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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第2話 漸進 第3章

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07 俺は暇じゃない

 ちょっとだけ心配になったのだ。

 もちろん、ビウェルのことを気にかけたり、あまつさえ心配などするはずはない。

 トルスが気になったことは、口にした通り。薬屋のクーディン親父に、あの横暴町憲兵が無茶なことを言ったり乱暴を働いたりするのではないか、ということだ。

 いかにビウェルとて、犯罪人または容疑者、その候補ならばまだしも、ごく普通の一般市民に対してそうそう暴力を振るったりはしない。だがトルスの印象としては、彼はそういう男なのである。これはトルスの偏見ではなく、ラウセアたちが考えたように、ビウェルの自業自得という辺りだ。

 詰め所を出た若者は、すぐにビウェルに追いついて邪魔だと言われたが、めげずについていくことにした。罵りの言葉を無視して、トルスは親切にも薬屋まで案内してやる。

 若者の思った通り、クーディンは町憲兵の制服を見ただけであからさまに嫌そうな顔をした。

 ビウェルではなくラウセアであっても、同じ表情を浮かべていたことだろう。何しろ彼は、以前に何の非もないことで町憲兵につるし上げを食らったことがあり、それ以来、えんじ色の制服を見かけるたびに呪いの言葉を吐いているという話だ。

 しかしトルスは下町の気安さで親父に頼み込み、「町憲兵に協力なんぞはせんが、ロディスの息子なら仕方ない」という言葉とともに、噂の薬を運んだという中心街区(クェントル)の店を教えてくれた。

「ほら、俺がいてよかったろ」

 ふふん、とトルスは自慢気に鼻を鳴らした。

「阿呆」

 ビウェルは相手にしなかった。

「町憲兵に協力するのは市民の義務だ」

「はっ。親父が首を横に振り続けたら、捕まえでもするつもりだったのかよ?」

 呆れてトルスが言えば、ビウェルはじろりと彼を睨む。

「悪感情を抱かれることは仕方がない場合もある。かと言ってラウセアみたいににこにこしてりゃ、なめられるだけ」

「横暴。やっぱ、力ずくでどうにかする気だったん」

「阿呆」

 町憲兵はまた言った。

「俺が言うのはお前のことだ、馬鹿ガキ。協力は務めだぞ。何が、いてよかっただろ、だ」

「協力されたら、有難うございますだろ、人として!」

「礼を言われたけりゃラウセアの隣にいろ」

 全く腹の立つ男だ、とトルスはむかむかするものを覚えるが、どうにか懸命にこらえる。

 ここで喧嘩をしても仕方がない。トルスは心のなかで、自分が譲ってやっているのだ、自分の方が偉い、と唱えることにした。

 そうして彼らは、どうにも憎々しい毒づき合いのような、親しい者同士の気安いやり取りのような、判別しがたい調子を保ちながら中心街区(クェントル)の方向に足を向けた。

「そんなふうにひとの反感買って、いったい何が楽しいんだか」

「面白がってやってると思うのか。誰も彼もにこにこと『町憲兵さん』に協力するならともかく、現実はそうじゃない。少しばかり睨みを利かせておくのも仕事の内だ」

「け。威張りたいだけだろ」

「何とでも言え」

 ふん、とビウェルは鼻を鳴らした。

「それでお前は、人々の嫌われ者たる乱暴な町憲兵にたてつく、気概ある若者を気取りたい訳か」

「何をう」

「違うのか? 違うと言うなら、あとはもうおとなしく帰って親父の看病でもしてろ」

「うちのことをお前にとやかく言われる筋合いは、髪の毛一本たりともないね」

「お前の家のことなんざどうでもいい。お前が邪魔だと言っているだけだ」

 というような応酬を繰り返しながら、結局彼らは仲良く一緒に歩いて、次の店にたどり着く。

 その店は、薬屋というより日常用品全般を置いた広い店であった。もっとも、トルスの感覚では「不要な日常品」が多い。噂の薬剤のように「あれば便利だが、なくても充分やっていけるもの」ばかりだ。

 制服姿の町憲兵がずかずかと店内に入り込んでくれば、やましいところのない人間でも思わずぎくりとする。複数いる店員たちは遠巻きにビウェルを見た。運悪く目の合ったひとりが、店主を呼んでこいと命じられる。

 ほどなく現れた五十がらみの店主は、やはり町憲兵の姿に驚いたようだった。

「な、何でしょう、旦那。うちは、町憲兵さんに見咎められるようなもんは商ってませんが……」

「これを見たことがあるな」

 余計な挨拶などはせず、ビウェルは瓶を取り出すとずばり切り出した。

「どこに売った」

「……は?」

「いいか、俺は暇じゃない」

 町憲兵は店主を睨みつける。

「ごまかしたりとぼけたり、時間を取らせるなよ」

「見覚えは、ありますが」

 店主はビウェルの手元を見つめた。

「うちの商品では」

「とぼけるなと言ったろうが!」

 腹の底から出された声に、思わずトルスは耳をふさいだ。

「ここから出てんのは判ってんだ、てめえがしょっぴかれたいかっ」

「と、とぼけてなんかいません、ただ、うちで通常扱ってるもんじゃないと」

 気の毒に、店主は顔を青くしている。

「通常だろうが異常だろうが知るか。お前はこの瓶をどこから手に入れた」

「ど、どこって、持ち回りで受けただけです」

「持ち回り、だあ?」

 ビウェルは大声を出した。

「どういう意味だ!」

「こ、この辺りの商店主組合の決まりごとですよ。港から良品を優先的に回してもらう代わりに、時には、売れなさそうなもんも引き受けなけりゃならない」

「何ぃ。そんな協定は、商法に触れるぞ」

「ふ、触れませんよ。うちらは長いこと、このやり方でやってきてます」

 慌てて店主は手を振った。

「いいや、触れる。俺が間違っているとでも言うのか?」

「滅相もない、町憲兵の旦那が法を間違うなんて。で、でも」

「正直に言えば目こぼしてやってもいい」

 ビウェルは片方の拳をもう片方の掌に打ちつけた。こういうのは恫喝と言うんじゃなかろうか、とトルスは思った。

「積み荷は、〈海獣の一本角〉からのものだな」

「ええ、そうです。だいぶ前になりますが、亡くなった船長とは話をしたこともありました。自殺をするような人には見えなかっ」

「それは、いまはいい」

 店主の追悼の仕草が終わらない内に、ビウェルは首を振った。

「〈一本角〉から荷がきた。どこへ出て行った?」

「う、売りました、まとめて買うという人がいたから割安に。決して、暴利をむさぼったりは」

「そんなことは聞いてない」

 苛ついたように、ビウェル。

「どこの誰に売った」

「し、知りません」

「何だと」

 ビウェルの表情が険しくなる。店主はまたも慌てて首を振った。

「とぼけてるんじゃないです、見たこともない商人だった。旅の者かもしれない。三箱、みんな買うと言うから持ってかせた。正直、うちで全部はけるとは思えなくて」

 店主はそのあとも言い訳を続けたが、町憲兵はほとんど聞いていないようだった。

「旅の商人、だあ?」

「ほ、本当ですよ」

「くそっ、追えねえじゃねえか!」

 ビウェルは罵りの言葉を吐く。


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