾いた笑い声を出して彼女がなにか答えようとした時、ちゃらーんと入口のドアの鈴がなった。



「ああすみませんマーロさん、おくれてしまいました!」



つなぎ姿の女が入ってきて僕の名前を大きな声でよんだ。


「ちょっと動物園の方が色々たて込んでて、おくれちゃいました。テヘ」


勝手に僕の隣に座り、なにも気にすることなくその女はベラベラと喋りつづける。


「そうだ、これが今回の依頼の資料です。逃げたしたワンちゃんの写真もはいってるので確認してくださいね!あっ、マスター私リンゴジュース」



 常連なのだろう、彼女のオーダーを聞き終える前にマスターは素早くリンゴジュースを提供していた。


その間もこの女はベラベラ際限なく話をつづける。


「ちょっとマーロさん聞いてます?」


「・・・君いきなり隣に座ってなにをいってるんだ。人違いじゃないか?」


僕が注意すると彼女はきょとんとした顔をしたあと、大笑いした。


「あははは、いつもお世話になってるマーロさんを見間違うわけないじゃないですかぁ。私ですよミランダですよ!」


 冷や汗をかいている僕の肩を、くそ忌々しい女ミランダがバシバシと叩いてくる。


「動物園?ワンちゃん?・・・ねぇミランダさん彼はいったいどんな探偵なのですか?」



 隣で話を聞いていた彼女がミランダに質問する。

もちろん初対面だろうとミランダは気にせず、まるで自分のことのように誇らしげに言った。


「マーロさんは凄い探偵なんですよ!ことペット探しの分野においては帝国で右にでる者はいないとまでいわれてるのです! それでついた二つ名が、ペット探しの名探偵『動物を探しだす者(アニマルサーチャー)』のマーロ!! まさに我々動物園関係者や、動物愛好家のなかでは英雄なのです!」






 長い沈黙があった。



彼女は冷たい目で僕を見下している。


「へぇー、きわめて重大な事件ね。そうよね、英雄様からしたら困っている人を助けるのは当たり前だものね」


「ま、まあね」



「・・・・・・」



「・・・・・・」



 空気を読まずどどどどうしたんですか二人とも!?と隣でミランダが騒いでる。


 そんなミランダにあきれたのか、彼女ははぁと大きなため息をはいて言った。


 「最初は貴方のことユニークでとても気に入っていたわ。まあ別に嘘をつかれた訳じゃないし、今回はこれで許してあげる。気が向いたら貴方の事務所に遊びにいってあげるわね」


 そういって彼女は飲みかけのコーヒーを僕の頭にダラダラとかけて、店を後にしていった。


 結局、僕も凡百の男達と同じように美しい彼女に惑わされた内の一人となってしまったようだ。


 垂れてきたコーヒーが少し口に入り僕の乾いた舌を伝う。うん、これはブランル国産の高級豆のコーヒーだ。


  やはりマスターはいい腕をしている。



マーロの好きなもの


① ハードボイルド

② ミステリー小説

③ Dカップ


ちなみに、作中のバーボンを飲む時間について語っているのは、作者が好きなレイモンド・チャンドラーの作品、ロング・グッドバイにでてくる有名なセリフ『ギムレットを飲むには早すぎる』の遠回しオマージュ?です。


意味は全然ちがいますが汗



ここまで読んでくれてありがとうございます!

感謝をこめて、貴方の心にハードボイルド!!

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