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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第3話・最終話 始末 第2章

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06 こんな馬鹿ばっかり

 何だ、と声がした。誰だ、とまれ、などとも。

 だが、ここでとまる馬鹿がいるか?

 トルスは使用人に見られることなど気にも留めずに、廊下を駆けた。幸いにして方向音痴ではなく、最短の経路で入り込んできた裏口までたどり着くと、怒声を無視して走り出た。幸いにして、護衛の戦士の類は近くにいないようだ。

 突然の騒ぎに、裏通りの通行人が振り向いた。しかしそんなことはどうでもいい。

 若者はとにかく、向こう見ずに走り出した。

(町憲兵隊)

(いちばん近い発遣所は)

 中心街区(クェントル)の方など滅多にやってこない。どこかで消防隊の建物を見かけているような気はするが、どこだったか。

 闇雲に走り続けてみたところで、運よく目的地にたどり着けるものではない。トルスは通りすがりの近隣住民を捕まえると、詰め所の場所を尋ねた。彼があまりに焦ったものだから、相手はトルスが何を言っているのかすぐに判らなかったようで、何度か聞き返された。

 苛立つ気持ちを抑えて深呼吸し、改めて近場の発遣所の位置を問えば、どうにか話が通じた。

「発遣所なら、向こうさ」

 街びとは街路の先を指した。

「でも、町憲兵に用事があるなら、あっちのが早いだろう」

「あっち? って、何」

「ついさっき、そこを何人かの町憲兵が曲がっていったところだよ。走ればすぐに追いつくんじゃ」

「あんがと!」

 みなまで聞かず、トルスは教わった方向を目指した。人とぶつかりでもすれば、トルスも相手も派手に転ぶこと間違いなしという速度で角を曲がったが、幸いにして、衝突事故は起こらなかった。

 道の向こうにトルスは聞いた通り、えんじ色の制服を認める。

「ちょっと! そこの! 町憲兵の旦――」

 叫びながら大きく手を振ったトルスは、その手を中途半端な状態でとめた。

 その小集団のなかには、認めたくないながら、ほかでもない、彼がいま最も求めていた相手がいたからである。

「こんなところで、何してやがる」

 トルスがそのまま近くまで走り寄ると、ビウェル・トルーディは史上最大の仏頂面でそう応じた。

「それはこっちの……いや、いい! これまで何をしてたんでも、いい!」

 相手の機嫌にかまってやれず、若者は悲鳴のような歓声のような、素っ頓狂な声を出した。

「こんちくしょう! たまには、いいときにいい場所にいやがる。こい、きてくれ、頼むから!」

「待て、何だ、どうした」

 おそらくはトルスが「頼む」とまで言ったことに驚いて、ビウェルは目をしばたたいた。

「アヴ=ルキンだよ! とっ捕まえろ、あいつ!」

 その名に、ビウェルは眉をひそめた。ラウセアとアイヴァ――この顔はトルスも知っていた――と、彼の知らぬ隊長が目を見交わすのが判る。

「あれが、どうした。お前、何か掴ん」

「トルーディ」

 隊長の声が飛んだ。

「判ってるな」

「ですが、このガキが何か」

「何を知ったんだとしても、駄目だ。お前はきちんと理解できてるはずだぞ。手を出しちゃならん領域に手を出せばどうなるか」

「な、何だよ」

 彼の知らぬ、仮に知ったとしてもとても納得できないことラウセア以上である事情がもたらす雰囲気に、トルスはどもった。

「何だか、知らねえけど! とにかく、きてくれよっ。ファドックがやばいかもしんねえんだっ」

 少年の実力については、よく判らない。確かに剣の扱いには慣れているようだし、体術とやらもちょっとしたものだ。だが、あの怪力サリアージが、剣を突きつけられたくらいでいつまでも大人しくしているか? 馬鹿でかい犬だっている!

「あのガキが、どうしたって」

「医者の助手と犬に喧嘩売りやがった。いや、向こうが売ってきたのかも。とにかく、早くしてくれ。ああそうだ、地下に閉じ込められてる人たちがいるって、それを言わなきゃなんねえんだった」

「閉じ込められてるですって」

 ラウセアが驚いたように声を出した。

「本当にそんなことがあるなら……放っておけないのでは」

「当たり前だろうがっ」

 前後の話を知らぬトルスは勢いよく叫んだ。

「隊長」

 若い町憲兵は最も年上の上司を見た。

「駄目だ」

 シャントは繰り返した。

「何があるのだとしても、手を出せばそれは俺やお前たちに返る。――自分だけじゃない、家族や友人を死なせたいか」

 突然のとんでもない台詞にトルスはもちろん驚いたが、ビウェルやアイヴァがほとんど表情を変えなかったのに対し、ラウセアは顔を強張らせた。

「そん……そういう、意味なんですか。命令というのは、脅しなんですか」

 シャントは何も答えなかった。

「隊長! 町憲兵隊がそんなものに屈するようじゃ、話に――」

「ラウセア」

 ビウェルが、制するように相棒を呼んだ。

「脅迫におののくのどうのという話じゃない。命を賭けてみたところで、ルキンは絶対に処罰を受けないということだ」

 熟練の町憲兵は声を荒げることなく、言った。状況を知らないトルスは瞬きをする。

「何、訳の判らねえこと言ってんだよ?」

「そうです、判りません! そんなのは理不尽だ!」

 トルスとラウセアの「判らない」にはもちろん差があったが、彼らは特にその違いを追及しなかった。

その通り(アレイス)

 言ったのは、アイヴァであった。

「この世は、理不尽でできている。ほかのやり方をするしかないんだよ、ラウセア君」

その通り(アレイス)

 ビウェルも、言った。

「おい! お前ら、いったい」

 何の話をしてるんだ、などと言おうとしたトルスだったが、それはとめられた。

「但し、自分がやったことの責任は取る」

 町憲兵の大きな手が、トルスの肩に置かれたのだ。

「トルス、案内しろ」

「ビウェル」

 ラウセアは口を開けた。

「馬鹿な真似はよせ、トルーディ」

「ご存じでしょうに、隊長。俺ぁ長いこと、こんな馬鹿ばっかりですよ」

「トルー……」

「おら、行くぞ、クソガキ!」

「言われるまでもねえ!」

 片手の拳を片手の平に打ち合わせて、トルスはきた道を戻った。


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