11 聞くだけじゃ意味がない
認めたくはなかったが、その通り。
あのクソ生意気なガキの言うように、振り出しだった。
死んだ船長とルキンの繋がりは理解できたが、ビウェルの頭で理解しているだけだ。ラウセアの大好きな証拠はない。
おそらく、隊長はこれでも納得するだろう。だが、やはり違法性はない。「目こぼす」などと言ったことは忘れて商法の細かい点をつつき、商人の組合を挙げることならばできるが、現状の目的には何の役にも立たない。
振り出しだ。
「クソッ」
瓏草を取り出すと、また燐寸が切れていた。ヴァンタンに取られて以来、瓏草と燐寸の消費間隔が狂ってしまって、用意するのを忘れるのだ。彼は健全な男を罵った。
「腹が立ってるときに、わざわざ自分の怒りを助長するようなことをしなくてもいいんじゃないですか」
呆れたようにラウセアが言った。
「苛立つときほど、笑うのもいいもんですよ。ほら、笑ってみてください」
「阿呆」
ビウェルは呑気な発言を一蹴した。
「ここにいろと言ったのに、お前こそ何をしてたんだ」
「あなたは勝手に飛び出してもよくて、僕が何かしてくると文句を言うんですか? 何て自分勝手な」
「うるさい。さっさと吐け」
「裏を取ってきました」
それが青年町憲兵の返答だった。
「何の」
年嵩の相棒はもっともな疑問を口にした。
「その」
ラウセアは少し言いにくそうにした。
「ナティカ嬢と話をして……」
「は」
ビウェルは笑った。
「けっこう。仕事をだしに女とくっちゃべりに行けるくらい、成長してきたか」
「違いますよ!」
顔をしかめて、ラウセアは抗議をした。
「だいたい、そういうのは成長と言わないと思いますが」
「手抜きだとでも言いたいのか?」
「堕落と言うんじゃないですか」
仏頂面で青年は答えた。
「生憎ですけれどね、僕は女性と話したかったら、勤務を終えてから誘いに行きます。制服で誘うなんて脅迫みたいな真似ができますか」
「制服姿ってのは、受けがいいもんだぞ」
「初耳ですね。だいたい、女っ気のないビウェルに言われても説得力がありません」
「この野郎」
ビウェルは改めて、ラウセアに向けた罵りの言葉を発した。聞くに堪えないとばかりに、相棒は嘆息する。
「僕の話を聞きたくないんですか?」
「言え。さっさと」
「ルキン邸の、ことです」
ラウセアは言い、ビウェルはすっと真顔になった。
「誰から何を聞いた」
「最初はナティカ嬢から。彼女の母親の友人が、ルキンがやってくる以前にその館の持ち主であった富豪に仕えていたそうなんです」
ラウセアはその「友人」を教えてもらい、話を聞きに行った。死んだ富豪もあまり評判のよい人間ではなく、その女性は最初、自分に関わりのない悪事について咎められるのではないかと、とても嫌な顔をしたそうだった。
「と言うのも、その富豪はかなり後ろ暗いこともやっていたらしくって」
「金持ちはみんなそうだ」
偏見に満ちたビウェルの言い様にラウセアは少し顔をしかめたが、咎めることはせずに話を続けた。
「あの家には、秘密の地下牢があります」
「地下……何?」
思いがけない一語に、ビウェルは思わず、聞き返した。
「地下牢」
聞き取れなかった訳でもなかったが、ラウセアは丁寧に繰り返してきた。
「この詰め所にある留置場よりも、強制労働所の独房に近い感じですね。非常に閉鎖的で、日の光も射さない」
「人里離れた貴族の古城じゃあるまいし。この街んなかにそんなもんがあるってのか?」
「あるらしいですよ」
ラウセアは息を吐いた。
「二十年以上前になるらしいですが、建設中の建物の足場が崩れて、職人たちが大勢死んだ事故を知っていますか」
「何?……ああ、覚えてる。ありゃ、酷かった」
「件の地下牢を作った職人たちだったと、少なくともその元使用人は言っています」
「おい。そりゃ」
「偶然、という可能性もありますが」
「あるか。阿呆」
ビウェルは舌打ちした。
「非道い奴は、いつだって存在しやがる」
秘密を秘密に保つため、秘密を知る者が消される。「よくあること」とは言いたくないが――よくあることだ。
「僕は決めつけたくありませんが、被疑者が亡くなっているのでは、あなたも暴走できませんね」
仮にそうであったとしても、問題の富豪は死んでいる訳だ。ビウェルは唇を歪める。
「そんな野郎がのうのうと天命まで生きられたってのは、俺がまだ町憲兵じゃなかったからだ」
「よく言いますね」
ラウセアは呆れた風情だった。ビウェルが、当時の町憲兵隊が無能だと言ったも同然だったからである。
「まあ、いまのは少し、言い過ぎた」
唇を歪めて、珍しくもビウェルは謝罪の仕草などした。これはラウセア宛てではなく、先輩たちへの謝罪というところだ。
「もっとも……判りませんよ、天命であったかは」
「何?」
ラウセアにしては奥歯に物が挟まったような言い方である。ビウェルは顔をしかめた。
「僕の立場としてはあくまでも、証拠がなければと思いますけれど」
「この、証拠好きめ」
いいから言え、と彼はまた言った。
「富豪を最後に診たのは、アヴ=ルキンと思しき人物です」
「――は」
ビウェルは乾いた笑いを洩らした。
「おうちが欲しくて、殺っちまったか。大したお医者様だ」
「ですから、決めつけるのは」
「お前だってそう考えたから、天命じゃなかったかもしれんと言ったんだろう」
「可能性の話です」
「『証拠はありません』」
「ええ、ありません」
口真似にむっとした顔は見せたが、めげずにラウセアは繰り返した。
「時期が合わない。以前から富豪とつき合いのあった医者とのことですが、彼がまだアーレイドにやってくる前のことですから」
「だがそう名乗ったか、明らかに外見的特徴が一致するか、どちらかなんだろう? だから、使用人もそんな話をした」
「……使用人は医者の名前まで知りませんでしたが、確かに特徴は一致します」
渋々と言った体でラウセアは認めた。
「充分だ。殺ったかどうかはともかく、地下牢なんて面白いもんがある館だと知った上で、富豪の死後に素知らぬ顔で買ったという可能性が出てくる」
「面白いですか?」
「俺は面白くないさ。だが、あいつには面白いんだろうよ」
「それはどういう決めつけなんですか」
「決めつけ決めつけとうるさい奴だな、お前は。都合の悪い相手を閉じ込められたら都合がいい、と考える人間なんざ、いくらでも」
「あなたの考えに則って質問をするならば、ビウェル」
ラウセアはビウェルの演説を遮った。
「館のためにその主を殺すような医者が、都合の悪い人間を生かして閉じ込めるんですか?」
「そりゃ、いいとこを突く」
ビウェルは指を弾いた。
「その通り。大正解だ、ラウセア」
「何だかちっとも嬉しくありません」
むっつりとしたままでラウセアは応じた。
「しかし、その女の口から出任せってことはないんだろうな。地下牢とやらへはどこから入れるのか、ちゃんと確認したか」
「ええ、間取りを書いてもらいました」
「上等だ。本当に成長したな」
「ど、どうしたんですか、ビウェル」
気味が悪いです、とラウセアは言った。ビウェルはふんと鼻を鳴らす。
「行くぞ」
「……はい?」
「ルキンの自宅だ。不審な通報があったので調べにきた、と言う」
「あ、あのですね」
「実際に誰かを閉じ込めていればその場で捕縛。ついでに例の瓶でも見つけられりゃ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。直接の手出しは避けてたんじゃ」
「お話を聞くだけじゃ意味がない、ということだ。お前のそのネタなら、調べられる」
「無理ですよ。だいたい、隊長から許可をもらわないと」
「あとだ」
「あとじゃ、意味がないですっ」
非常にもっともな台詞をビウェルは完全に無視した。
「嫌なら、俺ひとりで行くだけだ」
「判りましたよ、行きますってば。その代わり、僕まで減給になったら、差分は保障してくださいね」
「俺を餓死させる気か」
「そうそう死にませんよ、あなたは」
諦めたようにラウセアは言い、小走りに外へ向かおうとするビウェルに続いた。




