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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第2話 漸進 第3章

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08 町憲兵の判断

「おい。もし、いまの説明にどこか出鱈目があったら――」

「ありません! 誓いますよ、旦那」

 店の主人は、〈裁き手〉ラ・ザイン神に判定を委ねるときに行う仕草をした。それは必ずしもラ・ザイン神殿やその信者にだけ見られるものではなく、犯罪者を裁くときに町憲兵や判事たちが行う仕草でもあり、トルスには通じなかったがもちろんビウェルにはよく判った。

「いいだろう」

 そう応じると男は踵を返す。若者も倣った。

 ラウセアであればここで店主に謝罪するところだが、トルスはそこまで気が回らなかった、またはビウェルの言動について自分が謝る必要などないと考えた。店主は訳が判らないという顔をしていたが、どうやら済んだようだと安心もしているだろう。

「何だ、つまりこれって」

 店の外に出て、トルスは息を吐いた。

「振り出しってやつか。……睨むなよ、俺のせいじゃないぞ」

「旅の商人とやらを洗ってもいいが、おそらく無駄だ。くそ、容易に尻尾を出さない」

 果たしてその商人がルキンと関わるものかは判らない。いや、関わっているはずだ。〈海獣の一本角〉号が運んだのが薬剤――瓶であり、医者と船長はそこでつながっている。ビウェルは確信していた。

 いまでは、ルキンは瓶の出どころを隠したかったと考えることができる。船長が協定を結んでいた組合――賄賂が絡んでいるだろうが、いまはそこを追及する気はない――に商品を流し、ルキンが旅の商人を手配する。組合は船長のことを知っていても、売り先がルキンだとは知らない。ルキンとの繋がりを知るのは船長だけ、ということになる。

 それを消した、とビウェルは考えた。もっと簡便、或いは安全な入手方法を見つけて、信用ならない海賊を切ったのだ、と。

 相変わらず何の証拠もなければ、方法も判らない。しかしビウェル・トルーディは確信していた。

「そいで、どうすんだ? ほかに何か手がかり――」

「帰れ」

 トルスにみなまで言わせず、ビウェルは命じてきた。

「いまは、何の役にも立たなかったな。となると次は足を引っ張る」

「どういう理屈だ、それはっ」

「足元をうろちょろされれば邪魔だと言ってる通り。あとは自分の仕事をしろ。お前のとこは、料理人のひとりがぶらぶらしてても問題なく営業できるほど大きいのか」

「ぐっ……」

 若者は詰まった。確かに彼は現状、既に終えていなければならないことをあと回しにしている。

「これは俺の仕事だ。お前は自分のことをやれ」

 ヴァンタンに対して言ったように、ビウェルはトルスにもまた告げた。その一言はいままでになく真摯に聞こえ、トルスは少し戸惑った。

「お前らみたいなのにまとわりつかれりゃ、迷惑なんだからな」

 だが、次には腹が立つ。

 ここでもし「互いに自分の責任を果たそう」などと言ってくれば――有り得ないが――トルスとてうなずかざるを得ないのだが、どうしてこの男は、人の神経をいちいち逆撫でようとするものか。

「俺だって好きでお前といるもんか」

 トルスはにゅっと手を出した。ビウェルは胡乱そうに見る。

「何だ。小遣いでも欲しいのか」

「死んでも要らねえよ! 俺のもんを返せってことだ」

「阿呆。あれはお前のじゃなくて証拠品だと言ったろうが」

 町憲兵は料理人の手をばしんと払った。

「だいたい、返してやったところでどうするつもりだ。試してみたいなんぞと思ってるなら、しこたまぶん殴ってやるぞ」

「あのな。俺は要らねえってんだよ。ただ万一、親父の……」

「そういう不安につけ込むのが連中の手だ、馬鹿野郎。お前のオトモダチのガキは腹立つほど自制が利くが、お前にゃ無理だ。手元に置かない方がいい」

「それって」

 もしかしたら自分と父を気遣ったりしているのだろうかいやそんな馬鹿な、と思うと同時に、ふと引っかかる。

「それって、ファドックのことだよな?」

 一(リア)トルスは、ビウェルがファドックに何か無理難題を言ったのではないかと思った。しかし次の瞬間には、あの少年がおとなしく言うことを聞くはずなどないと思った。つまり。

「お前ら、一緒になって何を企んでんだよ」

「何が『企む』だ。あのガキの協力は、お前のよりも役に立ちそうだと言うだけ」

「やっぱ、手ぇ組んでんのか。あいつが今朝こなかったのは、お前が手ぇ回して何かさせてんだろっ」

「阿呆。いくらか頭がよさそうだからと言って、一般人と一緒に『何か』なんざするか」

 ビウェルはしかめ面で返した。

 実際のところ、ビウェル・トルーディとファドック・ソレスは「手を組んでいる」と言える。

 しかし町憲兵としては、あの少年を「一般人」の(くく)りのなかに入れていなかった。

 もちろんファドックには何の権限もなく、身分上はただの平民である。だが、身分はこの際、関係ない。

 ビウェルは覚えていた。十年ほど前、賊の襲撃に遭った一家の内、生き残った子供がいたこと。

 当時の街道警備責任者だった貴族が子供を引き取ったというのは、ちょっとした美談だ。町憲兵隊でも話題になった。と言ってもその話題はそのとき限りで、子供のその後などは誰も気に留めていなかったが、ルーフェス・キドという名前を聞いてビウェルはその記憶を刺激されたのだ。

 上流事情に詳しいアイヴァに尋ねてみれば、当たり(レグル)だった。

 かの少年はキド伯爵の養い子である。それはファドック自身も洩らした事実だったが、それだけではない。彼は、貴族の息子並みに教育と訓練を受けた――大した戦力である。

 先夜にビウェルがファドックを捕まえたとき、もしも本気で少年が逃げようとすれば、町憲兵は捕らえ直せたかどうか判らない。気質と立場からすれば有り得なかったが、攻撃をされれば、歴戦の町憲兵も簡単に取り押さえることができたかどうか。

 トルスとは訳が違う。ヴァンタンとも。

 それが町憲兵の判断だったが、若者にはそこは伝わらない。当然である。

 彼はビウェルが何か隠しているものと決めつけ――正解である――じろじろと睨み続けた。

「いいからさっさと消えろ、クソガキ。俺は」

「――町憲兵さん、きてくれ! ひったくりだよ!」

「仕事だ」

 いいタイミングで入ってきた声に、ビウェルは肩をすくめた。

「おい、どこだ」

「向こうだよ!」

 街びとの声に町憲兵は踵を返した。トルスは、何だか逃げられたような気持ちだったが、さすがにこれを引き止めることはできず、仕方なくビウェルに背を向けて自分の仕事のことを考えた。


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