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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第3話・最終話 始末 第3章・最終章

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11 お前のためなんかじゃない

 ひとりで酒杯を傾けていれば、ふっと背後に気配を感じた。

「隣、いいかな?」

 何も返事をしなかったが、相手はそれを了承と取って、長い卓の隣席に腰を下ろした。アスト酒を――と酒場の主人の注文し、それが運ばれてくるまで、彼らは無言だった。

「報告書は、上げたよ」

 新来者は言った。

「わざわざ、君のために二通作った。目を通しておくかい」

 卓上に置かれた書類を少しの間じっと眺めてから、改めて彼は、新来者に目を移した。

「控えを作るのはかまわんが、持ち歩くな」

「服務規程に触れる、と?」

 ふん、と男は笑った。

「そういうことを君に言うのが、私の役割だったと思うがね」

「何をしにきたんだ? アイヴァ」

 ビウェル・トルーディは書類を手に取ると、かつての相棒を呼んだ。

「ラウセア君には涼しい顔をしてみせてたけど、内心ははらわた煮えくりかえってるところだろう。慰めにきてやったんじゃないか」

 アイヴァ・セイーダは肩をすくめてそう応じた。

「余計なお世話だ」

「煮えくりかえっている件は、特に否定しない、と」

「うるさいな」

 言うとビウェルはアスト酒をあおって追加を注文する。

「例の廃墟の件。こちらから言わなければ、上はこのままで終わらせるよ。本当に、それでいいんだね?」

「町憲兵隊が総力を挙げて何になる? あの野郎はもう街を去った。俺たちでは追えない。だいたい、関係しているという証拠は見つからない」

「生存者から話を聞ければよかったんだけどねえ。かろうじて生き延びた者は、みんな、とんずらだ」

 アイヴァは肩をすくめた。

「みんな、ね」

 その繰り返しに、ビウェルはじろりとアイヴァを睨んだ。

「何か言いたいことがあるなら、言え」

「山のようにあるよ。端から全部、話そうか?」

「いや、やめろ」

 初めて組んだときからの苦情をとうとうと語られてはたまらない。ビウェルは手を振った。

「……無難な仕上げだな」

 その代わりに彼は、アイヴァの持ってきた報告書の写しに目を通した。

「相変わらず、こういったことはお得意か」

「まるで何か小細工をしているような物言いはよしてもらおうか。事実を事実として書くだけだ。時折、意見は挟むがね」

「『逃亡者たちの隠れ家だったと見られる』『農村から食糧を強奪していた模様』『地下空間の補強は素人によるもので、崩落は事故』」

 ビウェルは何行かを読み上げた。

「何か問題が?」

「ちんぴらどもが集まって、何するってんだ」

「さあ。悪だくみだろう、たぶん」

「チェレン果ばかり大量に盗んだと?」

「あとの方で、さばくつもりでもあったんだろうと書いてるよ。巧いことやれずに腐らせたんだろうと」

「――あれは事故、か」

「事故だろう?」

 アイヴァはかすかに、笑った。

「そう言ったのは君だ、ビウェル」

「ああ、そうだな」

 何杯目になるのか、彼はアスト酒の杯をもてあそんだ。

「事故だ」

「これを提出したよ。今夜中なら、修正が利くけれど」

「要らん。充分だ」

 ビウェルは書類をアイヴァに差し出した。うなずいて、元相棒はそれを受け取る。

「すまなかったな」

 それからビウェルは、そう言った。アイヴァは目を丸くする。

「熱でもあるかな?」

「ええい、触るな」

 ビウェルは苦い顔で、額に触れようとする相手の手を振り払った。

「いまのは、お前に謝罪した訳じゃない。文句のひとつもあったろうに、お前を信頼したカルンに謝ったんだ」

「カルンはおそらく、何か勘づいてるよ。その上で、黙っている。伊達に私と組んでいない。君と違って、賢いから楽だ」

「人のことは放っておけ」

 余計な一言にビウェルはそう返した。

「ラウセアは、何も勘づいちゃいない」

 ぼそりと呟く。アイヴァは片眉を上げた。

「それならここで、彼にも謝罪しておくんだね」

「……そうするか」

 何とも素直に、ビウェルは謝罪の仕草などした。アイヴァは少し笑う。

「可笑しいか」

「可笑しいね。君は案外、人が好い。話をすればラウセア君は、きちんと事実を受け入れられるだろうに」

「馬鹿を言うな。あいつが衝撃を受けんようにと気遣ってやってる訳じゃない」

「判ってるよ。君はひとりで、抱える気だ」

 アイヴァは杯を差し上げた。

「もっとも、ここにもうひとり、事実を知る人間がいることは忘れないように」

「脅迫でもするか?」

「それもいいね。あのことをばらされたくなければ……とやれば、ずいぶんと君の優位に立てそうだ」

 澄ました顔で、アイヴァは言った。ビウェルはふんと鼻を鳴らす。

「事実の隠蔽。これだけで充分、犯罪行為だ」

「そうなるね。望ましからぬことに、私も共犯ということになる」

 でも、と彼は続けた。

「君の言う通り、総力を挙げて追うことはできない。あの先生はもうアーレイドにいないんだからね。それならば町憲兵隊では何も気づいていないことにして」

 そこで少し、アイヴァは間を置いた。

「――個人的に、追えばいい」

「はん」

 ビウェルは笑った。

「そいつは、逸脱行為だな」

「うん、そうだね。いまのは、一般的な話に過ぎないよ」

 あっさりと彼らは言い合った。

「ねえ、ビウェル」

「何だ」

「本気じゃないだろうね?」

「何がだ」

「私が言うのは」

 アイヴァは杯を置き、真剣な瞳で同僚を見た。

「君が、ここを離れるつもりじゃないだろうね、と」

「馬鹿なことを言うな」

 ビウェルは一蹴した。

「俺は、この街の町憲兵だぞ。ここでできることをやるだけだ」

「――それを聞いて安心したよ」

 ほうっと彼は息を吐く。

「私も協力しよう。君は好きじゃないだろうが、魔術師に知人がいる。頼めば、手を貸してくれるかもしれない」

「魔術師、か」

 ビウェルは嫌そうな顔をしたが、そのあとで仕方がないと頭を振った。

「俺の好みは、どうでもいい。確かに魔術なんざ好かないが、この状況では有用だろう。誰かしら信頼できる情報屋でもいれば……別だったが」

「ヴァンタン君のことを考えているんだったら」

 弱くなった口調に、アイヴァはその名を出した。

「自分を責めるなよ。仕方なかったんだ。君のせいじゃない」

「阿呆。俺が気にしてるとでも言うつもりか」

 ビウェルは唇を歪めた。

「あの野郎は、ひょっとしたら本当に馬鹿なんじゃないかと思ってたが、間違いなくその通りだったことを自分で証明しただけのことだ」

「……安心したよ」

 アイヴァはまた言った。

「君がどれだけ理不尽な話に腹を立てているか、いまの言い様でよく判った」

「お前は、人の話を聞いていないのか?」

「全部、聞いているよ。究極の意地っ張り殿(セル・カンドロール)。それとも、嘘つき妖怪(シャック・ハック)かな?」

 アイヴァは肩をすくめた。

「本気で、諦めないつもりだね」

「ああ。だが、それは俺だけでいい」

「残念だね。私も参加する気でいる」

「お前は、数に入れてない」

「はいはい。既に共謀者という訳だね。言っておくけれど、ラウセア君だって馬鹿じゃない。君の様子がおかしいことには気づくだろうし――」

「どうにかしろ」

「私がかい? カルンの方も、ごまかさなけりゃならないのに」

「得意だろうが。嘘つき妖怪(シャック・ハック)はお前の方だ」

「失敬だな。私は嘘をつくんじゃなくて、真実に少しばかり手を加えるだけだ」

「余計、性質(たち)が悪い」

「頼んでおいて、貶めるのか?」

「……悪かった」

 むっつりと謝罪すれば、アイヴァは苦笑した。

「とにかく、まだ終わりじゃない。これからだよ、ビウェル」

「判ってる」

「それなら改めて。久方ぶりに君と組むことに」

 すっとアイヴァは杯を上げた。少し黙って、ビウェルも倣った。

「それから、どっかの馬鹿にだ」

「同感だ。そうしよう」

 杯は合わされず、彼らはそのまま、胸の内に浮かぶものと酒とを一緒に飲み干した。

 ビウェルはふっと、背後を振り返った。静かな店内の向こう、窓の外に夜のアーレイドが見える。

(あとは頼むよ)

(旦那)

 声が聞こえた気がした。

「ビウェル?」

「何でもない」

 町憲兵は、前に向き直った。

 彼の街は、ここだ。

 街を守るために為すべきことは、変わらない。

 お前のためなんかじゃない、とビウェルはもういない相手に毒づいた。


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