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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第2話 漸進 第2章

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07 何ができるものかが判らない

 〈青燕〉行きを提案したのはトルスに言ったようにラウセアだったが、それは「ナティカの勧めだから」だけではなく、ビウェルが呑んだのも決して「ここの父子が心配だから」ではなく、この件があったからだ。

 普段なら昼食はたいてい詰め所の食堂で済ませるか、持ち帰れるものを買って、やはり詰め所で飯を食う。だがこの話はほかの町憲兵に聞かれない場所でした方がいいと、彼らはそう考えたのだ。もちろんここでは、周りの町びとにも聞かれないよう、注意を払っていた。

「やばい仕事はさせられんと、俺は奴にはっきり言った。だがあの野郎は、それをさせろと言ってきた訳だな」

 町憲兵が情報屋から話を買うことはある。だが頼りにはできない。「嘘の情報を売る」ことは彼らの信用に関わるからそういったことはしないが、その代わり、「町憲兵の旦那がこの情報を買っていった」と余所に売ることもある。

 だがヴァンタンは、敢えて禁止をしなかったところで、そんな真似はしないだろう。手っ取り早く稼ぐならば違う意味で、或いは同じ意味かもしれないが、とにかく「やばい仕事」は存在する。事情通にはよく判っているはずだ。

 だと言うのに、彼らに頼んできた。道を踏み外さない範囲で、やっていくつもりだからだ。

 そこは買える。そこだけは、いかなビウェルでも文句なく買える。

 しかし――。

「呑めんな」

 ビウェルは首を振った。

「雇うべきじゃない」

「でも」

 ラウセアは眉をひそめた。

「彼には、お金が必要なんですよ」

「ならお前が貸してやれ」

「頼まれればそうしますけど、彼が頼んできたのは借金じゃない」

「思いつかなかったのかもしれん。正直、俺もあの場では思いつかなかった。次に何か言ってきたらそう提案してやれ。よし、それで解決だ」

「解決しないと思います」

 ラウセアは嘆息した。

「借金のことくらい、考えたと思いますよ。今日聞いたばかりらしい双子疑惑についてじゃない、お子さんができたと判ってから時間はあったんですから」

 けれどヴァンタンはそうせず、仕事を増やすことを選んだ。何でも、基本給に足して歩合制だということだから、走り回れば入る金は増える。荷物がなければどうしようもないし、増えても微々たるものだろうが。

「彼は、借りる代わりに働くと言ってるんです。あなたが断れば、彼は配達の仕事のほかに何かかけ持ちをして身体を壊すか、さもなければ」

 そこでラウセアは黙った。ビウェルは続きを促さなかった。青年が言いかけてやめたことが何であるか、判ったからだ。

(さもなければ)

(――「やばい仕事」に手を出すかも)

 まずは町憲兵に頼み込んできた、そのヴァンタンが容易に闇の仕事に手を染めるとは思えない。しかし切羽詰まれば、人間は何でもやるものだ。

「……馬鹿な真似をすれば喜んでひっ捕らえてやろう」

「そういう問題じゃないでしょう」

 ラウセアは顔をしかめる。

「僕らはヴァンタンに借りがある。協力をすべきです」

「じゃあ何か。手はじめにルキンがガキどもに薬をばらまいてる証拠でも見つけてこいと言うのか」

 ビウェルは鼻を鳴らす。

「それは俺たちの仕事だぞ」

「当然です。そんなことを任せるつもりなんかないですよ」

「なら、何をさせる」

「それは……」

「ほら、見ろ。思い浮かばんだろう」

 ビウェルは木杓子を転がした。

「現状で俺たちが気にかけてるのは、アヴ=ルキンの件だ。それはヴァンタンも同じ。あいつが言ってきてるのはそういうことなんだ」

 これまでのことを考えれば、ビウェルらに専属の情報屋などは不要だった。いくつか誤りもあり、それを正したのはヴァンタンであったが、数えるほどだ。「普段の事情」ならば、誰かを雇うほどの必要性はないのである。

 ヴァンタンもそれを知っている。あの男がもう少し(こす)ければ、これまで「善良なる一市民」として伝えてきたことを出し惜しんで、小金を要求するようなやり方も考えたかもしれない。

 だがそうではない。もちろん、そんな要求はビウェルが一蹴するという予測は容易に成り立つだろう。だが、そうではないのだ。

 現状で、なかなかビウェルが決定打を見つけられない、アヴ=ルキンに関わる一切合切。

 「一般人に危ない真似はさせられない」を脇に置いて、自分を手駒として使えと。ルキンのことも、「噂話を安全に聞く」段階を通り越し、ビウェルに言われた通りに何でも探ると。

 そう言ってきたのだ。

「呑めんな」

 彼はまた呟いた。ラウセアは黙る。

 そのまま彼らは、無言で食事を終えた。皿を所定の場所に片づけ、人々が「町憲兵さん」に挨拶をすれば青年町憲兵はいつものように笑みを浮かべて挨拶を返した。いや、いつもよりは少し翳っていたかもしれない。

 何かできることがあればと心から思うのに、何ができるものかが判らない。そんな自分を歯がゆく思っているのだろう。

 ビウェルにはそれが判った。彼とて、そう言う気持ちが、全然全く少しもこれっぽっちのかけらすらない、とは言わない。

 だが、ヴァンタンの決意がどうあれ、彼の姿勢は同じだ。金を払えば危ないことをさせてよいということにはならない。

 あの生意気な少年のことは、別だ。ビウェルからしてみればどちらも「素人」ではあるが、あれには後ろ盾があるし、金銭的な損得を絡めて雇った訳でもない。これは適材適所というものだ。ファドックに対して、港で噂話を掴んでこいとは言わない。

 人には向き不向きがある。ヴァンタンは、不向きなところに手を出そうとしている。ビウェルはそう感じていた。


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