第三話 デウス・ウクス・マキーネ
十二試艦戦、後の零戦の要求仕様はとても過酷なものでした。それを何とか達成するために堀越は知恵を絞ります。(嘘)
■昭和十三年(1938年) 名古屋 三菱航空機
堀越は悩んでいた。
眉間に皺を寄せ腕を組む彼の前には冊子が置かれていた。幾度も読み返されたのだろう。既に紙はボロボロで、あちこちにメモが所狭しと書き込まれている。机上にもメモやスケッチが散乱している。
その表紙には『十二試艦上戦闘機計画要求書』と書かれていた。堀越はその計画の設計主務者を拝命していた。
「要求性能は何とか達成できる……いや、何とかする。しかし……」
十二試の要求仕様は、一昨年に量産が始まったばかりの九六式艦戦を遥かに凌ぐ過酷なものだった。既に中島飛行機は実現困難として辞退を表明している。
だが堀越はその点は気にしていなかった。彼を悩ませているのは全く別の問題だった。
「これじゃ紡錘形にできない!」
堀越はメモの束を放り投げた。(ハズキ○ーペ風)
いつの頃からか堀越は紡錘形に拘るようになっていた。新入社員の頃にドイツで研修を受けたあたりからだろうか。紡錘形は美しいライン、至高のライン。狂おしいほどに堀越は紡錘形に魅了されていた。
美しさは性能を現す。設計で大切なのはセンス。センスは時代を先駆ける。技術はその後についてくる。それが堀越の中では真理であった。
七試の時は妥協して信念を曲げてしまった。その結果七試は技術不足も相まって失敗作となった。逆に信念を貫いた九試=九六式艦戦は素晴らしい性能を誇っている。
更に昨年、空技廠から紡錘形理論の概案が齎された。実績と理論、それらが堀越の信念を更に強固にしていた。
「問題は機首だ……機首をどうにかしなくては……」
九試では空冷単列星形の寿発動機だったので、カウルとシリンダーを除けばきれいな紡錘形を描いていた。
しかし今回搭載しようとしてるのは複列発動機である。これではどうしても機首が断ち切られたようなラインになってしまう。堀越が理想とする紡錘形からほど遠い。
大きな発動機とカウルが第一の問題。そしてカウルとプロペラスピナーの段差が第二の問題だった。
「二度目は無い。僕はそう誓ったはずだ……」
今回と同様に複列発動機を搭載した七試の失敗が堀越の頭をよぎる。もう二度と失敗はしない。妥協はしない。無残な残骸を目の前にしたあの日、堀越はそう誓ったはずだった。
その誓いを胸に、堀越は改めて机に向かった。
(以下、汐文社さんの正式見解もありますので、は〇しのゲンF-X選定コラの脳内補完でお楽しみください)
■延長軸
「そうや、延長軸で機首を伸ばせば紡錘形に近く……」
「って、1000馬力程度の出力で要求性能達成ギリギリなのに、延長軸の出力ロスと重量増加の余裕なんかどこにも無いんじゃ!」
■エンテ型推進式
「そうや、前の発動機が邪魔なら後ろにもっていけば……これなら完璧な紡錘形が……」
「って、艦載機なのに機尾にプロペラつけてどうやって着艦するんじゃ!散香も第3スチラドゥも陸上配備なんじゃ!」
■双ブーム推進式
「そうや、後ろのプロペラが邪魔なら、その後ろに尾翼をもっていけば……これなら離着艦も問題ない……」
「って、1000馬力の出力で機体を大型化させてどうすんじゃ!空母のエレベータにも載せられんわ!」
■左右非対称
「そうや、双ブームが駄目なら尾翼と発動機の胴体をわけてやれば……これなら機体も小さくできる……」
「って、そんなキモい機体に誰が乗るんじゃ!Bv.141も性能は問題なかったのにキモすぎて採用されんかったじゃろうが!僕はリヒャルト・フォークト博士みたいに変態呼ばわりされとうないんじゃ!」
■いっそ液冷
「そうや、液冷発動機なら段差のない完璧な紡錘形が……」
「って、要求仕様で空冷を指定されとるんじゃ!そもそも液冷発動機を開発失敗して日本が空冷使う羽目になったのは自分とこの三菱の責任じゃろうが!」
■いっそスピナーなし
「スピナーが……スピナーがあるから問題なんや……それが無けりゃ万事解決…」
「って、米軍機みたいなブサイク顔にしてどうするんじゃ!そもそもスピナー無くしても発動機が残っとるじゃろうが!」
■いっそ双発
「胴体に発動機とスピナーがあるから問題なんや……双発にすれば胴体は完璧な紡錘形に……馬力二倍で要求性能も余裕でクリアじゃ」
「って、そもそも要求仕様が単発なんじゃ!ラバ空みたいに上手くいくわけないじゃろうが!」
■いっそジェット
「あかん……徹夜続きで朦朧としてきた……そうじゃ、そもそもプロペラが……プロペラと発動機があるからダメなんじゃ……そうじゃジェットなら、ジェットならゴキもスズメバチも一発や」
「だれか……だれかホイットルを拉致してきてくれ……」
■いっそロケット
「あかん……徹夜続きで朦朧としてきた……そうじゃ、そもそもプロペラが……プロペラと発動機があるからダメなんじゃ……そうじゃロケットなら万事解決や」
「世の中ロケットだよボンド君。ゴダード連れてこい、月でも大霊界でも行ってやるよ」
堀越は紙にアイデアを書きなぐり、三日三晩不眠不休で悩み抜いた。
しかし良いアイデアが浮かばない。煮詰まった堀越は雑念を払うために山籠もりして滝に打たれて瞑想していた。その時、堀越は天啓を得た。
「そうだ!スピナーでカウルの前を全部覆ってしまえばよいじゃないか!」
これならばスピナーとカウルの段差をなくせる!カウルを合わせて整形してしまえば理想の紡錘形が出来上がる!スピナーを大型化するだけだから重量増加はそれほどでもない。
それでは冷却風が発動機にあたらないって?ならばスピナーに穴をあけて、そこから空気を入れればいい。スピナーの先端だけ紡錘形が断ち切られる事になるが、先っちょだけ、先っちょだけだから!
「これだ!これで勝つる!」
堀越の思いついたアイデア、それはダクテッドスピナーであった。この頃、世界中で試され、実効性が薄いと分かりすぐに打ち捨てられたアイデアである。
実は堀越の知らない事だが、同じころドイツではクルト・タンク博士が堀越と同様に悩んでいた。
修道院に三日三晩籠りドイツ人の血肉であるビールとソーセージ抜きの過酷な修行を行った彼は、混濁した意識の中で堀越と同じ結論に達した。そして試作機FW190V1を設計した。
だが試験の結果あまり効果が無い事がわかり、ビールを飲んで我に返ったクルト・タンク博士は結局普通の機首にもどしたという。
ダクテッドスピナーのアイデアを取り入れ、堀越が新たに書き起こした線図は機種から機尾まできれいな紡錘形を描く美しいものだった。
軽量化のためプロペラは増速ファン無しの直結となっているが、大柄なスピナにより偶然生まれた内部スペースが拡散効果を生み冷却にも問題は無かった。
そして各種審査を経た後、昭和十四年九月、この機体は零式艦上戦闘機として海軍に正式採用された。早速、中国戦線でデビューした零戦の情報はシェンノートにより米国に知らされたが
「液冷か空冷か不明の新型戦闘機」
などという戯けた報告は米国で全く信用されなかった。
ちなみにこの頃、海軍から零戦の発動機を栄から金星に換装する検討提案があったが、堀越はそれを一蹴している。航続距離の減少や機体各部の強化が必要などと尤もらしい理由を挙げてはいたが……
「紡錘形が崩れるから、やだ」
これが真実であった。
■十四試局戦 雷電
零戦を世に送り出した堀越は、続いて十四試局戦の設計にとりかかった。当然ながらここでもダクテッドスピナーを採用する。
大きなスピナーを支えエンジン冷却風量を確保するため、プロペラブレードは根本まで太く端部まで幅の広い櫂の様な形となった。零戦の成功から発動機に延長軸や増速ファンはなくプロペラ直結である。
零戦同様に今回も見事な紡錘形を描く機体は、某水上機単能メーカーのように延長軸や二重反転ペラも使っていないため機械的な不具合は一切なく、視界不良の是正以外は特段の指摘も無く開発が順調に進んだ。
そして見事に要求性能を(ギリギリ)クリアした機体は雷電として昭和十六年に実戦化されることになる。
■十七試艦戦 烈風
十七試艦戦、後の烈風にも当然の様にダクテッドスピナーと紡錘形は受け継がれた。
可もなく不可もない性能の機体ではあったが、当時の米軍機に対抗可能な性能は有していたため昭和十九年に正式採用されている。
終戦間際には、烈風に誉発動機二基をタンデムに搭載しダクテッドスピナーに二重反転ペラを装備した高高度局戦型(陸海軍共用:キ99)が試作されたと伝えらえている。
この機体は試験飛行中にB-29を迎撃し、護衛のP-47から逃れるためにパワーダイブした際に音速を突破したという伝説がある。
戦後、米国NACAの行った実験によれば、ダクテッドスピナーの効果は極めて限定的であった事が判明している。
むしろ零戦から雷電、烈風に続く堀越の設計した機体は、プロペラ収束流の影響で性能面ではマイナスだったとの研究結果が出されている。取材でその点を尋ねられた堀越は
「失せろ!!俺の心も魂も紡錘形も俺だけのものだ」
まったく取り合わず記者を追い返したという。
デウス・ウクス・マキーネ、V-1からUボートまで一杯積んでましたが、どうやって浮力確保してたんでしょうか。不思議です。ちなみに、どんでん返しや超展開って意味だそうです。
紡錘形理論は雷電が有名ですが、理論化されていなかっただけで実は零戦から適用されていました。(本当)
FW190の試作機がダクテッドスピナーを付けてましたが、物凄く格好悪いです。(本当)
時間があればダクテッドスピナーを備えた紡錘形の零戦、雷電、烈風、キ99のイラストを描きたかったのですが〆切に間に合いそうにありませんでした……残念。