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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第3話・最終話 始末 第3章・最終章

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05 ティオ

 ――ひとりで動く、ということの危険性をビウェルは繰り返し彼に教えてきた。何かあれば、まず知らせろと。

 ヴァンタンもそれは理解していた。そのつもりだった。何か見つけることがあれば、もちろん町憲兵に告げようと。

 この時点では、たとえヴァンタンが抜け出してビウェルに何かしら伝えたところで、町憲兵は動くことができなかった。しかしそれもまたヴァンタンは知ることなく、ただ次に為すべきことを考えた。

 状況には不明な点が多い。かと言って、腕を組んで悩んでいたところで解決につながるとは思えない。ヴァンタンは、開く扉という扉を全てのぞき込み、空の独房にいくつも出会ったあと、もう一本の通路に歩を進めた。

 無造作に開いた――そう、開いたままだったのである――扉の奥には、その何刻か前にこじ開けられた十二の木箱と、床に散乱した瓶の破片。

「こいつは」

 ヴァンタンはしゃがみ込んで割れた瓶を観察し、手近な箱を漁って、ここでほかの彼らが見つけたものをまた見つけた。

(ヘルサレイオス)

(……だよな?)

 それは、彼が幾度か不良たちから取り上げた、噂の薬に相違ないようだった。

(こりゃ大当たり(レグーラ)だが)

 額に手を当てる。

「何でまた、こんなに無造作に?」

「それを説明するには、二段階ばかし、要る」

 声が返ってきて、ヴァンタンはびくっと振り向いた。

 開けたままの扉から、影が入ってきていた。

「ひとつには、ここはお察しの通り『隠された場所』であり、通常は人目に触れないってこと」

「……お前」

「つまり、決して『無造作』じゃないって訳。あんたがこうしてこの『秘密』を見ていられるのは」

 人影は指を二本立てた。

「死ぬ男に秘密を見られたからって、ルキン様は痛くもかゆくもないからってこと」

「どういう、ことだ? さっぱり、意味が判らんが」

 ヴァンタンは首を振った。

「少なくとも無事だったんだな。心配したぞ――ティオ」

 商会を無断で辞めたのだと考えられているカートとティオ。その内のひとりは無惨な姿で横たわっていた。

 ヴァンタンのなかには、よもやもうひとりも、という思いがあったが、少なくともほかの独房には誰もいなかった。安心したものか案じたものか迷いどころである、などと考えていたところだった。

「お前も、ここに放り込まれてたのか?」

 そんなことを尋ねたが、その説明ではちょっと納得がいかない。

「まあね」

 しかしティオはそう応じた。

「一時はどうなることかと思った。このまま死ぬんかな、と。つい何刻か前まではその気配が濃厚だった。でもなあ」

 若者は肩をすくめた。

「ヴァンタン、だったよな?」

「ああ」

 何だか様子がおかしいと思いながらも、ヴァンタンはうなずいた。

「俺は常々、思ってんだ」

 ティオは呟くように言った。

「何か選択肢が与えられたとき、迷っていれば好機を逃す。素早く決めることが、幸運を呼ぶってね」

「まあ、そういうこともあるだろうな」

 何の話になっているのかやはりちっとも判らないまま、ヴァンタンは応じた。

「エルファラス商会が配達人を新しく募集してる、そういう話を聞いてすぐに出向いた。一番乗りだったからって訳でもないだろうが、採用された。運がいいと思ったね」

「何があった? どうして、こなくなったんだ」

()に誘われたから」

 ティオはそう答えた。

「これは正直、まずかったと思った。〈災い神(ミール)の水は甘い〉ってことを考えなかった俺が間違ってたってね。でもそこで人生諦めちゃならん訳さ。最大級の不遇が一気に好転することもある」

「待てよ。何の話だかさっぱり」

 ヴァンタンはティオの口上を制しようとしたが、年下の元配達人は気に留めなかった。

「取り引き。契約。何て言うんかな? 持ちかけられた瞬間、俺は応じたよ。おかげでこうしてまた歩けるし、いいや、それ以上のもんをもらって万々歳だ」

「ティオ、だから、何の話を」

 ヴァンタンは言葉をとめた。ティオの背後で、動く影がある。

「まずは最初の訓練なんだそうだ。相手があんたとはね。短い間だったけど世話になったし、ちっと悪いなとも思うんだが」

 黒い大きな犬は悠然と姿を現すと、ティオのすぐ横に座った。普通はそうされた人間が犬の主人と見えようが、不思議と、それとも当然のことに、ヴァンタンには逆のように見えた。

 すうっと血の気が引く思いがする。

 この犬に追われたように思った夜のこと。そして不吉な夢のことが、思い出された。

「なあ、ヴァンタン」

 気軽な様子で、ティオは呼びかけた。

「俺がユークオールとルキン様に認められるために、死んでくれ」

「なっ」

 そんなことを言われて「はい、判りました」と答える者もいない。

「何を言っ」

 ヴァンタンは目を白黒させたが、その間にティオはもう動いていた。何気ない調子で右腕を伸ばすと、その手をヴァンタンの首にかける。まさかそんなことをされるとは思ってもいなかった彼は、いとも簡単にそれを許してしまった。

「や、やめ」

 彼はティオを振り払おうとするも、それほど剛力とも見えない若者の腕はぴくりともしなかった。

「ははっ、すげえ、まじだ。こんな力、なかったのに」

 嬉しそうにティオは言った。

「疑ったのか?」

 同じ口から、言葉が発せられた。

「いや、そうじゃねえよ。ただ、聞いただけじゃちょっと実感湧かなかったんだ」

 返したのも、同じ口だった。

「まだちょっと不安定だけどな、この足が動くようになっただけで充分、あんたの力は信じられたって。サリアージが限界に近かったからな。ほかの子供に目をつけていたが、あれを整えていく時間がなかった。お前はちょうどいいところにいたのだ、ティオ。へえ。ま、その辺はまた今度じっくり聞かせてくれよ。ああ、ヴァンタン」

 若者は、にやりと笑った。

「俺の気が狂ったと、思ってるか?」

 まるでひとりで会話をしているかのような台詞。ヴァンタンにはそれをじっくり聞いている余裕はなかったが、何だか気味の悪い感じだけは、確かにしていた。

「説明をしてやってもいいけど、必要ないよな。あんたは、死ぬんだし」

 腕に力が込められた。喉が締め付けられる。ヴァンタンは酷く、咳き込んだ。

「締めるべき位置が違う。ティオ、そこでは時間がかかる」

「うん? 仕方ないだろ、こんなこと、やったことないんだから」

 ひとつの口から、二者の台詞。ヴァンタンはそれを聞いているとも言えない状態で、必死に抵抗をした。だがその腕からは解放されない。

(苦しい)

(このまま……死)

(冗談じゃ、ない!)

(アニーナ。それに、俺たちの子供)

 このまま死ねるはずがない。こんなところで。全く訳の判らない状況のまま。

(まだちょっと)

 ふっと、ティオの言葉が蘇る。

(不安定だけどな)

(――足!)

 その思いつきに、ヴァンタンは渾身の力を込めて、ティオの足首の辺りを蹴り飛ばした。

「うおっ!?」

 ティオはよろめき、反射的に手を放してしまう。ヴァンタンは大きく後退し、そこで思う存分、むせた。

「くそっ、抵抗すんなよ。面倒臭いだろ!」

「何で無抵抗に殺されなきゃならん!」

 かすれた声で、ヴァンタンはもっともな抗議をした。

「暴力沙汰なんか、得意じゃないってのに」

 どうすればいい。

 いったいどうしてティオがこんな真似をするのか、はっきり判ったとは言い難い。だが、ルキンに認められるためだと、そんなことを口走った。「立派な医者」は、邪魔者を自分で殺す代わりに、若者を金で雇ってやらせようと言うのだろうかと、ヴァンタンの理解はその程度だった。

 それだけでは説明のつかないところもあるが、いまは考察を進めている場合でもない。


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