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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第3話・最終話 始末 第3章・最終章

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08 時間がある

 計算外の出来事、というのは起きるものだ。

 慎重に計画を練り、どのような手出しにも対処できるよう支度をしていても、ほころびることはある。

 館の火事に、アヴ=ルキンはいつまでも腹を立ててはいなかった。

 町憲兵ならば抑えられる。ファドックも然り。少年が見聞きしたことを主人に伝えたところで、キドの人間関係のどこかをつつけば、容易にルキンの「悪事」を暴露はできない。医者はそう考えていた。

 だが、正義を信じ込んだ愚者の暴走というのは、何を生じさせるか判らない。

 リクテアーの見つけた厄介な芽をユークオールとティオが摘んだ。これは不測の事態のなかで、非常にけっこうなことだ。

 もっとも、冷静かつ公正に考えれば、いくらか負け惜しみという感があった。

 愚者ひとりの命と引き換えにしては、失ったものが大きい。

「――ルキン様」

 ルキンが仮宿とした高級旅籠の一室を訪れて、商人リクテアーは言いにくそうに声を出した。

「サノール閣下が、返答は保留とすると」

「ふん」

 アヴ=ルキンは鼻を鳴らした。

「内務大臣のひとりともあろうものが、臆病風に吹かれたか。覚悟が決まっておらぬのであれば、余計な手出しなどせねばよいものを」

「先走ったことを悔やんだという辺りやもしれませんな。町憲兵隊に制止などかけずに静観していればよかったと」

 もっともらしい口調で、リクテアーは言った。

「あの男は、春女に病を伝染されたことを知られたくなかったはずだ。返答を寄越さないということは、どれだけ不名誉な話がばらまかれてもかまわないと、違う方向に覚悟を決めたということ」

 だが、と医者は呟いた。

「サノールの役割は、済んだ。キドを取り込めていない現状では、アーレイド宮廷医師の座を掴むのは難しい」

「多くの貴族が知らぬ存ぜぬを通すなか、あの伯爵閣下だけがうるさいようですな」

「ろくな地位も持たぬくせに、王への影響力がある。そこを見込んで養い子ともども手懐けたいと思っていたが、時間がなかったな」

 ルキンは肩をすくめた。

「だが、私はこの街自体を諦めた訳ではない」

「では、これからどのように」

 へつらうように、リクテアーは尋ねた。

「金より名誉と考える連中がいる傍らで、名誉よりも金と考える者もいる。需要と供給の均衡が整ったとき、私にはたいそう都合のよいこととなる」

 医者は肩をすくめた。

「私は貴族のくだらぬ名誉を守ってやった。貴族は金で町憲兵の誇りを買った」

「町憲兵連中は、金で言いなりですか」

 訳知り顔で言ったのはティオだ。だがルキンは薄笑いを浮かべて首を振った。

「お前の思うこととは少し違う、ティオ」

「少し?」

「『連中』全員を言いなりにすることは難しい。だがそうすることのできる人物をひとり、抑えればいい」

「うん?」

 判らないと言うように若者が顔をしかめると、同じ口から声がした。

「正義を執行する仲間だと思い込んでいる連中のなかにも、金で買える人物はいる。それだけのこと」

 ティオ青年の脇に座る黒い犬の背中は、一部に毛がなく、生々しい火傷のあとを残していた。

「町憲兵隊が本気でルキンを捕らえる気になれば、どんな貴族にもとめられない。だが、内通者のひとりもいれば、隊全体が権力に屈せざるを得ないという雰囲気を作ることが可能になる」

「へええ」

 ティオは口笛を吹いた。

「やっぱ俺ぁ、あんたについてよかったよ、ルキン様。町憲兵隊のなかに、手の者がいるなんて」

「正義の執行者と息巻いたところで、金貨(ルイエ)を少し積んでやればぐらつくのが人間」

 したり顔でルキンは言った。

「私に盾突いた町憲兵連中は、自分たちが一枚岩だと考えていたようだが」

「そいつは、おめでたいなあ」

 くすくすとティオは笑った。

「じゃあ、何もここを離れる必要なんてないんじゃ?」

「追われそうだと言って離れるのではない。ただ、大きく利を受けられる可能性が激減した。この街に滞在し続ける意味は薄れた」

「あの野郎、まさか、火ぃつけるとはなあ」

 唇を歪めて、ティオは罵りの言葉を吐いた。

「でも自分も焼死。馬鹿だな」

「遺体はふたつ、と町憲兵隊は公表したようですよ」

 リクテアーが言った。

「意味のない情報操作ですな。減らすのならば、犯人のものひとつだけだった、ということにすればよいのに」

「死んだ男は、奴らの仲間だったんだろう。身元不明ということにしたのは、追及させない小細工。そのためには、遺体が複数あった方が都合がいいと考えたのかもしれん」

 ルキンは考えるようにしながら、言った。

「だが〈噂好きは人の(さが)〉。実際にはサリアージのものも含めて三体の遺体があったこと、話は流れている」

「地下まで修繕すれば、また噂が上りましょうな。確かにいささか、あの場所ではやりにくくなったと言えます」

「成程」

 ティオは判ったとうなずいた。

「それじゃ、やっぱりここを離れて」

「必要とあらば、内通者を使えばいい」

 ルキンはうなずいた。

「大筋では、計画は頓挫したということになるな。だが失敗は教訓だ。次に活かせばいい。われわれには」

 と、医者はユークオールとティオを眺めた。

「時間がある」

 犬は何も言わなかったが、若者はにやっとした。


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