06 証拠品
「どうしてそう、追い出したがるかね」
「邪魔だからだ」
それからビウェルは、トルスをも睨んだ。
「何をわざわざ首つっこんできやがるんだ、このクソガキが」
「てめえの顔なんざ見たかねえよ。ただ、俺が嫌がったせいで、ファドックがてめえにつるし上げ食らうようじゃ気の毒だと思っただけだ」
「は、友人ヅラか。正直に、自分の好奇心を満たそうと思ってるだけだと言いやがれ」
「好奇心もないとは言わないね。俺はあんたと違って正直だから」
トルスは唇を歪めた。
「でもよ、なあんかおかしなことが進んでる。それは確かだろ。俺やファドックの話が変なことをなくす手助けになるんなら、自分の好みはあと回しにすべきだ。そう思ってるだけさ」
若者はそう言ってのけた。ラウセアが感心したような顔をする。
「実に、ビウェルの甥御さんらしい言いようですねえ」
ついというところか若い町憲兵がそう言えば、トルスとビウェルはやはり口を揃えて「甥じゃない」と言った。
「にしてもファドックの奴、もう話してたのか。それならそうと言えばいいのに」
少し不満そうにトルスは言った。少年は、医者に薬を見せるとは言ったが、町憲兵に話をするとは言わなかった。彼が反対するとでも思ったのだろうか。
だとすれば、少々心外だと感じた。確かに彼はビウェルを気に入らないし、「盗られた財布は戻らない。万一戻っても、中身は無理だ」と公言するような町憲兵に正体不明の薬の話なんかしても相手にされないとは諭したかもしれないが、行くなと禁じるような真似はしなかったはずだ。
だがファドックがどう思ったのであれ、どうやら、少年と町憲兵の間では話が済んでいる。
事後でもかまわないから話してくればいいのに、と若者は思ったのである。
(俺よりビウェルのが信用できるってのかよ)
(……そりゃまあ、町憲兵に話をするのは、当然のことだけど)
ファドックであればなおさらそう考えるだろう、とは想像してみなくても判った。
(黙ってなくたって、いいじゃん?)
部外者扱いされたようで、彼は少し気に入らなかったのだ。
「まあ、せっかくだ。お前の話を聞こう」
そう言うとビウェルは椅子を引いた。
「黒肌野郎がお前にこの薬瓶を渡したという話だったな」
「知ってんじゃねえか」
トルスは、持参した瓶を指で軽く弾いた。液体が揺れた。
「こういうのは伝聞だけで済ませない方がいいんだ。いいから言え」
命令口調にいくらか腹は立ったものの、話をするつもりでやってきたのである。
話すのならばラウセア相手の方がいいなとは思い、なるべくビウェルの顔を見ないようにしながら、若者は思い出せる限りで全てのやり取りを詳細に話した。
「――ふん」
時折質問を挟みながら話を聞き終えると、ビウェルは瓏草を取り出した。奪われた燐寸も既に調達してある。ヴァンタンは顔をしかめたが、このときは禁煙しろなどと言い出さなかった。
「サリアージ、か」
「それに、犬」
ヴァンタンが言った。
「ルキン。サリアージ。黒い犬。薬瓶。共通項はあるが、決定的じゃないなあ」
「ですが、同じ形の瓶だというのは、ひとつの物証ですよ」
「でも、おんなじ瓶ならほかにもあるぜ」
トルスはそう言った。
「何とかって薬剤に使われてるって……な、何だよ」
サリアージの話をしていたとき以上の注目を浴びて、トルスは焦った。
「薬剤だと」
「どういうものです」
「どこで見た?」
「俺が見た訳じゃねえよ。ただ、そう聞いて……」
「誰に聞いた」
「どこで見たって?」
「本当に同じなんですか?」
「ええい、順番に訊け、順番に!」
そこでトルスはシェレッタから聞いた話をする。彼女が例の瓶を見て、生ごみの腐敗臭を抑える薬剤だと思ったこと。薬屋の親父のところに入ってきたが、下町にきたのは間違いで、ほかの正しい薬屋へ渡したらしいこと。
聴衆からはどこの店だと質問が飛んできて、トルスはクーディン親父の店だと答えた。
「だから、それはどこだ」
「案内するか?」
トルスが言えば、ビウェルは呆れた顔をした。
「阿呆。ただ、言えばいいだけだ」
町憲兵は一蹴しようとしたが、若者はむっとして首を振った。
「お前がいつもみたく偉そうにやってたら、反感買って何も判らねえよ。あの爺さんはすっげえ町憲兵嫌いなんだぜ。だからラウセアがとりなすのも無駄」
ふん、とトルスは鼻を鳴らした。
「それをこのトルス様が手助けしてやろうって言ってんだよ」
「要らん」
やはり、ビウェルはきっぱりと言った。
「どうせ、お前の生活圏内にある店だろう。それならいくつか心当たりがあるし、聞けば判る。言いたくないなら言わなくていい」
瓏草を消して、年嵩の町憲兵は立ち上がる。
「ラウセア、ほかにも何かあれば聞いて調書を作っておけ」
言うなりビウェルは、卓上の薬瓶をひっ掴んだ。
「おい! それは俺の!」
「阿呆。証拠品だ。善良なる市民なら提供しろ」
「まじでちゃんとした薬だったらどうすんだよ!」
「そのときは返す」
トルスはうなったが、訳の判らない薬であるという気持ちはあるのだ。奪い返して父親に飲ませるという気分にはなれない。
「ちょっとビウェル、僕も行きますよ」
慌てたようにラウセアも腰を浮かせた。
「話を聞くだけだ。すぐに戻ってくる。それまでに雑務を済ませておけ、と言ってるんだ」
言いながらビウェルはもう部屋をあとにしようとしていた。ラウセアは迷ったようだが、トルスとヴァンタンを放っておく訳にもいかないと、相棒を追うことを諦めた。
「全く、困った人です。思い立ったら動かずにいられないんですね」
「何か掴んでもじっと動かないトルーディ旦那なんて想像できないよ。それを補えるのがラウセア、あんたって訳だ」
「どうでしょうね。体よく、面倒を押しつけられているだけですよ」
「俺の話は面倒ごとってか?」
トルスが片眉を上げて言えば、ラウセアは慌てて否定した。
「そういう意味じゃありませんよ。僕は……」
「判ってるよ」
怒った訳じゃない、とトルス。
「ただ、話はもう済んだ。俺はやっぱ、ビウェルの野郎を追いかけるよ」
ぱっと料理人は立ち上がる。
「あいつが偉そうにして、万一、クーディン親父に何かあるといけねえからな」
それはトルスの本音であり、ラウセアとヴァンタンはビウェルの悪評――自業自得に、少し苦笑した。




