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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第3話・最終話 始末 第2章

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09 いまはまだ

 天下御免、問答無用、町憲兵の制服ってのは便利だな、とトルスは思った。

 もっともラウセアがやりかねないように「お宅を拝見させていただいてもよろしいでしょうか」とでも下手に出れば、結果的に応じられるとしても、もう少し時間がかかるだろう。

 だがもちろん、ビウェルがそんな丁重な態度を取るはずもなかった。

 通報があった、調査をする、それだけの言葉を口にすると町憲兵は、使用人の質問にも抗議にも耳を貸さず、ずかずかとルキン邸に入り込んだ。

「どっちだ」

「向こう」

 トルスは走ってビウェルを案内する。

「でも、よ」

 若者はちらりと、男を振り返った。

「正直よく判んなかったけどよ、まずいんじゃ、ねえの」

「何がだ」

「命令違反、とかじゃねえの」

「そうだな」

 ビウェルは唇を歪めた。

「解雇で済めば上等、ってな辺りだろう」

「おいっ」

 トルスは慌てた。

「つまらねえ冗談」

「少なくともいまはまだ権限がある。気にするな」

 何だかあっさりとビウェルは言い、トルスはうなった。気にするなと言われたって気になるが、いまは呑気に話もしていられない。

「あとで、聞かせろよ」

「そうしてやる義理はないな」

「てめえな!」

「いいから、そんなことはあとだ」

 もっともである。もしもビウェルが何か余計なことを尋ねてきたら、トルスの方が一蹴するだろう。それは判っているのだがどことなく釈然としなくて、トルスは舌打ちをした。

「あれだ!」

 開け放したままの地下扉はよく目立っており、トルスが指を差さなくてもビウェルには通じた。もとより、謎の地下室の話は耳にしている。

「よし、判った。お前は戻れ」

「阿呆! 聞けるか!」

「足手まといだ、クソガキ!」

「うっせえ、聞かねえ!」

 トルスは率先して階段を駆け下りた。今度はビウェルが舌打ちして、続く。

「ファドック!」

 奥の通路まで突進しようとした彼だったが、手前の通路に人影を見かけ、無理矢理足をとめる。その結果として、ビウェルがその背中にぶつかった。

 急に止まるなだの何だのという苦情よりも先に、ビウェルの口から叫び声が出る。

「そこ! 動くな!」

 町憲兵が目にとめたのは、扉の前でぼんやりと突っ立っているように見える黒い肌の男だった。躊躇なく剣を抜いて――町憲兵には無論、許可されている――ビウェルはサリアージに、後方へ下がるよう、促した。

 だがサリアージは、その場に立ったまま。

「おい、これが見えてるか」

 不審そうにビウェルは剣をちらつかせ、そうする間にトルスが彼を抜いた。

「トルス、待てっ」

「待つかっ」

 サリアージの横をすり抜け、独房に入り込んだトルスは、そこでファドックとユークオールの攻防を目にすることになる。

 一瞬、どうしたものかと呆然とした。だが、どうしたもこうしたもない。少年に加勢をしなければ。

 ファドックが落とした短剣に目をとめたが、包丁ならともかく、武器としてこんなものを振り回す能力はない。うかつに慣れないものに手を出して、間違ってファドックを刺しでもしたら洒落にならない。

 かと言ってほかに使えそうなものもなく、トルスはええいと突進をした。

「ば、馬鹿、危ない、やめろ」

 気づいたファドックは慌てたように制止の言葉を発した。

「その状態でよく言えるなあっ」

 トルスは、先ほどのファドックの真似をした。

「こういうときは、『助けてください、お願いします』だっ」

 そう叫びながら、犬に体当たりをかませたのである。

 訓練は受けていなくても、トルスは単純にファドックより体格がいい。取っ組み合いのあとである、ということもあってか、ユークオールは少年にそうされたときよりも大きくよろめき、ファドックを解放した。

「げっ、おま……怪我したのか? ひでえ、血」

「何?――ああ、僕のじゃない」

「お前のじゃないって、それじゃ……うげえっ!」

 のど笛を食いちぎられた死体を目の当たりにしてしまって、若者は叫んだ。

「ビ、ビ、ビウェル、こ、これ」

 いくらか不名誉であったが、こんなものを見たこともなければ、予測もしていなかったのだから仕方がない。トルスは声を震わせて、町憲兵を応援に呼んだ。

「クソ、思ってた以上にとんでもないことになってるな」

 遺体を見据えて、町憲兵は呪いの言葉を吐いた。

「お前ら、早くこっちにこい。とりあえず、犬は閉じ込めて」

「駄目だ」

 ファドックは言った。

「それには、意味がない」

「何だと?」

 ユークオールが魔術師のように消えてしまうなど、当然、考えるはずもない町憲兵は眉をひそめた。

「訳の判らんことを言うな。おい、お前も入ってろ」

 ビウェルはサリアージを小突いたが、黒い肌の若者は無反応だった。町憲兵は引きずるように、それを内部に入れてしまう。

「こいつに施錠でもされたら、笑い話にもならんからな」

 呟くように彼は言い、若者たちに再度、出るよう促した。彼らは犬をじっと見据え――トルスの場合、死体から目を逸らそうという努力の結果でもあった――少しずつ後退をする。ユークオールを「閉じ込める」意味のなさをファドックは知っているが、少なくともサリアージを閉じ込めることは効果があるだろう、そう考えていた。

 くっ――と笑ったのは、そのサリアージだった。

「愚か者ども」

「何を」

 ビウェルがそれを睨んだ、その瞬間だった。

「えっ?」

 トルスは呆然とした。ビウェルも目を見開いた。

 ユークオールが、消えた。

「――ティオ!」

 はっとなるとファドックは駆け出した。

「待て」

 その脇を少年が抜ける寸前に、町憲兵が腕を掴む。

「何だ、何がどうなっ」

「もうひとり、いるんだ! 放してくれ、彼も殺されてしまう」

 ファドックはビウェルの手を振り払った。

「クソっ、何なんだ。トルス、ここを閉めて見張ってろ!」

「何をう!?」

 反射的に異論のありそうな声音を出したが、ファドックに続いてビウェルも走り去っていれば、それに従うしかない。

 腕から血を流した男はぼんやりと立ったままで、泡を食って逃げ出そうというような様子はかけらも見られなかった。

(気味が悪ぃ)

 トルスはそっと厄除けの印を切りながら、小さな部屋を出て扉を閉めた。

(まるで……抜け殻みたいな)

 サリアージという男にはずっと不気味な感じを覚えていたが、いまはその感覚がこれまでで最高だった。それとも最低と言うのか。

 トルスが扉を背に息を吐くと、もうひとつ開け放たれていた扉から、ふたりの姿が出てきた。

「おう、何だ、どうなった?」

 「もうひとり」がどうとか、犬が消えたとか、さっぱり訳の判らない事情が片づくにはあまりにも早かった。トルスはとにかく尋ねてみたが、戻ってきたふたりの表情は何とも言えない複雑なものだった。

「――いなかった」

 それがファドックの言葉だった。

「誰が」

「ティオ。捕らわれていたんだ。尋常じゃない状況にも怯えないで、話をしてくれた」

「いなかった」

 ビウェルも同じことを言った。

「いたのかどうかは、俺には判らんが」

「確かに、いた」

 ファドックは主張した。

「嘘だとは、言ってない」

 町憲兵は両手を上げた。

「ただ、いまはいなかった。それは間違いない。隠れる場所なんざないしな」

「それに、彼は歩けなかった。ここの、殺された男も同じだったけれど、足の腱を切られて逃げられないようにされていたから」

「何だと」

 ぞっとする説明にトルスはもとより、ビウェルですら顔をしかめた。

「でも、それならどこに行ったんだよ?」

 トルスは当然の疑問を発した。

「あと……犬も」

 言いにくい疑問もつけ加えた。

「一緒になって幻覚でも見たか?」

 自嘲気味にビウェルが肩をすくめた。

「犬が男を殺しましたが、消えてしまいました。報告したくない内容だなあ、もっとも」

 報告なんぞ、もうしなくてもいいのかもしれんが、という言葉は飲み込まれ、若者たちには伝わらなかった。

ビウェル殿(セル・ビウェル)

 少年は真顔で声を発した。

「証人は……いなくなってしまった。ひとりは死に、もうひとりは……消えた」

「おいおい。手品師(トラント)の技じゃあるまいし」

 茶化すようにトルスは言ったが、誰も笑わなかった。

「いったいどうなったってんだ。魔術だのと言い出すんじゃあるまいな? 協会(ディル)に持っていかせるなんざ」

 ビウェルはうなって頭をかきむしると罵りの言葉を連発した。

「犬が魔術を使ったと、協会は言うんでしょうか」

 呟くようにファドックは言った。

「知らん。俺には、手出しできんことだ」

 忌々しげに町憲兵は言い、そこでトルスははたとなる。

「ビウェル、あんた、平気なのかよ。命令、違反」

「ああ?……ああ、まあ、なるようになる」

 男は何とも大胆と言うのか、はたまた無頼と言うのか、そんな答えを返した。

「命令違反?」

「何でもない」

「隊長に行くなって言われたのに、無視」

 ビウェルが黙っていようとしたのをトルスはあっさり無駄にした。

「どういうことなんだよ、あれは」

「判らなけりゃ余計な口を挟むな」

 ガキが、と加わってトルスはむっとする。


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