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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第1話 発端 第1章
8/100

08 甘っちょろいこと

「少し話を聞こう、坊ちゃん」

 ファドックに対しては「ガキ」ではない訳だ、とトルスは乾いた笑いを洩らした。これは差別と言うのではないだろうか?――まあ、この男に差別されようと、トルスはどうでもいいが。

「だが、お前は何なんだ?」

 ビウェルの視線がまたトルスを向いた。

「さては、家柄のよさそうなお友だちを作っておいて、何か利を得ようと」

「いちいちいちいち、絡むなよ」

 びしっとトルスはビウェルを指差した。

「父さんと母さんのことは、父さんと母さんのことだろ。母さんの従兄だろうと、俺がお前の目の敵にされる筋合いは、無い」

「いちいちいちいち目の敵になんぞするか、阿呆」

 町憲兵は唇を歪めた。

「俺ぁな、お前みたいなガキは見慣れてんだ。威勢ばかりよくて、自分が正しいと思い込んで、罪を犯しても反省しない性質」

「何ぃ」

「ロディスのガキだから絡んでる訳じゃない。俺は、お前みたいなガキははな(・・)から好かないんだ」

「絡んでいる、という自覚はあるんですね」

 と、ファドックが指摘をした。ビウェルは片眉を上げる。

「言うじゃねえか」

「とにかく、トルスは僕を助けてくれたんです。見た瞬間、踵を返していてもおかしくない状況だったにも関わらず。そのことは、ご理解ください」

「……ふん」

 面白くなさそうに、ビウェルはしかめ面をした。

「口の達者なガキも、好かないな」

 どうやらファドックも「ガキ」に降格したようである。トルスはにやりとするのを抑えた。

「好き嫌いはともかく、お話は聞いていただけるんですか?」

「判った、判った。そういうのなら俺より向いてる奴がいるから、そいつにやらせるさ。――おい、ラウセア! いないのか」

 ビウェルが詰め所の奥に向かって叫ぶと、慌てたように若い町憲兵が出てきた。二十代半ばというところだろう。

「いますよ。何なんですか、ビウェル。大きな声で。みっともないですよ」

「うるさいな」

「それは僕の台詞なんですが」

「こいつらが、お前の大好きな犯罪抑制計画について、何か案があるらしい」

 ビウェルは、ラウセアと呼んだ若者の皮肉を無視して続けた。

「聞いてやれ」

「僕はこのあと、ここ担当なんですけれど」

 ラウセアは手にした札――手のひらを広げたより少し狭いくらいの大きさをした、白塗りの細長い板――をビウェルに示すようにした。トルスには判らないが、そこには「ラウセア・サリーズ」と書かれている。

「それなら僕の代わりにもう半刻、ビウェルが受付を担当してくれるということですね」

「仕方ねえ」

 ビウェルは、卓の上に置かれている自身の札を弾いた。

 そこにはどうやら町憲兵(レドキア)の名前が書かれているようだ、ということを何となくトルスは知っていたが、彼は文字を読むことができない。

 と言っても、彼が特別に無学なのだということではなく、下町では読み書きのできる人間の方が珍しいのだ。買い物の金額を計算できる程度の能力があれば、文字など知らなくても日常生活に差し障りはないからである。

 多くの店では、絵を使う。看板で業種を知らせるというのがよくあるやり方だが、たとえば食事処であれば、書いたり消したりできる板に魚やら鶏やら豚やらの絵を描いて、その日に出せるものを知らせる、といった感じだ。

 ただ、数字くらいであれば、読める者もかなり出てくる。価格は口頭で交渉することも珍しくないが、記されるときは数字が使われ、知っておかないとごまかされるかもしれないからだ。

 しかし、その程度である。

 つまり、町憲兵隊がこうして名札を利用しているのは、何も街びとに担当の町憲兵の名前を示す目的ではない。自分たちの循環業務に利用するためなのである。受付にいればそこに名札を置き、巡回に出れば所定の場所にそれを掛ける、というようなところだ。

 その辺りのことをトルスが知れば、「てめえらの都合かよ」とでも罵ったかもしれないが、知らない彼は「誰も読めないのにご苦労なこった」と思うくらいであった。

「言っておきますが、やってきた人をさっきみたいに怒鳴って叩き出すとかは、駄目ですよ」

「犯罪者の陳情なんか聞いてられるか」

「証拠もないのに犯罪者扱いは、酷いんじゃないですか」

「はっ、証拠がなけりゃ善人か?」

 ビウェルは角張った顎を反らした。

「疑わしきは罰せず、なんて甘っちょろいことをやってるから、抜け目のない連中は善人ヅラして日の光の下を歩く。お前の理想とはかけ離れることになるな、ラウセア」

「疑わしい人物を片端から捕らえて歩くのが理想であるはずもないでしょう」

 ラウセアはそう返したが、勢いはなかった。成程、とトルスは思う。ビウェルの言うことに一理あると思いながらも同意できない青臭さ(・・・)があるというところか。

 などと年下の若者に思われているとはつゆ知らず、ラウセアは気持ちを切り替えるように彼らに向かった。

「お話を伺います。こちらへどうぞ」

 トルスがちらりとファドックを見ると、少年は臆することなく堂々と、ラウセアの招きに従った。若者はどうしようかと迷ったが――もう少しつき合ってもいいだろう、とそのあとに続いた。


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