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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第3話・最終話 始末 第1章

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07 隠された地下

 ぱたん、と扉が閉ざされれば、正直、少し困惑をした。

 ファドックとて、サリアージがついてくるものと考えていたのだ。

 だが少年のあとについてきたのは黒い犬だけ。戸を閉められ、地上の光が遮られれば、ほとんど何も見えない。

(鍵のかけられた気配はないな)

(少なくとも、閉じ込めてやろうという意味合いはないようだ)

 その可能性もあったのだと気づいた少年は、「万一に備え」られていない自分を少し情けなく思った。

 犬が鼻先で彼を押した。仕方なく、ファドックは慎重に階段を下りる。

 手探りならぬ足探りで下りた階段は、全部で十五段あった。

 少しずつ、目が慣れてくる。

 腰の辺りに触れていくものがあって一(リア)びくりとしたが、ユークオールが彼の先に立ったのだと判った。黒い犬は薄闇に溶け込むかのようで、多少ばかり目を慣らしても姿はよく見えない。

 その結果として少年は、数歩も行かぬ内にユークオールにぶつかった。

(何だ?)

 まるで彼を進ませまいと、犬は横向きに立っているようだ。しかし、番犬としてファドックを侵入者と見てでもいるのならば、うなるとか襲いかかるとか、しそうなものである。

 ファドックは戸惑って、それから気づいた。

(この犬はただの犬じゃない)

(僕をここで立ち止まらせる理由がある)

 馬鹿げた考えだ、と理性は言う。だが理屈で説明をつけられない訳でもなかった。そのように訓練をされている、というような。

 ファドックは、ユークオールに許された場所が、階段を下りてからわずか数歩の辺りであることに気づき、周囲の壁を探った。指先が何かに触れた――と思った瞬間、ぎくりとする。

(これは……また)

(ずいぶんと、金のかかることを)

 キド伯爵という貴族の館で暮らしているファドックであっても驚かされる。

 見れば、自身の指が触れていたのは石製の突起物だった。彼は知らず、それを跳ね上げさせたようだった。

 これを上下することで、日の光が届かぬこの地下に、灯りがともった。

 燭台のちらつく灯りとは違う、それはまるで昼間のような。

(王城などではよく使われていると聞いたことがあるけれど)

(魔術師を雇うにせよ、魔術を買うにせよ、相当高値だという話だ)

 キドのもとではついぞお目にかかったことがない。工夫をすれば燭台で充分だ。魔法の灯りなどを買うのは、そうすることで権力を誇示する必要のある者たちか、或いは見栄っ張り。

 だが、こうして隠された地下であっては見せびらかすこともできやしない。金があり余って仕方がないとでもいうところだろうか?

 ともあれ、見えないよりは見える方がいい。ファドックはそう割り切ると、辺りを見回した。

 明るく照らされた地下室は、予想以上に広かった。

 階段を下りた先は、地上階と同じような廊下であり、すぐ手前と奥の方に二本、左に折れる通路が見えた。

 ユークオールは道をふさぐように立っていた姿勢を改め、その場に座り込んでファドックを見た。それはあたかもファドックが主人であり、彼の行くところについていこうと待っているようだった。

 だがもちろん、そんなはずはない。犬は、見張っているのだ。

 ちゃり、とファドックは左手の鍵束を握り締めた。

(見張られながらの探索行、か)

 どうぞご自由にと言われた訳だが、ルキンの、或いはサリアージの目論見はどこにあるのか。何も不審なものなどない、と言いたいのだろうか。

 いや、そうは思えない。

 ルキンもサリアージも、ファドックがこの地下に気づいていることは判っていなかった。少年が疑っているからその疑いを晴らそう、と思っているのではない。

(知らない世界を見せてくれるんだとか)

 それはちっとも気分のいい世界ではないだろうな、と思いながらファドックは、まずは手前の通路を折れることに決めた。

 その先には左右に幾つもの扉が並び、いちばん奥は右方に折れていた。先に見えたもう一本の通路と繋がっている、と考えるのが自然だ。

 ファドックは左手にある、最も近い扉にそっと近寄った。目の高さに、小窓がある。下の方には、まるで郵便受けのような差し込み口があった。奇妙な作りだなと思いながら、ファドックは小窓をのぞき込む。

(何も見えない)

 なかは暗いようだ。

 彼は取っ手に手をかけた。ゆっくりと回す。鍵はかかっていなかった。きい、と音を立てて扉は開き、改めて中をのぞいた。が、数ラクト四方の空間には何もない。

 ファドックはじろじろとそこを眺めやったが、何もなさそうだと判定すると次に行った。向かいも隣も似たようなもので、少年は少しばかり拍子抜けをした。

(この地下はいつからあるのか)

(前の富豪が何かに使っていたのか、ルキンが作ったのか)

(どちらにせよ……ルキンが何かに使っていることは間違いない)

 だが、何もない。

 首をひねりつつ三つ目の小窓をのぞき込んだとき、少年の心臓は跳ね上がった。

 誰かが、いる。

「そこにいるのは」

 思わず、彼は声を出した。

「誰です」

 のろのろと、人影は頭を上げた。

「あ……」

「どうしたんです。具合が悪いんですか」

 人影は両膝を抱えるようにして座り込んだまま、ぼんやりとしている。ファドックは扉を開けようとしたが、ここには鍵がかかっていた。

 そこで、遅まきながら理解をする。

 中をのぞく小窓。食事の差し込み口。話に聞く、強制労働所の牢のような。

(ルキンにとっての咎人を幽閉する、秘密の地下牢なのか?)

 彼の頭にはそんなことが浮かんだが、それはあまり納得のいく考えではなかった。と言うのも、先ほど考えかけたことがあるからだ。

 医者であれば、都合の悪い人間を口止めする方法は――ほかにいくらでもあるはずである。

 では、これは?

 ファドックは鍵束から、合う鍵を探した。

「いま、開けます」

 どういうことなのか。当人の意志に反して誰かをこうして閉じ込めるなど、犯罪行為だ。そうしているとファドックに知らせて、ルキンに何の得がある?

(患者だ、とでも言うんだろうか)

 そんなことを思った。そういう言い訳は通りそうだ。だが、診療施設でもないのに入院患者を持ったり、あまつさえこのように鍵をかけて閉じ込めるなど、許されることではない。

 幾つ目かの鍵が、ようやく合った。かちりと音がして錠が回り、少年は扉を開ける。

「いったい、どう――」

「あ……あああああ!」

 うずくまっていた人物は、叫び声を上げた。それは、恐怖の叫びだった。

「お、お助けを。お慈悲を! お、俺はまだ、まだ大丈夫。や、役立たずなんかじゃない、まだ、まだやれます、やります」

「何を言っ……」

「ですから、殺さないでください、ユークオール様!」

 思いがけない呼びかけに、ファドックは思わず背後を見た。

 ユークオール。そこにいるのは犬だ。ただ、じっと立っている。

「お、お助けを。お助けを。お助けを」

 それは若い男のようだった。目に見えてがくがくと震え、床に額をすりつけんばかりにしている。

「落ち着いて。僕はあなたを」

 少し顔をしかめて、ファドックは続けた。

「殺しになんか、きたんじゃない」


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