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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第2話 漸進 第3章

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65/100

10 ひとつずつ潰していかなければ

(そんな大げさなものがあるだろうか)

 馬鹿らしい想像だという気もしたが、しかしそうでもなければ、あの音の説明がつかない。

 ファドックは両側の壁をゆっくりと探った。使用人の部屋が思っているよりも狭ければ、奥の方に空間があることも考えられる。

 しかし、見た目にはどこにも継ぎ目など見つからなかった。触れてもみたが、どこも指先に引っかからなかった。

 彼は〈化け狐(アナローダ)の二本目の尻尾〉を見た、いや、尻尾の音を聞いたような気持ちになる。

(ここじゃないのか?)

 だが、先ほどの使用人が全力で走ってきたのでもなければ、そう遠いはずがない。だいたい、そう遠ければ何も聞こえなかっただろう。

(隠し扉)

 キドの話を思い返す。

(そうだ)

 はっとなった。

(――地下(・・)

 少年は足元に視線をやった。

 ぱっと見て不自然な個所はない。

 だがこの考えが合っていれば、探す場所など限られる。

 少年は素早く膝をつくと、中央部分に道のように敷かれている細長い絨毯をめくった。案の定、それは一枚ではなく二枚に分かれていて――その下に、引き上げ式の扉があった。

正解(レグル)

 彼は音を立てないように気遣いながらそれに手をかけ、そこで、落胆した。

(鍵がかかってる)

(……当然か)

 明らかにこの扉は、敷布で隠されている。見えていてはみっともないから隠した、というような理由でもないだろう。

 日常に使う地下倉庫か何かであるなら、もっと適切な場所がいくらでもある。滅多に使わないものだとしても、やはり、このような場所に作る理由にはならない。

 どうあれ、この扉は、隠されているものである。そしてこの向こうは「秘密の場所」。

(少し飛躍しすぎかもしれない)

 念のためとばかりに、少年は一歩を引いて考えた。

(だが、確認する価値はある)

 先ほどの使用人が鍵を持っていたことは間違いない。まさか鍵を貸してくれと言えるはずもなく、どうしたものかとファドックは考えた。

(あまり喜ばしい考えじゃないが)

(無断で少し借り受けるしかないな)

 有り体に言えば「盗む」ということだ。

 もちろんと言おうか、ファドック少年は盗みなど働いたことはない。ちょっとした悪戯で誰かのものを隠したりだとか、そんな真似もしたことがない。何であれ「人に見つからぬようにこっそりと」何かをしたことなど、皆無だ。

 しかしどうやらここは、慣れないことをしなければならない。

(ここを開けろと使用人を脅す、というやり方もあるか)

 とは考えたものの、これまたあまり望ましくはない。

 自分ひとりの評判ならどうでもいいが、彼は「キドの養い子」として知られているのだ。キド当人には正当な理由があってしたことと説明できても、何かで話が外に出れば、問題はファドックのものではなく、主人のものとなる。

 もちろん「無断で借りる」のも問題だが、巧くすれば誰にも知られずに済む。誰かを脅すとなれば、そうはいかない。

(まずは、鍵を探してみよう)

 記憶をたどる。鍵箱のようなものが、確かどこかにあった。

 使用人が必要とする鍵ならば、当然、使用人の手が届くところにある。となれば、彼も通っている場所で、目にしているはずだ。

(壁に設置されていた、扉のついた薄い棚があったな)

(キド邸の鍵箱とは形が違うが……同じ役割を持ちそうだ)

 推測はついたが、そこは使用人たちが最も行き来する休憩室と厨房のすぐ脇である。いまは、主人のあとに昼飯を終えた彼らが一段落して休んでいたり、厨房では片付けが行われている頃だろう。誰にも見咎められずに、とはいかなさそうだ。

 時間をおくか。しかし、「昼の一刻」はもう過ぎる。厳密に時間を計っている訳でもないから、そっと居残っていてもいい。だが彼の立場上、去るときにはルキンがいればルキンに挨拶をしていかなければおかしい。そうすれば昨日のように使用人が見送りにくる訳で、それ以上居残ることは困難だ。

 だが、ぐだぐだと考えるよりは動いてみた方がいいだろう。少年はまず鍵箱を標的にしたが、なかなか完璧に「誰もいない」状況が整わない。それどころか、じっと見られているような感覚もある。

 ことによると先ほどの使用人が自らの失態を告白して、彼の様子を見ておいた方がいいなどと仲間たちに言ったのかもしれない。

(巧くないな)

 使用人が過ちを犯してくれたために彼は引き上げ戸を見つけたが、それを隠したりしないで次の過ちをなくそうとしているのなら、有能な使用人と言える。あと二、三十分(カイ)かそこらで新たな失態をやらかしてはくれなさそうだ。

(さて、どうする)

(どうもこうもないな)

 可能性はひとつずつ潰していかなければならない。

 まずは鍵箱、それが巧くいかなければそのあとで――。

(気に入らなくても)

(脅迫、かな)

 目標ができてしまうと、時間の流れは早く感じられるものだ。居間の置き時計に目をやった少年は、戻る時刻が近づいていることを知った。

 何だか惜しい、という気持ちになる。一歩進むことができたようなのに。

 ルキンとの約束は、三日間。今日を逃せば、あとは明日だけ。ルキンは簡単に尻尾を出さないが、もっとほかにも手伝いをさせてほしいと言い張ってどうにか使用人と話ができるように持っていくか、或いはやりたくはないが脅す機会を探すか。

 そんなことを考えていると、また使用人と行き会った。先ほどの若い男ではない、三十前後の女だ。会釈をしてすれ違った、そのときである。

「――ちょっと。ねえ、ちょっと」

 すれ違った女が、小さな声を発した。足をとめて振り返れば、女は周囲を気にするようにしながら、間違いなく彼に声をかけている。


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