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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第3話・最終話 始末 第2章

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07 紹介してやってもいい

 〈夕星(ダムルト)の導きには夕刻までに従え〉。

 ヴァンタンはすぐさま商会に戻って、ルキン邸の使用人のために見本を用意してもらおうと考え、足早に店へと向かっていた。

「ちょっと! 兄さん、そこの兄さん」

 背後の叫び声が特に自分宛とは思わなかったが、何だろうかと思えばつい振り返ってしまうのが人の(さが)というものである。

「ああ、やっぱり、あんたか」

 ところが思いがけず、その声はヴァンタン宛であったようだ。ひとりの男が彼に向かって走り寄ってくる。

「うん?……ええと」

 どこかで見たような顔に、彼は首をひねった。

「ああ、あんときの」

 思い出すと青年は、ぽんと両手を打ち合わせた。

「偶然だな。でも、いまはちょっと急いでんだ。また偶然会えるといいな。じゃ」

 そう言って彼は走り出そうとした。だが、その袖口が掴まれる。

「まあまあ、そう言わずに」

「いや、用があんだよ、まじで」

 どうしてもいますぐ必要だと言うのではないが、早いに越したことはない。

「悪いけど、今度にしてくれ。あんたの商ってる品は知らないけど、何であれ、俺は客にはなれないし」

 そう、この相手は、彼が〈青燕〉亭で、チェレン果の病とその村に死人が出たという話を聞いた――旅の商人、だった。

「何かを売りつけようと言うんじゃないよ。もしかしたら、例の果実について、話の続きを知りたいんじゃないかと思ってね」

「続き?」

 そのほのめかしは、商会へ戻ろうという方向に傾いていた心の天秤を揺らした。

「いったい何の話なんだ?」

 彼は顔をしかめた。

「それがだねえ」

 商人は考えるように腕を組んだ。

「アヴ=ルキン、てお偉い医者の先生が関わってる、ってなところかな」

 それは、餌付きの釣り針も同然だった。ヴァンタンは瞬時に食いつく。

「まじか!? 何か、確実なネタがあるのか。聞かせてくれ!」

「確実も確実。俺はあの先生のところに品を入れてるんだからな」

「へえ、どんな品」

「いろいろだが。昨今は、あれだ」

 商人は肩をすくめた。

「ニーファンヤ」

隠れんぼ(ニーファンヤ)?」

「そういう名前の、臭い消しの薬剤さ」

 何故だか笑いながら、商人――リクテアーはそう言った。

「へえ」

 知らぬヴァンタンは、そうとだけ返した。

「まあ、それはいいから」

 彼は本題に戻そうとする。

「ルキンが……先生が関わってるってのは、どういう話なんだ?」

「あの先生はな、ときどき、北の方に行くらしい」

「北?」

「それがまた、奇妙なところなんだ。昔は何とか言う貴族の別荘だったらしいが、火事か何かでみんな死んじまってな。後継者もいなくて、処理をする奴もいなくて、周辺じゃ化け物が出るなんて噂もあって、誰も近づかないような廃墟」

「……そんなとこに、何しに行くんだ」

お化け(ベットル)見物って訳でもなかろ。――地下にでも何か、あるんじゃないのか」

 素知らぬ顔で、リクテアーは言った。

「そうそう、この街のお屋敷にも、秘密の地下があるけどな」

「何?」

 ヴァンタンは眉をひそめた。

「何でそんなこと、知ってる」

「そこに納品してるんだよ」

 ごく普通のことだとばかりに商人は肩をすくめ、内緒だぞなどと言った。

「気になるかい?」

「なる……けども」

 しかめ面のままでヴァンタンは首を振った。いったいどうして、秘密の話など簡単にばらすものか。

「ちょっと待てよ。チェレン果の話につながらないぞ」

 彼はそこを指摘した。

「つながるとも」

 リクテアーはうなずいた。

「臭い消しの薬剤を扱ってると言ったろ。こっちの館にも入れるがね、北の廃墟にも、入れるんだ」

「場所を知ってるのか?」

もちろん(アレイス)。教えられんが」

「そう言わずに……いや、待て。だから、つながらないと」

「つながるとも」

 商人はまた言う。

「ルキンは腐った果実をその廃墟に集めてる。当然、そこでは酷い臭いがするわなあ」

 そこで消臭剤が必要、というのが説明のようだった。

「集めてる」

 ヴァンタンは繰り返し、そして考えた。

「果実を集めて、種を……」

 種を取り出せば、鎮痛剤が作れる。労力がかかって、効果が弱くて、誰もわざわざ作らない薬。作ることも売ることも違法ではない。

(それか?)

 人数を集めて、廃墟とやらの地下で作業をしているのか。違法ではないのに隠れる理由は? 医者の倫理にはもとるが、評判を気にするのならばそんなことをしなければいいだけだ。大した金儲けにもなるまい。

 どうしてわざわざ?

「気になるかい」

 再び、リクテアーは問うた。

「二度も会ったよしみだ。ルキン先生に紹介してやってもいい」

「しょ、紹介だって?」

そうさ(アレイス)。人手が要るという話を聞いた。北の地下でも、ここの地下でも」

「人手――」

 馬鹿みたいに繰り返してしまう。

 突然の展開だ。周辺をうろちょろするしかなかったのに、いきなり懐に入り込めると?

 紹介してやろうか、と商人はまた言った。これは掛け布の話よりも確実かもしれない、とヴァンタンは考え込んだ。


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